宝石の結晶から生みだされたアンドロイド Lv. 近衛りこ:美しいだけの国 ――東京レッドライン(2/3 ページ)
II
自分の目に映る世界をどんな風に表現すべきだろう?
超環境型人工知能が世界を透明に操り、
人々の行動を監視する超格差社会が実現した近未来。
廃墟同然のゲットーに住む奴隷階級と、
城塞同然のゲーテッド・コミュニティーに住む特権階級に分かれた新世界。
テクノロジーの幾何級数的な進化により、〈データ主義〉による帝国主義的統制が自明化された都市型国家・東京。
その外部は全滅した。地方都市は全滅した。人口減少と侵略による植民地化によって全滅した。城壁のように都市を取り囲む壁のせいで、世界はいつも灰色に見える……。
そんな世界で生き残るための手段は、2つしかない。
貧困層のスラムで暮らすか、莫大な費用を注ぎ込み、身体の一部を機械化するか。
人間は生まれながらにエリートと非エリートに分類される。
そう一世紀前に主張したブルデューは圧倒的に正しい。
III
自分の手にしている役割をどんな風に表現すべきだろう?
僕はアンドロイドを修復する人形整備士であり、【告解】のために試験的に造りだされた人形たちを管理する。
そんな奴隷じみた役割に漕ぎ着けることによって、かろうじて城塞側にいることを許可された人間だ。
告解とは、特権階級の人間が、からだをいじったことにより生じる実生活上の様々な苦悩を告白し(政府の統計では30パーセント以上が記憶・人格・趣味嗜好の改変によって問題行動を発症する。ベトナム帰還兵の戦争精神症に匹敵する数字だ)、罪の意識から救われる、贖罪の行為である。
教会に古くからある、儀礼的なシステムを思い浮かべて貰うと分かりやすい。
テクノ人間主義者は、サイボーグ化された身体をもつ存在である。
人間の身体の拡張を機械によって――ウィーナーの意図に反して――強引に可能にした特権階級の人間である。
人間の脳の寿命は、一説によると200歳あるという(だったら肉体を変えればいい)。
人間の肉体は、非常に貧弱で限られている(だったら機械で増強すればいい)。
――そんな論理に導かれて、細胞の一部を〈テクノ化〉し、神経繊維に電極を埋め込み、挙げ句の果てには脳を光ファイバーで一個ずつ段階的に置き換えて、人間を超えた人間になる。
彼らを、人類史上最上の種、神にも迫る存在として、ホモ・デウスと読んだ学者がいたのは、もう四半世紀以上も前のことだ。
だが、そんな最強の種族である彼らが、なぜ、告解を必要とするのだろうか?
なぜ、心が、壊れるのだろうか?
心とは、何だろうか?
その問いに対する答えを、まだ僕はもたない。
人工知能が心をもつという科学信仰は、間違っている。
人体と融合させるハイブリッドの形式をとったとしても、ヒトの思考の産出プロセスは、容易には解明できない。
ただ確かなのは、テクノ人間主義者の多くが、罪の意識に苛まれているということ。
そして僕が告解を聞き届けるアンドロイドをすぐ近くで見守り――少しでも異変が生じれば、彼女たちを一撃で破壊する役目を課されているということ。
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