高級レストランの地獄のような裏側をワンカット90分で煮込んで沸騰させた映画「ボイリング・ポイント」レビュー(1/3 ページ)
労働環境と人間関係の問題を正面から切り取った映画。
この世に偏在する地獄をリアルタイムで体感できるイギリス映画「ボイリング・ポイント 沸騰」が7月15日から公開されている。
その最大の特徴であり見どころは、全編がワンカット(ワンショット)であること。しかもCGなし、編集なしでガチの90分を撮り切っており、その手法が後述する主題に最大限に生かされたことを称賛すべきだろう。良い意味で全く楽しい内容ではないが、先が気になるエンタメ性も存分にあり、映画批評サイトRotten Tomatoesでは批評家支持率99%を獲得したことも納得。さらなる魅力を記していこう。
何ひとつ良いことが起きない映画
あらすじはこうだ。高級レストランのオーナーシェフのアンディは、妻と別れて家を出て、しかも最愛のひとり息子との約束をすっぽかして、今は事務所を寝床代わりするという心身共に絶不調の状態だった。しかも、今日はクリスマス直前の金曜日という1年で最も忙しい日。客以外にも、何かとうるさい衛生監視官や、脅迫まがいの提案をしてくるライバルシェフがやって来たおかげで、アンディはさらに窮地に追いやられていく。
つまり、本作が描くのは(表向きは華やかな)高級レストランの裏側だ。次々と舞い込むオーダーに対応していくだけでも大変なのに、プライベートの問題が常に頭の片隅にあるし、次々とオーダー以外の問題にも直面するので、見ていて胃がキリキリと痛くなってきそうになる。まさしく少し前にTwitterで流行った「#何ひとつ良いことが起きない映画」でもあるのだ。
リアルな不平不満を持つ普通の人たち
しかも、劣悪な労働環境だけでなく、「悪循環に陥った人間関係」も短い時間に詰まっている。スタッフたちが忙しさからストレスを募らせ互いに罵り合ってしまう様は、わずかな時間で悪化の一途をたどっていくし、それまでは起こり得なかったさらなるトラブルも引き起こしてしまう。彼ら彼女らの多くは悪人というわけではなく、むしろまっとうな不平不満を持っている、極めて「普通」の人たちであり、徐々に分かっていく同情すべき事情にも胸が締め付けられた。
例えば、給与アップを交渉中の女性副料理長、早口の英語を聞き取るのが苦手なフランス人の新人女性コック、元気なく黙々とレモンクリームを作るパティシエ見習い、支配人でありSNS宣伝に力を入れる共同オーナーの娘など、それぞれが仕事の現場で「こういう人いるいる」と思えるリアルなキャラクター造形がされている。観客は自分に似たポジションや性格の人間を見つけられるだろうし、それぞれの気持ちが「わかる」からこそ、余計に良い意味でつらい気持ちになってしまうだろう。
90分のワンカット映像を作り出すための尽力
もちろん、90分のワンカットの映像を作り出すのは簡単なことではない。撮影監督は補助機材を着用して事前にレストラン内を歩き回り、本番でカウンターにぶつからないように調整を重ねた。時には役者たちの立ち位置やカメラのスムーズな動きも考慮して脚本の改稿を行った部分もあったそうだ。
その脚本も通常の映画とは違い、当初は物語の流れやおおまかな内容、登場人物の感情を箇条書きで記したもので、役者たちと事前にワークショップを重ね修正が加えられた他、役者の即興のセリフで良いものがあれば、物語の筋が通っているかをチェックした上で採用したこともあるという。
フロアスタッフ役と、厨房スタッフ役のリハーサル期間は、それぞれ5日間が用意されたが、それでも即興のセリフの多さや、調理器具など小道具の扱いに慣れる必要を鑑みれば、5日間では到底足りないほどスケジュールは過密だったという。
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