オスカー・ビンタ事件から半年 ウィル・スミスへのリアクションが日米で正反対だった理由 米国特有の“ロースト文化”とは(2/2 ページ)
「2人が癒され、話し合い、和解することを心から願う」とジェイダ・ピンケット・スミス。
クリスの発言の裏にあったロースト文化 「笑いとばすぐらいの技量があるべき」
一方、米国でクリス擁護の声も多い背景には、米国特有のコメディー・ロースト文化があります。ローストとは、政治家や俳優など、圧倒的な名声や権力を持つ存在の人々をネタにするいじりのこと。「弱い者いじめは絶対になしだが、強い者いじりはあり。上の立場の人には、それを笑いとばすぐらいの技量があるべき」という文化で、オスカーに限らず、さまざまなアワードの名物にもなっています。
ときには不快なほどのいじりもありますが、その瞬間にカメラを向けられたセレブが苦笑する姿を見て一緒に笑うというのが慣例です。事前にいじりの内容を知らされ、心の準備をするセレブもいます。今回も、ウィル&ジェイダがハリウッド有数のパワーカップルであること、2022年の授賞式の顔であったことから、ローストの対象としては間違っておらず、クリスの発言を受けてウィルが笑っているように見えた瞬間もあったため、ビンタがなければ、いつものローストとして流す人が多かったように思います。
コメディアンがクリスを擁護する理由
クリスは、世界的な知名度でいえばウィルとは比べものになりませんが、米国では有名なコメディアンです。長寿バラエティー番組「サタデー・ナイト・ライブ」の主要キャストを務め、自身の名が付いた看板番組を持ち、俳優としても1987年の「ビバリーヒルズ・コップ2」以来、数々の作品に出演。毒舌ネタでたびたび物議を醸し、アンチも多い一方でオスカーでも過去2回司会を務めており、そのうち1回は「白すぎるオスカー問題」の渦中にあった2016年で、難しい局面をまとめあげた実績があります。
特に、昨今のキャンセル文化の渦中に置いて、毒舌を貫くクリスのような存在が重宝される状況もあります。キャンセル文化は、著名人に失言や失態があった際、その人の活動や作品自体も“キャンセル=抹消”されてしまう風潮で、オスカー絡みでは2018年、司会に決定していたコメディアンのケビン・ハートが、過去の失言を理由に辞退をし、司会者なしの授賞式となったいきさつがあります。
その後も、運営側は完全にクリーンな司会者を見つけることが難しく、候補者側も過去や素行を批判されるリスクを考え、司会を受けたがらない状況があったようです。パンデミックの影響などもありますが、結局、オスカー授賞式は、2021年まで3年連続で司会なしで開催され、2022年に久々の司会あり進行となりました。
2022年のクリスはプレゼンターとしての登壇でしたが、炎上やキャンセルのリスクを背負い、ギリギリの冗談で有名人をローストすることが期待されるコメディアンたちは、その大変さを知っています。だから、彼らはそろって、クリスを擁護しました。
同授賞式に女性司会者3人のうちの1人として参加したワンダ・サイクスは、人気コメディアン、エレン・デジェネレスのトーク番組で、授賞式後のパーティでクリスが彼女へ真っ先に「ごめんね」と謝罪したことを明かしていました。「何で?(大変だったのはあなたなのに)」と聞いたサイクスに、クリスは「(ここまで準備をしてきた)あなたたちの夜を台なしにしてしまったから」と答えたそうです。サイクスとエレンが「クリスって、そういう人」「優しい男だからね」と同意しあう姿もありました。
クリスはいつ、ウィルと対峙(たいじ)するのか?
クリスにとってジェイダとウィルは、ショービズ業界を生き抜いてきた同士であり、しつこいジョークで2人を追い回していたとしても、ジェイダをおとしめたり、ましてや脱毛症で悩む人々をやゆする意図がなかったことは想像できます。事件後にウィルを起訴せず、授賞式後のスタンダップコメディーショーで、ウィルをやゆする歓声が飛んだときには、それをたしなめたというクリス。
事件直後は、まだ、ネタにできないと言っていましたが、つい先日、「ウィルは俺より大柄なんだ。(ラスベガスがある)ネバダ州ですら、俺と彼の喧嘩は認めないだろうよ」と、賭けの対象にならないぐらい身体差があるという種のジョークを放ったとのことで、少し余裕が出てきた様子。ただ、その直後のパフォーマンス時には、ウィルの謝罪ビデオには、「あんな人質ビデオ、くそくらえ」と憎まれ口をたたいており、ウィルと直接対峙(たいじ)するまでには、まだ時間がかかりそうです。
ジェイダ「2人の和解を心から願っている」
こうした中、きっと、2人の和解を誰より心待ちにしているのはジェイダ。6月1日には事件後初めて、カメラに向かって思いを語っています。ジェイダと母娘の親子3世代が人生や社会問題について語り合うトーク番組「レッド・テーブル・トーク」でのこと。
「オスカーでの出来事について」と話し始め、「知性豊かで有能な2人が癒され、話し合い、和解することを心から願っています。今の世の中、これまで以上にお互いが必要です。そのときが来るまで、ウィルと私はこれまで28年間やってきたこと、人生というものを模索し続ける作業を協力して続けていきます」と語りました。
脱毛症への理解を深めるきっかけに
その後、同事件がきっかけとなり、何千人もの人が脱毛症の体験を共有してくれたというジェイダ。脱毛症について考える「レッド・テーブル・トーク」のエピソードでは、若くして脱毛症になり、学校でのいじめを苦に自ら命を絶った12歳の女の子の話が母親の口から語られます。胸がえぐられるほど悲しい事実ですが、ジェイダは脱毛症への理解を深めるためにぜひ、女の子のことを語ってほしかったと母親に伝えます。
年齢や性別、人種、症状はさまざまながら、米国だけでも680万人が経験しているという脱毛症。ジェイダと母娘、女の子の母親、専門医を交えたトークで、脱毛が外見上の問題だけでなく、精神面にもたらす影響、命に関わる症状でないため真剣に受け止めてもらえない状況などについての体験談が語られ、そうした壁を乗り越え、丸刈りにした頭を自分の個性と認め、輝いている人々も登場します。脱毛症のコミュニティーにはすてきな人がたくさんいることを伝えるジェイダの姿は、症状への理解を深めることへ確実につながる気がします。
あのビンタ事件は、当事者含め、多くの人を巻き込み、傷つけたものでした。でもそれが、言葉の重みや感情のコントロール、過ちを犯したあとの対応などについて、あらためて考えるきっかけになったことも事実です。3人のヒーリング・プロセスを見守りつつ、2023年のオスカーが再び、映画と映画人を祝する場となることを期待したいですね。
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