まず攻めさせろ。受け身に立ってこそ真髄が分かる異色アクション:「Heavenly Sword 〜ヘブンリーソード〜」レビュー(2/2 ページ)
圧倒的な数で襲いかかってくる敵軍。迎え撃つは深紅の髪をなびかせた女剣士。いざ豪快無双の活劇が始まる……と思いがちだが、ちょっと待った。ここにあるのは、リアル志向で、それゆえに華麗な一対多数の戦い。遮二無二に攻めまくるだけがアクションではない。
射撃モードで体験できる新感覚のシューティング
カウンター重視のアクションと並んで、「ヘブンリーソード」で大きなウェイトを占めているのが、オブジェクト移動のシステムだ。射撃武器を使ったり、手で物を投げた場合、射撃あるいは投擲後に、視点を飛んでいく物体に変えることができ、これにより軌道の修正が可能になるのである。入力方法は、ワイヤレスコントローラを上下左右に傾けることで行う。コントローラの傾きを感知できる、プレイステーション3ならではの趣向だ。
オブジェクト移動は、これまでにないシューティング感覚を味わわせてくれる。何しろ、撃った後の弾を自由自在に曲げられるのだ。オブジェクト視点で目標に接近し、あ、ちょっとずれているな、と思ったら、ひょいと軌道修正。これで命中となるのである。その曲がり度合いはコントローラの傾きによるから、相当な変化も可能だ。地面を這うような低い弾道から急速に上昇させてヒットなんて芸当もできる。ただし、感度はかなりいいから調子に乗って曲げすぎると、腕を振り上げた相手の脇の下をかすめてしまうなんて事態も起こり得る。このあたりの一喜一憂は他人のプレイを見ているだけでも思わず手に汗握る。自分でやればなおさらだ。このモードだけ抜き出しても立派にゲームになるのでは、と思えるほど、非常に面白いシステムなのである。
カウンターを核にした一味違ったアクションとオブジェクト移動を用いた斬新なシューティング。2つのシステムが融合することで作り出された「ヘブンリーソード」には確かにド派手なエフェクトが炸裂するようなビジュアル面でのインパクトはないだろう。しかし、アクション好き、とりわけ格闘術が好きな人なら、その面白さは間違いなく理解できるはずだ。
生まれながらに悲しみと苦しみを背負ったヒロイン
最後にヒロインが持つ英雄像について触れておこう。これは見逃されやすいように思えるが、非常に重要だと思う。造形がストーリーと密接に関わっているため、プレーヤーの印象にも大きな影響を与える。後述するようにあまり人に好かれるタイプの設定ではないから、そのせいでゲームを嫌いになる可能性すらあるのだ。まあ、ゲームが娯楽である以上、どうしても好みの合わないなら仕方ないが、せめて作り手が何を狙っていたのかは知っておいて戴きたい。
主人公となるのは女剣士のナリコだ。一族に伝わる伝説の剣、“ヘブンリーソード”の使い手である。深紅のロングヘアをなびかせた彼女が、世界制服の野望に燃える凶悪な王、ボハン率いる軍勢と戦っていく、というのが物語の大枠となる。
世界観的には中国の影響が大きいようで、建物や服装のデザインはまさにチャイニーズ・テイスト。村長をトップにした家父長的な社会も、伝統的な中国社会を思わせる。
さて、あらすじから考えると、世界観こそ異質とはいえ、基本的には一般的なヒロイック・ファンタジーに思えるかもしれない。だが、それはちょっと違う。ナリコは全編を通してかなり悲惨な扱われ方をされていて、話がかなり重いのである。
そもそもの発端は、彼女の部族に伝わる伝説に始まる。はるかな昔、善と悪の戦いが行われた際、人々を救ったのが光り輝く神であり、その時に神が使った聖剣こそが“ヘブンリーソード”だ。この剣はナリコの一族に伝えられ、ある定められた暦のもとに生まれた男子が手にした時、一族を救ってくれるといわれていた。
ナリコはこの運命の年に生を受けた。しかし、予言と違って女子だったうえ、誕生時に母が死亡してしまったため、生まれながらにして、のろわれた子の汚名を被せられてしまったのだ。父であるシェンは彼女を一族の守り手となるべく鍛え上げ、そのためナリコは剣の腕は上がったが、父の愛情を注がれることはなかった。しかも他の同族からは白い目を向けられる。ゲームは冒頭からこの人物関係を全面に出して進んでいくので、ナリコの立場にあるプレーヤーとしては非常につらい気分を覚えることになる。ナリコ以外のヒロインとして、その義妹であるカイという少女が登場するのだが、彼女はちょっと変わった性格をしていて、少なくとも一般的な日本製ゲームのヒロイン像とはだいぶ趣が違う。そんなこんなで、感情移入できるキャラクターを見出すことが難しいのだ。
さて、このように見てくると、もはや単純なヒロイック・ファンタジーとは異なっていることは明白だろう。ところが、確かにゲームで語られる英雄像とは違っているのだが、ヨーロッパ伝統の英雄観という点から見ると、ずいぶんと様相が変わってくるのである(「ヘブンリーソード」はヨーロッパの制作会社NinjaTheoryが開発)。実は、こちらの視点から見れば、ナリコの設定はむしろ当然というか、一般的ですらあるのである。
ヒロインに込められた欧州伝統の英雄観
そもそもヨーロッパの英雄譚には、いくつかの絶対的な法則がある。それをまとめると以下の10項目に要約できる。
- 英雄は特別な血を引いている
- 英雄は特別な武具を持っている
- 英雄には師匠がいる
- 英雄には親友がいる
- 英雄にはともに戦う同志がいる
- 英雄には愛する異性がいる
- 英雄には宿命の敵がいる
- 英雄は偉業を成し遂げる
- 英雄は悲劇に見舞われる
- 英雄は死ぬ
もっとも著名な英雄であるアーサー王などはこれにぴたりとはまるし、ベオウルフ、ローランなども基本的にこのラインに沿って物語が構成されている。アメリカ映画だが「スター・ウォーズ」も、あれをアナキン・スカイウォーカーの物語としてみれば、見事なまでに条件を満たしているのが分かるだろう。
さて、「ヘブンリーソード」を見てみよう。ナリコは予言の子という特別な扱いを受けている。これは1の条件を満たしている。2は言うまでもなく“ヘブンリーソード”。3はシェン。4と5はカイが兼任している。6は満たしていないが、これは主人公がヒロインであるがゆえの縛りだろう。ヒロインが他の男性キャラと恋に落ちるのを喜ぶ男性プレーヤーはあまりいない。アクションゲームというジャンルの性質上、プレーヤーは男性が多いと想定されるので、盛り込まれなかったのは妥当と思われる。7はボハン王。8はボハンの軍勢を破ること。9は予言と性別が違ったせいで過酷な人生を歩むことを余儀なくされたこと。
そして10。現代のエンターテイメントの常識から考えると、奇異に感じるかもしれない。しかし、偉業を成し遂げた英雄ですらハッピーエンドを迎えられない、というのは、それはそれとして魅力的なエンディングだ。そこには人生の無常観、人知を超えた力の存在が感じられる。さらに言えば、この事象が英雄を完全無欠なヒーローではなく、等身大の人間に近づけていることを忘れてはならない。アメコミ最大手の“マーヴル・コミック”の主人公たちは超人的な力を持つ一方で、必ず極めて人間的な苦悩を抱えている。あまりにも超絶で無敵で成功者である英雄は、意外に魅力がないのだ。つまり10番目の項目は、英雄と一般人を繋ぎ止める要素として意味を持っているのである。
本作でのナリコの英雄性は明らかだ。彼女は、同胞から疎まれ、嫌われ、それでいて同胞のために戦うという運命を余儀なくされている。この葛藤は超人性と人間性を併せ持つ、という英雄の基本的な造形に合致しているといえよう。劇中の同胞たちが、繰り返しナリコを不快にさせる行動を取るのは、葛藤を生み出すための必然でもある。
ところで、ナリコの戦いがいかなる結末を迎えるかは、ストーリーの根幹と関わるのでご自分でプレイして確かめていただきたいが、悲劇のヒロインという、ナリコの英雄像はしっかり描かれている。それはヨーロッパにおける正統的な英雄観の延長線上にあるのだ。
システムとストーリーの両面において異彩を放つ「ヘブンリーソード」。そこには他のアクションゲームとは明らかに一線を画する魅力がある。何より、タブーをバンバン犯している思い切りの良さは特筆すべきだ。エンターテイメントの一般原則を無視してまで自分の求めるテーマを追ったデザイナーの勇気には大いに拍手を送りたい。好き嫌いは分かれるかもしれないが、この個性、プレイしなければなかなか分からない。
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