今回は旧作にはいなかったオリジナルキャラクターである、パピの姉のピイナも登場する。彼女の存在によって、パピも大好きな家族を大切にするごく普通の少年であることや、時には「姉に子ども扱いをされることに不満を持つ子どもっぽさ」も表現されていた。
パピは8歳で大学を卒業しており、ピリカ星では年齢に関係なく好きな仕事に就けることも告げられる。そのような価値観の社会に生まれた、非の打ち所がないよう少年大統領であっても(だからこそ)、今回は「まだ10歳の子どもなんだ」という視点がいくつか付け加えられているため、より彼が愛おしくなるし、のび太たちとの友情も強固なものに感じられるようになっているのだ。
過去最高のスネ夫の愛おしさ
少年大統領のパピだけでなく、スネ夫の気持ちに寄り添う描写も増えている。前述したスネ夫が戦争の恐怖におびえる様は、旧作では話し相手のロコロコのおしゃべりにうんざりして耳をふさぐというギャグで一旦は処理されていたのだが、今回のスネ夫はパピと正直な気持ちを伝え合うだけでなく、のび太たちも部屋のすぐそばで聞き耳を立てて心配するなど、みんなが彼をおもんばかるような変更が加えられているのだ。
終盤でまたもふさぎ込むスネ夫に対し、しずかが「スネ夫の脱げた片方の靴をどうしたか」も細かいようでいて、大きな変更点となっている。
思い返せば「戦争が怖いから逃げたい」と思うスネ夫の気持ちは、彼もまた10歳前後の子どもなのだから当然だ。そうした「子どもの気持ちに寄り添う」描写が増えたことに加えて、やがて勇気を振り絞って立ち上がるスネ夫の愛おしさも過去最高になっている。そして、これらの描写が素晴らしいだけに、「子どもは絶対に戦争に参加させたくない」「スネ夫はもう逃げていいよ!」という気持ちも生まれてくる。
「『ドラえもん』の映画だから子どもののび太たちが戦う」という当然の構造があるので、そこにツッコむのはやぼでもある。しかし、現実に子どもも犠牲になる戦争というものに目を向けさせる意義を、やはり感じてしまう。
「やれるだけのことをやる」
脚本を務めた佐藤大はパンフレットで、旧作で見つけた、作品のテーマを示しているセリフについて語っている。そのセリフとは、しずかの「そりゃあわたしだって怖いわよ。でも……。このまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない! やれるだけのことをやるしかないんだわ」だった。
それを踏まえてか、今回ののび太もまた「ぼくはパピくんみたいに頭は良くないし、不器用だし、度胸もない……。けど何か1つくらいなら、君ができないことでもやれるかもしれない」と口にする。
しずかだけでなく、のび太もまた、大切な友達のために「やれるだけのことをやる」心情を吐露するようになっているのだ。この他にも、スネ夫が乗り込むラジコン機を改造したり、ロコロコの長いおしゃべりでの時間稼ぎなども、それぞれのキャラクターの「できること」として際立つようになっていた。
「自分にウソをつきながら生きてはいけない」
さらに佐藤は「現実ではフェイクニュースが溢れ、何が本当のことなのかとてもわかりづらい。偉い人ほどうまくウソをつくこんな時代だからこそ、決してウソをつかない少年大統領の姿をしっかり描くべきだ」と語っている。
旧作でも、少年大統領のパピが「私が一度でもウソをついたことがあるか?」と聞く場面があったので、それも踏まえてアップデートしたといえるだろう。今回の終盤でパピは「自分にウソをつきながら生きてはいけない」という大切なメッセージを国民に投げかける。それは現実の独裁者がまさに陥っているのかもしれない、愚かな言動への批判でもあったのだ。
さらに佐藤は「決してウソをつかない。やれるだけのことをやるしかない。F先生の描く、こうしたいつまでも変わらない普遍的な価値観こそ、どんな時代でも、むしろ今の時代からこそ響くメッセージになる」とも告げている。まさか、ここまでタイムリーにメッセージが突き刺さる内容になるとは、誰も予想していなかっただろう。
困難な今の時代だからこそ見てほしい
もちろん、「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」は難しいことを考えなくても単純明快なエンターテインメントとして存分に楽しめる。筆者は旧作を見たことがない5歳と4歳のおいっ子を連れて行ったのだが、終盤のとあるスペクタクルに2人とも大笑いしながら喜んでいた。
一方で、本作には子どもにも現実の世界にある問題を考えてほしいという意向が、間違いなくある。ウクライナ侵攻が起きている今、同じような悲劇を創作物で体験したくないという方もいるかもしれないが、その先にある「やれるだけのことをやるしかない」「自分にウソをつきながら生きてはいけない」というメッセージは、この困難な時代でこそ、為政者はもちろん、全ての人がいま一度考えるべき、大切な価値観だと強く思えたのだ。だからこそ、大人も子どもも本作を劇場で見て、語り合ったりしてみてほしい。
(ヒナタカ)
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