高度に発達した出落ちマンガ「出落ちガール」 思わずノリツッコミしたくなります:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第18回
「坂本ですが?」「聖☆おにいさん」など「マンガ界の一大トレンド(?)になっている「出落ち」のなかで、社主がお気に入りなのはこの「出落ちガール」です。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
2004年に開設した本紙サイトもおかげさまで今月1日に10周年を迎えました。単なる一個人サイトであった本紙がここまで続けてこられたのも、多くの読者のみなさんからの支えがあってこそのものです。この場をお借りして改めて感謝申し上げます。今後とも本紙をよろしくお願いいたします。
さて、今回取り上げるのは鈴木小波(さなみ)先生の短編集「出落ちガール」。掲載誌は「ヤングキングアワーズ」(少年画報社)。同誌からのピックアップは本連載第2回の「僕らはみんな河合荘」(宮原るり/1~5巻、以下続刊)以来です。そう言えば、「河合荘」は今月からアニメが放送されますね。アニメを視聴する参考になるかもしれませんので、ご興味あればこちらもご覧ください。社主は真弓さんにもてあそばれたい今日この頃です。
本作「出落ちガール」ですが、まずはこの「出落ち」という言葉について少しだけ。分かっていそうで実はなかなかはっきりと説明しにくいこの言葉、簡単に言えば「出だしのインパクトが強い」という感じでしょうか。ただ、お笑いで「出落ち」と言われるのは、最初がオチになってしまって、それ以降笑える部分がない状態を指すことが多いので、必ずしも良い意味とは限りません。本紙でも以前「現代のベートーベン、佐村河内守さん、ヒロシマ語る」という記事を掲載しましたが、これなどはまさに写真オンリーの出落ち記事です。
本作に収録されている出落ちな短編は全部で7本。まずはこの中から特に社主お気に入りの3本を軽くご紹介します。
- 脱エバ!
タイトルは三途の川の渡し賃・六文銭を持たない亡者の衣服を剥ぎ取る老婆「脱衣婆(だつえば)」から。どんなお話かと言うと、川のほとりで若い武士の主人公と、エバと名乗る女の子が野球拳をしながらどんどん服を脱いでいくという……って、それ出落ち! あっ、そうでした、このマンガはそういう短編集でした。
- クーパー伊東さん
身長130センチ、あだ名は「チビ太」。少年・太海草太がつまづいたミニクーパーのミニカーの中から現れた黒タイツ一丁、身長10センチの女の子。草太がつけた名前は「クーパー伊東」。確かに登場第一声は「はい~~~~」だし、黒タイツだし、ミニクーパーから出てきたし……って、それ出落ち、出落ちですよ! そうでした、このマンガはそういう短編集でした。
- ヒトミとゴクー
山の主・ゴクーの怒りを鎮めるため、村人がいけにえとして差し出した娘・ヒトミ。涙が真珠に代わるという不思議な力がヒトミにあると知ったゴクーは、彼女を襲って泣かせようとするものの、全く泣かない。そこでゴクーは作戦を変えて、ワサビたっぷりの寿司を食べさせたり、部屋の中で煙を炊いたり、ねこをたくさん部屋に招き入れたり四苦八苦。もちろんタイトルの由来は「人身御供」からですね。というか、先にそのタイトルがあって、このストーリーですよね、うんうんなるほどなるほど……って、やっぱり出落ち!
出落ち、だけじゃないんだな、これが
普段ノリツッコミなどしたことがないので、大変お見苦しい紹介になったことをお詫び申し上げます。とまれ、こんなふうに本作は全てこんな出落ち、あるいは「そのままじゃないか!」とツッコまずにはいられない短編ばかりが収まっています。
それではもうこの数行の紹介文さえ読んでしまえば事足りるのか、最初の数ページだけ読んで「それ出落ち!」とツッコんで本を閉じてしまえばいいのかと言うと、そんなはずはありません。そんな安直なマンガを本連載で取り上げるはずがありません。
本作はタイトルこそ「出落ちガール」ではありますが、収録作全てにおいて最大の見どころは何よりそのオチなのです。一見冒頭で出落ち作品と見せかけておきながら、実のところ、その最後の落としどころまでのストーリー展開がどの作品も大変すばらしい。まさに「お見事!」と言うほかありません。
ふざけた野球拳から始まったはずの「脱エバ!」には心温まるエンディングが、「クーパー伊東さん」にはSFのような奇想天外なエンディングが、「ヒトミとゴクー」にはまるでおとぎ話のようなエンディングが――、いずれの短編にもそれぞれ異なる多彩な結末が用意されていて、まさに短編集のお手本とでも言うべき秀作ぞろいです。最初に少し触れたように、「以後楽しめるところがない」という意味での「出落ち」でないのです。むしろそこから先こそを本当に読んでほしい。そう言わずにはいられません。
画風も見どころですよー
また本作もう1点の見どころは、鈴木小波先生の個性的な画風です。コミカライズ作品「ブラック★ロックシューター イノセントソウル」(全3巻/KADOKAWA)のころから、その独特のタッチと画力の高さに定評ある鈴木先生ですが、「クーパー伊東さん」に見られるようなコマ表現や、「ヒトミとゴクー」「万引きGガール」に登場する人外キャラの造形など、ストーリー以外にも見どころはたくさん。
いろいろなジャンルの集合体「短編集」という形態で、その短編どれもにこの画風がマッチしていることを考えると、今後熱血、リリカル、コミカル、いろんな方向での連載がありえそう。そういう意味ではこれからの鈴木先生の活躍に注目しています(ちなみに既刊「ホクサイと飯」(全1巻/KADOKAWA)は、マンガ家の日常と飯作りを主軸に据えた半自伝的(?)フィクションという、これまたユニークな作品です)。
高度に発達した出落ちマンガは秀逸な一般マンガと見分けがつかない
さて、最後に少しだけ最近のマンガにおける「出落ち」について。
ここ4、5年マンガ界全体においてもこの種の出落ちマンガが1つのトレンドになっているような気がします。例えば現代に降臨したイエスとブッダの日常を描いた大ヒット作品「聖☆おにいさん」(中村光/~9巻、以下続刊)などはすでにこの設定が出落ちですし、何事にもクールな高校生・坂本のキャラが話題を呼んだ「坂本ですが?」(佐野菜見/~2巻、以下続刊)もその1つでしょう。少女マンガでも「俺物語!!」(河原和音・アルコ/~5巻、以下続刊)は表紙のインパクトですでに出落ち感が漂っていました。
「最初はいいとして、長く続けていけるんだろうか……?」と余計な心配をしてしまいそうなこれら出落ちマンガですが、実際「聖☆おにいさん」がこれほど続いていることを考えると、かの名言「高度に発達した出落ちマンガは秀逸な一般マンガと見分けがつかない」かもしれません(←今考えた)。出落ちマンガは扱い方こそ難しいものの、まだまだ未知の可能性を秘めていそうです。
記事を執筆するとき、その扱いにくさから出落ちを敬遠している社主としては、鈴木先生のような起承転結の「起」と「結」の両方で読者をうならせることのできる記事を書きたいと願うところでもあります。本紙次の10年に向けてぜひその発想の秘訣を鈴木先生からご教授願いたいと思いつつ、これにて筆を置きます。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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