なぜ短期間で大ヒット作「脳トレ」ができたのか――任天堂 島田健嗣氏講演リポート:GDC 2007(2/2 ページ)
「脳トレ」シリーズは、日本で爆発的なヒットを記録し、ニンテンドーDSの一大ブームを巻き起こす要因となった。その脳トレシリーズは、少人数開発チームが短期間で製作したことは有名だ。なぜ短期間で製作できたのか、その秘密が語られた。
次に手書き文字認識。「脳トレシリーズで使われる手書き文字認識エンジンは、過酷な使命を背負っています」と島田氏。脳トレには計算スピードを競うテストがあるが、人はあせればあせるほど筆跡が崩れていくため、判定が非常に難しくなる。それだけでなく、音声認識と同様に、入力終了判定もスピーディに行う必要がある。
そこで脳トレで利用されている手書き文字認識エンジンでは、多数の筆跡データをデータベース化して優れた判定基準を構築するとともに、1つの文字入力が完了したことを判断して認識を行うのではなく、一筆ごと、つまりペンがタッチパネルにタッチし離れたところで入力文字の判定を行い、そこで正解ではない場合には次の一筆を加えた判定を行う、という手法を採用しているそうだ。これによって、手書き文字入力時でもスピーディなゲーム展開が実現されているわけだ。
このように、脳トレシリーズでは、音声認識や手書き文字認識に関して、それぞれのエンジン部分の認識率を高めることだけに注力するのではなく、エンジンの欠点をソフト側で補う対応も組み合わせることで、エンジン側とソフト側双方で妥協点を見出し、短期間での開発に成功したそうである。
ワールドワイド展開にはお互いの理解を深めることが不可欠
無事予定通りに発売された脳トレ。ただ、脳トレのプロジェクト終了時点でも、海外展開はまだ具体化していなかった。しかし島田氏のグループでは、将来の可能性を考慮し、多言語対応に向けたチューニングも早い段階から開始していたそうだ。
DSは、当初より日本語、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語の6言語をサポートしていた。そこで、まずこの日本語以外の5言語を対象としてチューニングを開始することになった。それも、まだ脳トレの開発が行われている2005年1月の段階で、Nintendo of Americaと共同で音声認識エンジンの英語への対応を開始。また2005年5月からは、Nintendo of Europeと協力して欧州言語への対応を開始したそうだ。このうち、特に欧州言語への対応はかなり大変だったと島田氏。
なぜなら、イギリス英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語の5言語に対応させる必要があったからだ。「日本語だけの対応でも大変だったのに、それが5言語に増え、しかも作業をするのはNintendo of Europeのメンバーなので、作業はかなり大変だった」と振り返る。
欧州言語への対応が決まった時に島田氏は、まずNintendo of Europeに出張しようと思い立つ。なぜなら、Nintendo of Europeがどういった事務所で、どういった人が働いているのかを知り、さらに自分たちが日本語のチューニングで苦労した点を直接伝えることが重要だと考えたからだ。そして、その出張での綿密なコミュニケーションのおかげでお互いの理解が深まり、それ以降ビデオ会議とメールでのやりとりだけで開発がスムーズに進んだそうだ。
次に、手書き文字認識の海外対応版についても模索を開始した。将来の海外展開を見据えると、当然手書き文字認識エンジンを欧米言語に対応させる必要がある。しかし、当時脳トレで採用していた手書き文字認識エンジンは、欧州言語には対応していなかった。そこで、脳トレシリーズの海外展開が決定していない段階から、欧州言語への対応を進めていったという。
この、手書き文字認識の欧州言語対応を行っていた時には、日本ではすでに続編となる脳トレ2の開発が始まっており、そちらでは手書き文字認識で漢字を採用することも決まっていた。つまり、同時期に、音声認識と手書き文字認識の欧州言語対応、そして漢字の手書き文字認識対応を平行して行っていたことになる。島田氏は、その時にはあまり実感はなかったそうだが、「今振り返ってみると、すごいスケジュールで動いていたんだな」と感慨深そうに語っていた。
最後に島田氏は、日本だけでなく北米や欧州にも対応するタイトルを、なぜ短期間に作成できたのか、その秘訣として3つのポイントを上げた。それは、「先を読んで仕込みをする」、「プロジェクトの中で意識を統一する」、そして「国際的な視野を持つ」というもの。
先を読む、ということはそれほど難しいことではないが、そこから踏み込んでなにか仕込むことは、リスクを考えるとなかなか難しい。必要性を分析して上層部を説得することが必要であり、かつ上層部の理解も必要だ。もちろん、リスクを見越した決断力も必要となる。また、特に脳トレのような、多国の人や会社が関わるプロジェクトでは、そのプロジェクトに関わる人が常に統一した意識で取り組むことによって、コミュニケーションもうまくいき、出てくる問題にも的確に対応できるようになる。そして、現在ではゲーム市場は全世界に拡がっており、地域ごとの優先度を決めることが無意味になっているため、常に国際的な視野でプロジェクトに取り組む必要があり、そのためにも要素技術は全世界をターゲットとして考える必要がある。
島田氏は、これら3要素がしっかり保てたからこそ、脳トレシリーズが短期間で開発できた要因であると分析していた。もちろんこれは、脳トレシリーズだけでなく、ワールドワイドを見据えたソフト開発を行っているすべての開発者にとって見習うべき部分であるのは間違いないだろう。
現在島田氏は、DSやWiiの開発環境の完成度を上げ、充実させる作業を行っているそうだ。昨年までのWii向け開発環境では、動作の確認を行うにはWiiベースの開発機材が不可欠だったが、現在はPC上でエミュレートしたビューアが用意され、Wiiベースの開発機材がなくてもある程度動作の確認が行えるようになっているそうだ。また、写真チャンネル用のコーデックの作成や、ソフトウェアキーボードで必要となる予測入力のライブラリ開発、Wii上での音声合成の実験なども行われている。それらが近い将来世界中の開発者に向けて公開されれば、DSやWiiのソフト開発もより効率が高まり、また新機能も搭載できるようになるだろう。ますます将来が楽しみである。
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