ゲームはチャレンジャブルな仕事。“ノー”からは何も生まれない――セガ 鈴木裕氏(前編):ヒライタケシの「投げる前から変化球」(その1)(3/3 ページ)
わたしたちは普段“ゲーム”をプレイすることはあっても、それを作り上げている“開発者”の素顔を知ることはあまりないかもしれない。そこで、ゲーム開発現場の生の声を、キューエンタテインメントの平井武史氏が直撃インタビュー。第1回目はセガの鈴木裕氏にご登場いただいた。
「0」から「1」を生み出せるか
鈴木 世の中「1」を「1ダッシュ」にする人とか、「1」を「10」にする人は結構いますからね。真似して、何かをちょっと変えて、っていう。でも「0」を「1」にする人は少ないから、それが出来る人はそっちをやった方が日本のためですね。ただし、その「0」を「1」にする人は、なろうと思ってなれるものではないんです。もともとそういう素質を持ってるんじゃないでしょうか。
平井 裕さんを見ていると、そういう素質をもともと持ってないと、こうはならないんじゃないかと思いますね。想像してないことを言われるんです。当時僕がやっていたときって、作業中心で、すごくストイックなプログラミングスタイルだったんですね。裕さんに大分そこを広げて頂いたと思いながらも、今でも裕さんと話をしていても、全然裕さんの考えに及ばない。
鈴木 いや、発想がちょっと違うだけかもしれないですよ。人間の脳は誰も構造がほとんど一緒、とう話があるので、ちょっとしたところが、ちょこっと違うだけかもしれない。
例えば、絵を描かない人にとっては絵を描くことがすごいことに思えて、作曲ができない人にとっては作曲できる人がすごい才能に思えて。作詞にしろそうですよね。絵は真似することならおそらくできますよね。ピカソの絵を横に持ってきて真似ることならできる、ルノワール持ってきて、あの描き方を勉強して真似することはできる。ただし、真似で同じくらいの価値で売れるものがあるかと言ったら、あるわけないですよね。ピカソを完全に真似したものが、本物以上の価格でビジネスになっちゃうとか。絵画をやる上ではオリジナリティーが絶対的な条件なんで、真似じゃ面白くないですよね。
平井 確かにそう思います。
鈴木 絵画としては壁画の時代から歴史があって、名立たる画家が出てきてからも、少なくとも100年、200年の歴史があって、その間に何百万人もの画家がいて、オリジナリティーを追求するためにありとあらゆることをやってきたじゃないですか。それは、やり尽くされてると思うでしょ?
平井 ええ。
鈴木 でも僕は、今まで誰もやってこなかったことばかり連発できますよ。考え方や論理だけでもできるんですよ、きっと。
4×4は16じゃないですか。4つ知っているだけで、16個できることになる。遺伝子は「アデニン」「チミン」「グアニン」「シトシン」の4つで出来上がってるけど、世界中の人に同じ組み合わせの人はほぼ皆無ですよね。4つを組み合わせてるだけなのに。すると、何百年の歴史っていっても、もっと多いじゃないですか。65億の方がもっと。どうやればそれを生み出せるか、4つの組み合わせだけじゃないですか。
結局は組み合わせですよね。その誰もやってない組み合わせを思い付いたらできちゃう。その新しい組み合わせが「0」から「1」なんですよ。だから「0」から「1」って本当はすごく簡単なんですよ。ただ簡単だけど、その「0」から「1」の中で、どれがいま売り物になるのか、引き合いになるのか、ビジネスになるのかと考え出したら、判断が必要になりますよね。「0」から「1」だけだったらすごく簡単なんですよ。
平井 世間一般だと、その「0」から「1」もすごく大変なんだと思いますが……(笑)。
鈴木 例えば、大理石があるじゃないですか。ホテルへ行ったりすると、目の前に立派な大理石があったりしますよね。それを見ていると段々と顔が見えてきたり、新しい怪獣が見えてきたり。ほかにも田舎のばあちゃんちに行って横になると、天井に張ってある木がお化けとか目に見えたり……。そういう“嫌だなぁ”っていう経験がありませんか? 小さいころは、雲が何かの形に見えたりしたでしょ? 今それをデジカメで撮って、大きくして、なぞってみたら恐らく、その人だけの「0」から「1」ができますよね。顕微鏡でもいいんですよ。顕微鏡で見たものを写真に撮ってもいいし。なんでもいいんですよ。そうしたら自分で考えなくても、そこに誰もやってないことがありますよね。
平井 そういった発想で、よく考えられているんですか?
鈴木 ゲームを作るのに、ゲームから持ってくるから似たようなのしかできない。それだけですよね。
平井 その通りだと思いますが、そう言われてても、僕は裕さんが発想して、話してる内容とかが、それこそ自分が考えていた世界にないキーワードが入ってたりするんですよ。よくその発想に行ったな、と思うんですよね。
鈴木 僕も昔プログラマーだったから、プログラマー同士、話がしやすいっていうのもあるんでしょうけど。今はほとんどプログラムを書いたりませんけど、プログラムは大好きなので触っていたいと思うんですよ。AIを使って、絵を描かせたらおもしろいと思いますね。思考論理を作って、自分がプログラムした生物が絵を描いてくれて、それが褒められて売れたりしたらおもしろいですよね。「すごいですね」とか言われたりして。自分が描いたんじゃないんですけどね(笑)。ほかの人からしたら僕が作ったものだし。
平井 そうですね。
鈴木 連鎖させるというか、核反応させるというか、自分の予想外の展開に、自分の読めないものを混ぜて発生させるという感覚ですよね。それは自分にとっては、ある所から先は勝手に展開していきますから、それを見ながら「これは使えるな。これとこれでこうなる。じゃあ平井君、こんな感じで作って」というところですよ。「全部裕さん考えてるんですか」って言われたら、別に考えてる気はないよ、と。でも他から見れば、見たことのないものがポコッとできちゃう。
平井 見たことのないものをたくさん渡されて、これで何か作ってって言われる感覚ですね(笑)。なんか、これとこれうまく行きそうじゃない? という。そうすると意外とできたりする。こんなもんができましたと。
鈴木 「とりあえず、暖かいご飯に冷たいコーラかけて食べてみろ」って言われるんだよね(笑)。
平井 考えちゃ駄目なんですよね。まずやらなきゃいけない。食べてみてから、やっぱり無理と(笑)。
鈴木 言いたいのは、絶対無理ってみんなが言っていたものでも、もしうまかったら一発でそれ行けるんですよ。意外性というか、感動というか。感動というのは何かというと、1つ前の状態から次の状態への起伏ですから。一番まずいもの食べた後の一番旨いものの感動はすごいんですよ。うまいものの連続は駄目なんですよ。ステーキの後のステーキは底が上がった少しの感動しかないから。絶対駄目って言われてたものがうまかったときは、もうみんな「はっ!」ってなって、誰かに言いたくなるんですよ。暖かいご飯に冷たいコーラは結構いけるんですよ?(爆笑)。
やってみてますからね。組み合わせというのがあるんですよ。フランス料理にもあるじゃないですか、カキとシャブリとか。それが世界一だと言うけど、僕の中じゃアンパンと牛乳の方が上行ってるし。アイスクリームとチョコレートを合わせてチョコレートパフェとか。
平井 最強ですよね(笑)。
鈴木 そういう風に組み合わせのいいフォームをやるんだけど、さっきも言ったように、悪い方のフォームも知っていないと。仕掛ける側としては起伏で持ち上げてるんですよ。これがエンターテインメントの基本ですから。いい方はお金持ちならみんな知っているけど、悪い方も知っておかなくてはいけないんですね。自分の中で、これはまずいんだろうなっていうのも確かめておきたいんですよ。
平井 作業する側からすると、やる前から何となく想像が付くんですよ(笑)。駄目なんだろうなって思いながら。いいことがあるといいけど、やっぱり駄目なんだろうなあって……。
鈴木 予測通り駄目な方が多いけど、10個やって、絶対駄目だと思ってた中に行けるのがあったら、これは大発見ですね。恐らくゲームの歴史の中で、誰もチャレンジしてこなかったようなアホなことを頼んでますから(笑)。もし何かに当たったら、それだけで行けるような何かをそのゲームは持ってるんですよ。ちょっとやってそれが見つかるようじゃ、それは相当効率のいい話になっちゃうし。
処理時間へのこだわり
平井 裕さんはアーケードから入られてますから、非常に処理時間にシビアな方なんですよね。「シェンムー」は2フレーム、33ミリセカンドで動いていたんですけど、パッと画面を僕に見せて「今これ56ミリなんだよ、これ一週間で33ミリにしてくれないか」っていう話もありましたよね(笑)。
鈴木 業務用は秒間60フレーム、16ミリセカンドで動いてるんですけど、その倍でだいたい33ミリ。21ミリの短縮を一週間で実現してという(笑)。また無茶なことを、と思いながらもですね、それはちゃんと1週間でできたんですよ。いやあの、できると思って言ってますからね。なんて言うんだろう、平井君ならできるって言うと良く聞こえるけど(笑)。
平井 天狗になります(笑)。
鈴木 あの処理で56ミリも食ってたら、どうやったって短くなるだろ? と(笑)。だって言ってる単位が“ミリ”ですよ。間に合うようにしてくれっていう大雑把な指示ですね。
平井 当時の細かい話なんですけど、街中の光源プログラミングなんですが、ドリームキャストはハードウェアでサポートはしていましたけど、そんなに速くないんですよ。処理しなければならないオブジェクトが128個くらいあったんですね。それを50何ミリに、1週間でということだったんですが。結局それは夜のシーンだったので、当時では「焼付け」と言ったんですが、今で言うプリレンダリングですね。今は当たり前ですけど、一番最初にやったっていう形でしたね。
鈴木 “一番最初”というのは結構やってましたよね。だってプリレンダもやってないんだもん。128回も同じ計算してるんですよ。そりゃ遅くなるわなという(笑)。128回足してるわけですよ。掛け算してる人は「×128」ってやって終わるような仕事を128回足してるぞ、みたいな。
ただ、コンシューマの部門と業務用の部門があって、コンシューマ系の人たちが今までやってきた仕事のバックボーンの中に、その種のことはおそらくないということは分かってたんですよ。コンシューマ系の人から出てくる作品自体が、どれもこれもフレームレートに関してノーケアなものばかり。ほとんどが遅くてもいいっていう。そこが要求されてない人たちなんですね。だから、ある程度平井君の力も知ってるし、うちのスタッフの力もある程度知ってた上で、今見てるものに対して、要求されてないから。できませんて言ったときに、こうして、こうして、こうやって下さいって言ったら、もうできることなんですね。ただ平井君の場合は、できなかったらその時は、僕が言う通りにやって下さいということなんですね。
だからこれまでの話で言うと、できなかったとき僕がやるパターンと、できなかったときに僕が「あーやっぱりね」というやつと、何種類か、ものによってあるんですね。
平井 高速化という点では、裕さんから学んだことも多いですね。先日社内でテクニカルカンファレンスをやったんですけど、そこのお題もたまたま「高速化」でした。
鈴木 高速化については自信あったよね。僕は。例えば宇宙船が大気圏に入るときの、ほんとに1秒決断が遅かったら弾かれちゃう計算とか。あとは原子炉が事故を起こした時に緊急シャットダウンするシステムとか、その、恐らくコンマ何秒、千分の何秒、マイクロセカンドという世界とか、その先のナノセカンドとか。そのマイクロ、ナノというスピードを要求されるプログラムというのは、あの当時だったら僕がやってる業務用のゲームと、あとはロケットと原子炉だけ、その3つくらいでした。そのレベルでやってましたね。だから、秒って言われても「はぁ?」って感じ(笑)。
平井 確かにエンジニアの目線からすると分からないって感じでしょうかね。
(5月20日掲載予定の後編へ続く)
ヒライからのひと言
第1回として鈴木裕氏にご登場頂きました。ボクとしては一番最初にお話したかった方ですし、自分の技術発想を180度変えて頂いた方でもあります。厳しい中にも優しさあり。親しき仲にも礼儀ありを重んじる方で、いつお話しても背筋が伸びる思いとゆったりした空間の共存を与えて頂けます。今回読者にとっても興味ある内容をヒアリング出来たのではないかと思ってます。
このコーナーは対談型のコラムとして、あえてゲーム業界の方だけと言わず、広域にデジタルエンタテインメントに関わるエンジニアに焦点を絞って、さまざまな方々と「教科書に載っていない技術発想を」をテーマにあらゆる角度からヒアリング、ディスカッションしていきたいと考えてます。
作品に対してまず感じて欲しいことは、それがいかに“チャレンジャブル”であるか。そういう目線での作品評価をクリエイターにもユーザーにも期待したい。そして日本の作品が常に世界に衝撃を与えるものになることにほんの少しでも尽力できればボクは大変うれしく思います。
鈴木裕氏との対談・後編はますますエキサイティングな内容になります。ご期待ください。
プロフィール
平井武史(ひらい たけし)
キューエンタテインメント 最高技術責任者/CTO
代表作:「シェンムー」「スペースチャンネル5 パート2」「メテオス」「メテオスオンライン」
エンジニアとしてハイエンドからモバイル、Web、システム管理までほぼ全ての環境、言語を話す。
ヘアショーのサロン映像、音楽プロデュースを行ったり、海中での写真集を提供したりと守備範囲は広い。
海をこよなく愛するMSD(マスター・スクーバ・ダイバー)である。
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