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人間側完勝の裏にあったもの――コンピューター将棋ソフト対プロ棋士「第2回電王戦」、第1局リポート

コンピューター将棋ソフト対プロ将棋棋士。人間側の阿部四段の完勝となったが、そこに至るまでには対局前からのさまざまな駆け引きがあった。

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3月23日は、東京都内各地で桜が満開に。将棋会館の向かいに立つ鳩森神社も、満開の桜で彩られていた。

 将棋の世界では、人間対コンピューターの対戦で人間側の負けが続いている。2008年にはトップアマチュア棋士2人を「激指」と「棚瀬将棋」が破り、2010年には女流棋士トップの清水市代女流王将(当時)が当時最強とされる将棋ソフト3種類を接続した「あから」に敗北。さらに、2012年1月に米長永世棋聖(昨年12月に逝去)が「第1回電王戦」で当時最強の将棋ソフト「ボンクラーズ」に逆転負けを喫したことも記憶に新しい。

 コンピューター将棋関係者には「コンピューターソフトはプロ棋士を超えた」と語る人も出始め、「コンピューター将棋の進歩6―プロ棋士に並ぶ―」(共立出版)という書籍も出版されている。果たして、本当に「コンピューターソフトはプロ棋士を超えた」のかどうか。それを試す棋戦「第2回電王戦」が3月23日に開幕した。

期待の新人棋士vs受けが特徴のコンピューター

 「第2回電王戦」では、コンピューター将棋ソフト5種類とプロ棋士5人が、毎週土曜日に1局ずつ対局していく。持時間は双方四時間(1分未満切り捨て)と、実際のプロ棋戦でも採用されることが多い設定になっている。

 第1局にプロ棋士側から登場する阿部光瑠四段は現在18歳の若手棋士で、弱冠16歳5カ月でプロ入りを果たしている。この記録は、現在の制度になって以来渡辺明竜王、佐々木勇気四段に次ぐ3番目で、ほぼ同時期(半年違い)にプロ入りした佐々木四段とともに期待の新人棋士として注目を集めている。将棋界では若くしてプロ入りすることは才能の証とされており、これまで16歳以下でプロ入りした棋士は、この3人以外では加藤一二三(14歳7カ月)、谷川浩司(14歳8カ月)、羽生善治(15歳2カ月)、塚田泰明(16歳3カ月)、森内俊之(16歳7カ月)、屋敷伸之(16歳8カ月)と、いずれもトップに上り詰めた棋士たちばかりだ。

 一方、後手となるコンピューター将棋ソフト「習甦」は、会社員の竹内章氏が開発を続けているもので、コンピューター将棋の世界大会「世界コンピュータ将棋選手権」で4年連続入賞中の実力派ソフトである。昨年5月に開催された2012年大会でも、高性能なクラスターマシンを擁する強豪揃いのなかで、シンプルなマシン構成ながら5位に入賞。電王戦への出場権を手に入れた。今回の対局で使われるマシンも、ワンボードに8コアのCPU・intel Xeon E5-2687Wを2個搭載し内蔵メモリーも16GBと、昨年5月と同様のマシン構成で臨んでいる。長年コンピューター将棋の研究を続けている瀧澤武信・コンピュータ将棋協会会長(早稲田大学大学院教授)によると、習甦の特徴は「鋭い受け」にあるという。

 「先攻を得意とするソフトが多いコンピューター将棋のなかで、習甦は受ける手を選ぶ傾向が強いです。とはいえ、コンピューター将棋で比較した場合の話ですので、人間の対局に慣れれた目にはかなりの攻め将棋に見えるでしょう」(瀧澤会長)。

 対局のおよそ15分前、特別対局室へ入室した「習甦」の開発者・竹内氏は、将棋ではタイトル戦など大一番に着用される和服、それも紋付きの正装で臨んでいる。その姿からは、今回の1局に懸ける思いとともに、将棋に対する敬意が感じられる。その数分後に入室した阿部四段は、普段の対局同様のスーツ姿で、あくまでも普段通りに将棋を指そう、ということなのだろう。

 定刻の10時、谷川浩司・日本将棋連盟会長の発声により対局が開始。阿部四段が初手に選んだのは7六歩で、それに対する習甦は3四歩と指す。一見、普通に見える展開なのだが、実は習甦が指した3四歩にはある「対策」が秘められていた。


習甦の開発者の竹内氏は、祖父から譲り受けたという正装の和服姿で対局へ臨んだ
上位者とされる位置に座った阿部四段から先に、互いに駒を並べていく
初手から4手指された局面。この形からは阿部四段の得意戦法「角換わり」ではなく「横歩取り」という戦法に進むことが多い

対局開始時に整列した関係者。左から順に記録係の渡辺女流1級、竹部女流三段、谷川会長、立会人の飯野七段、ドワンゴの川上会長、コンピュータ将棋協会の瀧澤会長
習甦がインストールされたPC。市販のミドルタワーのケースに収められており、2Wayのintel Xeon対応マザーボードを使用している

習甦は阿部四段の研究を外していた

 対局1週間前の3月15日、電王戦に参加する棋士5人による記者会見が行われ、その模様はニコニコ生放送でも中継された。その際、阿部四段は本番に向けた手応えとして「詳しくは話せませんが、練習将棋を何度も指すなかで、勝てそうと思われるパターンを数種類見つけました」と語っている。阿部四段には、竹内氏から研究用に習甦が提供されており、コンピューター将棋関係者によると、そのバージョンも最新に近いものだったという。これを聞いた竹内氏は本番対局直前、習甦にちょっとした工夫を加えていた。

「インタビューを聞き、阿部さんの得意な角換わり戦法には対策ができていると思いました。習甦が後手の場合、初手▲7六歩(※1)に対する2手目は定跡を使って△8四歩とするのですが、これでは角換わりになってしまいます。そこで、2手目は定跡を使わず自分で考えるよう変更したのです。それでも△8四歩になる可能性はありますが、その確率は下がります」(竹内氏)

 結果、習甦が指した2手目は△3四歩となり、通常の角換わり戦法を避けることができた。阿部四段も対局後の記者会見で「練習では▲7六歩に対しては△8四歩と指していたのであれっと思いました」と、意表を突かれたことを認めている。しかし、阿部四段はそれでも得意の角換わり戦法に持ち込むため、定跡とは異なる手順でお互いの角を交換し「先手1手損角換わり」と呼ばれる、前例の少ない戦法に持ち込んでいった。その様子を、対局部屋に近い関係者控室で見ていた遠山雄亮五段は「これは阿部君の研究通り進んでいるのでは」と次のような話を披露してくれた。

「彼は、昨年この『先手1手損角換わり』で、A級棋士の三浦弘行八段を破っています(朝日杯将棋オープン二次予選)。前例の少ない将棋ですが、彼にとってはA級棋士に初めて勝ったゲンのいい形なのです。実は」(遠山五段)

 午前中は阿部四段、習甦ともに駒組みを進め、対局開始から2時間後の正午から1時間の昼食休憩に入った。昼食では、阿部四段が「うな重(松)」「マグロづくし(特上)」の両方を頼み全部食べたとのことで、「ニコニコ生放送」の中継で紹介されると「さすが大物」と話題になった。そして、午後1時の対局再開後まもなく、習甦が△6五桂と桂馬を中段に跳ね、本格的な戦いが始まった。

 この△6五桂は、控室に集まった棋士の間では阿部四段が誘ったもので、研究通りに進んでいるのではないか、という評判だった。

「初手から見ていると、阿部四段がここで習甦が△6五桂をやってくると完璧に研究していて指しているとしか思えないですね」(阿部健治郎五段)

「△6五桂は無理気味の攻めで、現時点では先手優勢と思いますが、コンピューターはこういう攻めでも何とかしてしまうことがありますから。阿部さんもそれを研究で知っていて指しているのではないでしょうか」(遠山五段)


対局室の横に設けられた控え室では、プロ棋士らによる検討が続けられた。写真中央が、プロ棋士のなかでもコンピューター将棋に詳しい遠山五段
控室の一角は、ニコニコ生放送のサブ中継会場としても使われ、棋士たちの検討した様子を紹介していた
終局が近づいた午後4時前後の控え室には、関西在住の船江五段を除いた第2局以降の対局者全員が勢揃いした

「研究の手順」へ引き戻した阿部四段が完勝

 しかし、実はこの時点で阿部四段の完全な研究通り進んでいるわけではなかった。対局後の記者会見で阿部四段は「△6五桂は指して欲しい手ではあったのですが、研究のときと相手玉の位置が違ったので、自信はなかったです。コンピューターは攻めをつなぐのがうまいですから。ただ、その後の手順が研究でも出てきたものだったのでありがたかったです」と語っている。

 竹内氏によると、阿部四段が「研究に出てきた」とされる手順通りに進んだ60手目前後の局面から、習甦が指す手がなくなり苦戦しはじめたという。その後は、阿部四段が相手に駒を渡さない指し方で習甦を圧倒。習甦も自陣に飛車を打つなど粘りを見せたものの、午後6時32分に阿部四段の113手目を受けて投了した(※2)。

 終わってみれば、阿部四段の完勝といえる結果となったが、プロ棋士の高いポテンシャルだけで勝てたわけではなく、入念な事前研究があってこそのものだった。記者会見で語ったところによると、阿部四段は3月3日の順位戦終了後は、毎日持時間4時間で1回、1時間で1回、習甦と練習を重ね準備を続けてきたという。これだけ練習を重ねることは並大抵の努力でできるものではない。昨年行われた米長永世棋聖対ボンクラーズの対局後、解説の渡辺竜王が以下のように語っていた。

「来年、いよいよ現役棋士が出てくるわけですから、プロとしてはいいわけがきかなくなりますね。普段の対局と同じように作戦などは高いレベルで研究をしていくことになりますが、人間とソフトではかなり違いますので、事前準備にかなり時間は必要になるでしょう。(今、コンピューターと対局したらどうなるか、という質問に対し)ボナンザのときほど楽観はできないですね。普段の大きな将棋を指すのと同じつもりでやってそれでどうか、というところでしょう」(渡辺明竜王)

 今回の対局に向け、阿部四段は「普段の大きな将棋」、あるいはそれ以上の準備を積み重ね、そのことで勝利をつかみとったのではないだろうか。


勝った阿部四段の第一声は「まずは勝ててホッとしています」だった
竹内氏は「いい棋譜が残せず残念でした」と一局を振り返った
コンピュータ将棋協会会長の瀧澤氏は「プロの方に戦っていただいた棋譜はコンピューター将棋にとって貴重な財産です」と今回の対局を締めくくった

人間側の研究が難しくなる第2戦目以降は要注目

 また、阿部四段の入念な研究は竹内氏から本番に近い習甦が提供されるという、有利条件があって実現したのも事実。今回の電王戦で、ソフトが棋士側に提供されているのは習甦、ツツカナとGPS将棋の3つで、PonanzaとPuella αは提供されていない。そこで、第2局で対局予定の佐藤慎一四段はツツカナで、第4局で対局予定の塚田泰明九段は故米長氏が第1回電王戦の練習に使用したボンクラーズで練習を重ねているという。さらに、GPS将棋については本番では600台以上のクラスターマシンが使用されるため、普通のPCにインストールしたものと指し手が大きく変わる可能性が高い。そのことも踏まえ、第5局でGPS将棋と戦う三浦弘行八段は、控室での観戦後「今回は阿部君がいい将棋をしてくれましたが、ほかの棋士はあまり参考にはしないほうがいいですね」と語り、プロ棋士側が楽観視することを戒めていた。

 3月30日に行われる第2戦には、人間側から佐藤慎一四段、コンピューター側はPonanzaが登場する。次回は先手と後手が逆で佐藤四段が後手になるうえ、Ponanzaは本番に向けて20台のクラスターマシンを用意するという。佐藤四段にとっては条件が悪くなるのだが、事前の記者会見では「コンピューター将棋ソフトは強いのは確かだが、ツツカナでの研究から(コンピューター将棋ならではの)弱点も見えつつある」と手応えを語っている。週末に行われる対局では、今回あるいはそれ以上の熱戦が行われそうだ。

 最後に、東京・六本木で行われた解説会の様子についても少し紹介しておきたい。第2回電王戦は、ニコニコ生放送で全局完全生放送が行われるが、中継のメイン会場「ニコファーレ」は一般の方が入場可能で、プロ棋士による大盤解説を生で聞くことができる。なかには、ニコニコ生放送の中継を見て「CG合成では」と思った方も多いと思うが、会場内は中継画面にあったディスプレイがリアルに施されており、今までにない臨場感で将棋観戦を楽しめる。入場料は1500円と通常の大盤解説会とほぼ同じなので、時間に余裕のある方はぜひ一度訪れてみてほしい。


東京・六本木のイベントスペース「ニコファーレ」に設けられた解説会場の様子。ミュージックライブスペースのようなエントランス(左)から会場内に入ると、一面がこの日のために用意されたディスプレイで彩られていた(中央、右)

(※1)将棋の指し手を記録する際は、先手陣を手前にして駒を動かした先を盤面左上を「1一」、右下を「9九」のように横列をアラビア数字、縦列を漢数字)で表したあと、駒の種類を記していく。また、先手の指し手には「▲」、後手の指し手には「△」を先頭に付ける。「▲7六歩」と書いた場合は、先手が7七の位置にいた歩を1つ前の7六の地点へ動かしたことを示している。
(※2)電王戦では、コンピューターのほかに開発者にも投了する権利が与えられているが、今回は習甦自身が投了と判断している。

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