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三国志演義のテーゼ「三國志II」ゲイムマンの「レトロゲームが大好きだ」(2/4 ページ)

“三国志演義のように諸葛亮臣下になーれー”……というわけで今週は「三國志II」(光栄:現・コーエー)。前作から強化された、外交戦略や計略などを取り上げます。このゲームをプレイすれば、現代社会を生きるためのテーゼが見えてくるかもしれません。

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戦略面が強化された「三國志II」

 「三國志」はいかに人を使いこなすかを重視したゲームだったが、1989年に発売された「三國志II」(ファミコン版1990年、スーパーファミコン版・メガドライブ版1991年)では、それに加えて、外交戦略の側面や、計略面が大幅に強化されている。

 外交戦略では、「同盟」の効果が前作より強化された。どこかから攻撃を受けた場合、同盟国に援軍を求めることができる。逆に、どこかを攻撃する際、攻撃先に同盟国が隣接していると、その国と共同で攻撃することができるのだ。

 実際の三国志でも、同盟が歴史の大きな転換点となることが多かった。例えば、赤壁では呉(孫権)と蜀(劉備)が同盟して魏(曹操)を破っているが、荊州の領有権をめぐって呉蜀の関係が悪化すると、呉はひそかに魏と同盟し、蜀の関羽を打ち破っている。

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ほかの国から同盟を持ちかけられることもある。同盟国を攻めることもできるが、信用度というパラメータが下がる(後述)

 戦闘時にも計略を使える。前作でも火計を使うことができたが、「三國志II」では火計の効果が前作とは異なっている。

 前作では火をかけられた部隊は、次のターンで移動できればノーダメージだった(そのかわり、移動できなければ退却するしかない)。しかし今回は、火がついた時点で兵士が減る。ただし、次のターンで火がついたままでも、即死はしなくなった。

 実際の三国志においては、火計といえば「赤壁の戦い」が有名だが、演義では、諸葛亮が南蛮の兀突骨(ごつとつこつ)に仕掛けた火計も印象深い。

 諸葛亮は、刀を通さないよろいをつけた大男・兀突骨の軍を、谷底におびき寄せて火攻めで倒した。

 この戦いで7度めの敗戦を喫した南蛮の孟獲は、蜀への反乱をやめ、以後諸葛亮に服従した(七縦七擒)。

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もちろん、知力の高い武将は火計を成功させやすい。ただし雨が降ると火が消える

 さらに「三國志II」では、伏兵を置けるようになった。

 部隊を森の中に進ませれば、外からは見えない状態になる。敵の部隊がそこに隣接すると、伏兵の兵士数を減らさずに、敵を攻撃できるのだ。

 伏兵といえば、演義では、赤壁の戦いで敗れた曹操が、「わしならここに伏兵を置いておく」と言うか言わないかのうちに、諸葛亮の置いた伏兵に襲われるシーンが印象的。

 張飛や超雲といった猛将から逃げ回ったあげく、最後に関羽と遭遇するが、関羽はかつて曹操に恩義を受けていたことがあるので、みすみす曹操を逃がしてしまう。

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森の中にいる典韋の軍が、伏兵になっていて見えない状態

 また、計略ではないが、前作ではできなかった、一騎打ちができるようになった。これらの新システムにより、三国志演義らしい戦いを再現できるようになったのだ。

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武力の低い武将が勝つ可能性も、意外と高い。顔良クラスを出しても安心はできない

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