――「嫌パン」1期を作っているときは制作上の問題はなかったんですか?
40原 問題は……ありました……。
深瀬 多々ありましたね……。Sはプロデューサーを名乗っていましたが、やりとりを続ける内にあまり制作経験が無いのでは、という印象が強くなっていきました。Sを通すことにより、どんどん事故が発生するようになっていったんです。
40原 例えば版権イラストのチェック時、ラフの段階で私の方から修正依頼をメールで伝えると、それに対する返信もなかなか届かず、そうこうしている内に修正指示が全く無視されたものが上がってきました。「修正依頼のメール送りましたよね?」と聞くと、「受け取ったけど、直すとは言ってない」といったことを言われて。
私ももともとアニメ業界にいたので分かるのですが、こういう修正で一番困るのは、描いてくださったアニメーターさんなんです。一度は「これで良い」と言われて作業したにもかかわらず、後から「やっぱり修正してください」とひっくり返されてしまう。
深瀬 まあそのアニメーターは僕たちになるんですけど(苦笑)。
40原 そのときは「原作者も謝っているという形で良いので、ちゃんとアニメーターさんに説明して、あらためて修正をお願いしてほしい」と伝えました。Sに対しては、作業者にこんな不義理は二度としないでほしいと、結構強めに怒りました。
深瀬 でもSは僕らに対して「40原さんが突然こういうことを言い出しまして……」「原作者さんの言うことなんで、本当すみません(苦笑)」みたいな伝え方をしていたんです。
それも1度や2度ではなくて。納品ギリギリの土壇場にきた修正についてSは「あの人がこう言っているので、なんとか作業をお願いします!」と強引にねじ込んできて。今になって思えば虎の威を借る狐のようなことをいつもやっていました。
40原 スタッフを分断しようとしてくるんです。途中から私も違和感があったので、「嫌パン」1期の打ち上げの際、私から深瀬監督に「あのときの修正の件なんですけど……」とお話しさせてもらったんです。
深瀬 「え〜!?」という答え合わせの瞬間でした。
――そもそもS氏はなぜ、原作者である40原先生の要望を無視するような動きをしていたのでしょう?
深瀬 今思うと、Sは「自分の作品」にしたいタイプのプロデューサーだった気がします。オリジナル作品ならそれでも良いんですが、今回は原作があるのに、そういうスタンスだった。
40原 Sからのメールはいつも高圧的ですし、無茶な要求もありました。
深瀬 ウソも多いし、2期では1期の反省を生かして、僕と40原先生とSの3人でChatworkを組んで、お互いに見える形でのやりとりをしていました。
40原 でもSは個別に電話などで連絡を取ってくるんです。
深瀬 途中からは理由を付けて基本はメールで、電話にも出なくなりました。
そして裁判へ
――そういう苦労もありつつ完成したのが2期だったと。
40原 それで2018年末、いろいろありつつも深瀬監督やスタッフ皆様の努力の甲斐もあり良いものができたと安心していたら、年明けに深瀬監督から例の制作費未払いについて連絡があったんです。
深瀬 Sの弁護士から突然内容証明が届きまして。「このカットとこのカットとこのカット、実は納得いってませんでした」「1月のこの日付までにリテイク版を出してください」といった趣旨のことが書いてあって、なんじゃこりゃ!? と。
相手弁護士に電話で「作品は既に配信もされていて、まさにいまBlu-rayも作っていて、これからコミケで売りますよね……?」と伝えても、「いや、それは関係ないんで」「うちは納得してませんから」と全く会話にならない状態。数日後には相手から「電話の内容からリテイクの意思は無いと分かりましたので、期日を待たずに契約は打ち切ります」「残りの制作費は支払いません」というメールが届きました。
――製作委員会のとらのあなは、その時点ではもう何も手出しできない感じだったんですか?
深瀬 そうですね。とらのあなさんは全ての制作費の支払いがSに済んでいる状態だということでしたので……。しばらくは、うちで雇った弁護士とSの弁護士でやりとりを続けていました。ただあまりに平行線だったので、一度とらのあなさんと三者で話し合いをしてはどうかということになったんです。
ところが、S側がこの提案に拒否反応を示し、とらさんも、契約関係はあくまでSと私たちにあるので、とらさんが動こうにもなかなか難しかったようで……、結果的にSはとらさんの気持ちも裏切る行為をしていました。
――お金は全く回収できなかったのですか?
深瀬 どうにか他社からSに振り込まれる予定だったお金をいくらか回収することはできたのですが、持ち逃げされた制作費にはまったく及はずで……。やっと突き止めたSの口座にも数万円しか残っていませんでした。そこからは裁判での戦いでした。
――裁判は順調だったのですか?
深瀬 Sは一度も裁判所に姿を表さず、勝利では終わりましたがいまだに消息不明です。事務所も家賃を滞納しているようでした。
――結局お金を回収できてないということですか?
深瀬 できていません。裁判所から「裁判をする」という通知が向こうにも行くんですが、Sからは一向に受け取った気配がない。もちろん法廷にも現れない。“欠席判決ではありましたが、”そのまま勝訴して、“控訴期間”が過ぎても先方から反応がなかったので、そのまま完全に勝利した形でした。
下準備には入念に時間をかけて、過去の判例にあたって、弁護士さんと一生懸命いろいろ考えて、資料も大量に用意したんですけど、全部無駄になりましたね。弁護士費用でさらにお金が出てった状況です。
40原 今回の問題が起こった後で知り合いに相談したら、「あ〜〜、その人……」と、業界でもある程度要注意人物と認知されていたことを知りました。自分以外にも作家に接触して、作品を作らないかといろいろ声をかけていたようです。
深瀬 ここまでの金額を踏み倒してるかは分かりませんが、その後他業種の方でSからギャラの未払いがあったという話は噂では多数聞きました。
「監督をみんなで助けたい」という気持ち
深瀬 下請法の活用も検討しましたが、下請法は発注側の会社が資本金1000万円以上じゃないと適用されないんです。今回の場合、残念なことに下請法では助けてもらえなかった。Sはそういうところも計算して動いていたのだと思います。
40原 このような変な知恵ばかり持っている人には、アニメや業界に絶対に関わらないでほしいです。
深瀬 業界にはこういうことをする人もいて、下手をすると本当に泣き寝入りになってしまう。本件が他山の石として、同人作家さんやアニメ業界の方々の注意喚起になれば、少しだけ救われます。
私も40原さんと同じように嫌パンは自分の娘のように感じているんです。同じように作品は皆さんのとても大事なものだと思います。その作品を汚す行為は許されてはいけないんです。
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