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コミュ障と同じく「人見知り」は克服すべきマイナス要素なのか?人見知りの達人(2/3 ページ)

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 そんな私でも、Facebook上の友人は448人(2016年11月末時点)います。40代のオジサン社会人にとって、448人が多いか少ないかは分かりません。中には、「タイムラインにはしょっちゅう現れるこの人……誰だっけ?」って人もいますし、名前と顔が一致しない人もけっこう混じってます。

 まあ、Facebook内の「friends」なんて、真の友人ではなく、あくまで知人の集合体ですよ。誰も言わないから代わりに言いますけど、浮世の義理、打算、損得勘定、しがらみ、下心、諦め……等、大人の事情でつながった薄い関係が幾重にも折り重なった結果です。それ以上でも、以下でもありません。(あーあ、言っちゃった……)

 いや! ちょっと待って。厳密にはFacebookにも友人は何名かいます。ただ、「こっちは友人だと信じているけど、あっちは知人としか思ってない」疑惑が捨てきれないので、「友人は●人です」と断言できないだけです。いい歳して、「オ、オレたちって友達だよね……?」って確認なんて、できないじゃないですか。

 ちなみに、45年間の人生で同窓会に誘われた回数はゼロ。人生折り返し地点をすぎたのにゼロ。小中高、ちゃんと卒業したのにこのザマ。(大学はアメリカなので誘われなくてもOKですよね……距離あるし)

 いかに自分の存在感が薄かったか、誰の記憶にも残っていないか、という事実を突きつけられているようでつらいです。同窓会というものを、私は生涯経験することなく死ぬのでしょうか。

「人見知り=克服すべき問題」という風潮に同意できない

 のっけから私の恥ずかしい過去を暴露しましたが、こういう人ってけっこういると思うんです。本当は人見知りなのに、カミングアウトしていない“隠れ人見知り”が。

 一説には「98%もの日本人が人見知り」といわれているそうですが、さすがにこの数字は高すぎるような気がします。経験的に、日本人の7〜8割くらいが人見知りなのではないかなと。「オレ(あたし)、実は人見知りなんだよね……立場的に言えないのがつらいけど」という方々が、これを読んでいる中にもきっと大勢いるはず。

 では、なぜ隠れているのか。それは「人見知りは悪」という社会認識が蔓延(まんえん)しているから。私も自ら「人見知りでして……」と、カミングアウトしたことはありません。今回が初です。世の中的には、人見知りは克服すべき忌まわしい、恥ずべき性格上の問題という見方がメインだと思います。その証拠に、「克服しよう」「治そう」「話術を磨こう」とうたう書籍とかセミナーを見かけますよね。

 社会人になると、人見知りを告白することがみっともない行為と見なされます。学生ならまだしも、成人した社会人がモジモジしていると「いい歳して人見知りとか言ってんじゃねえ」と説教されますからね。

 本当は人見知りなのに、あたかも社交性が高く、コミュニケーション能力が優れているかのように職場で振る舞わねばならないときのつらさは筆舌に尽くしがたいものです。でも、私は「人見知り=克服すべき問題」という風潮には同意しません。

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