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MCバトルブームから考える、若者たちの「言葉」に対する意識の高さ

若者は本当に「ボキャ貧」化しているのか? 連載「ネットは1日25時間」。

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 先頃、某新聞社のサイトに掲載された「子どもたちのボキャ貧化が深刻だ」といった旨の記事が、SNS上でちょっとした話題になりました。件の記事を読んでいていまひとつ釈然としないのは、単なる安易な世代叩き、コンテンツ叩きの域を出ていないのではないかという点です。

 「LINEが悪い!」「日記を付ける習慣をつけよう」とありますが、身内にしか通用しないような簡略化されたコミュニケーションやノリといったものを、赤の他人に対してまで持ち込んでしまうような人の存在は今に始まったことではありません。またブログが普及して誰も彼も簡単に、多くの人の目に届くような場所で日記を付けることが当たり前となっている昨今、単純に日記の執筆を促すことが若者世代の表現力の底上げになるとは言い難いのではないかと思っています。

 ネット上における、直情的・感情的な拙い文章によるヘイト表現や誹謗中傷、理解放棄などといった書き込みが多いコンテンツは大抵、ユーザーの年齢層が40代や50代だったりするのですが、それをもって40代~50代といった世代を攻撃することはできません。私たちは表現が達者で示唆に富む高齢層の存在を知っているから、若者との比較が発生してしまうのです。よって「ネットによって若者の言葉が貧しくなっている」というよりは、ネットの中でも外でも若者でも老人でも、表現が拙い人間はどこに出してもいつになっても拙く、そういった一定の層は普遍的に存在するというのが、身も蓋もないのですが適切なのかもしれません。

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 人間は歴史が進むにつれて歴史の蓄積と文化の洗練によって、どんどん賢くなっていくものなので、世代が若くなればなるほどに理知的になっていくのが必然です。そうなると表現に気を配ることが出来ていたり、豊富な表現を我が物に出来ている能力が平均的に高いのは、ネット上に限って考えてみるとむしろ若年層のほうではないかと私は考えています。

 その理由としては、テキストによる自己表現、アウトプットの場が圧倒的に増えたということ。そのせいで表現能力やリテラシー能力が極端に乏しい人の存在が悪目立ちしてしまうほどです。平均的な能力はもちろんのこと、達者な層はとことん突出して能力を持っているのではないでしょうか。自己表現の機会が増えたということは、その中で大勢に埋没せず自分の存在を他者に認識してもらう必要があります。必然的に表現能力を高めないといけないため、結果として表現の精度の平均値が向上していきます。

 また、先人たちの失態や失言に学び、言葉を選ぶ場、選ぶ対象、選ぶタイミングを学んでいます。匿名性がトレンドとなっていた時代より、SNSによる自己の発露が容易になった現在こそ、言葉に対する意識というものが磨かれていくわけです。その一方で言葉狩りや極端な他者への監視が強まって表現が極端に萎縮してしまうという状況も発生してしまいますが、人間はその度に新しい表現を開発してきたものです。言語の文化・潮流は常に若者が刷新してきました。

 膨大に存在し、今後も増え続ける言葉のアーカイブから自由に取捨選択し、どの言葉をもう使わない「死語」とし、長きに使われる「定番」とし、これから使われる「新語」とするのか、メディアの力が弱まり名も無き個人の発信力が高まった現代において、その権限はいよいよ大衆の若者の手へ渡りやすくなるでしょう。

MCバトルには良質なコミュニケーションが詰まっている

 昨年からテレビ朝日にて放送されている深夜番組「フリースタイルダンジョン」によって、現在若者たちの間で空前のMCバトルブームが発生しています。元々「ULTIMATE MC BATTLE」や「高校生ラップ選手権」などでその人気に火が点きつつあったMCバトルという文化は、地上波テレビ放送とネット動画という強力な追い風を受け、今年に入って日本語ラップに縁の薄かったオタク層を中心に、瞬く間に爆発的な支持を受けるようになりました。説明の必要はもはや無いとは思いますが、MCバトルとは即興、いわゆるフリースタイルのラップを相手と交互に行い、相手の言葉に応えたり韻を踏んだりしつつ、的確に相手のことをディスりあいながら勝者を決める、言葉のボクシングとも言えるパフォーマンスの一種です。

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 相手をディスりあう、というとなんだか殺伐としていますが、MCバトルブームの浸透を大きく手助けした理由のひとつとして私が挙げたいのは、MCバトルの根幹が言葉によるディスの応酬であり、相手の見た目や態度、性格や言動、能力の有無や故郷などといった部分を攻撃することがあったとしても、相手に対し生死に直結することや存在そのものの否定、著しい尊厳の破壊などがないことです。

 もっともMCバトルという文化だけでいえばメディアが干渉しづらいようなアンダーグラウンドの現場や、MCの特徴によっては配慮の欠落した、もっと闇の深い部分があるのかもしれません。しかし、ここまでの流行を招いたのはやはり、現場で戦うMCたちによる徹底した表現の配慮やその完成度、テレビなどの「メディアがかむ」ことによって表現が良い方向に軟着陸したり、MCたちの熱が視聴者に嫌悪感なく伝わりやすくなったりしたことにあるのではないでしょうか。メディア、特にテレビがかむと往々にして「最適化」による魅力の欠落という弊害が発生しうるものですが、「フリースタイルダンジョン」では文化の拡張、浸透においてそれがむしろ良質な効果をもたらしているように思えます。

 他者を言葉でひたすらディスるという本来なら倫理的に厳しい形態が、一種のスポーツやショービズのように爽やかな形で消費される完成度まで落とし込めているのは、MCやその周辺の人間が「どのように言葉を選ぶか」「言葉で一体何を表現したいのか」「何を表現しなければならないのか」「どのようにして大多数へ好意的に伝えるか」という面に、先人の残したノウハウと磨かれたセンス、多大なる尽力を用いた結果だと言えます。

 また、MCバトルの最中では相手をディスるだけではなく、相手はもちろん先人や観客にリスペクトを送ったり、ときには自分のどこが素晴らしいのかを誇示する場面を多々見受けられます。誰かを褒める、というのは貶(おと)すよりずっと難しいもので、MCバトルというコミュニケーションはそれらのハードルをぐっと低くしてくれるうえ、「韻を踏む」という娯楽性を取り入れて受け手を楽しませ、アンサーを返し合うことで一方通行の会話を良しとしないなど、コミュニケーションの重要な部分が詰まった良質なツールでもあるのです。

 とはいえ、MCバトルが必ずしも配慮の行き届いたきれいな存在であるとは限らず、むしろそうでないからこそ人々を夢中にさせているのですが、ヒップホップの歴史的背景や文脈上、表現にジェンダー差別、セクシュアリティ差別の著しい部分が多々見受けられます。しかしそういった部分も、今後のMCバトル文化の発展に伴う若者たちの意識改革によって磨かれていくものだと、私は考えています。

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 動画サイトやダウンロードサービスの普及によって音楽ソフトの売上が芳しくないと囁かれて久しいですが、それでもライブの動員数が右肩上がりしているという話もされています。音楽であってもテキストであっても、データでしか伝わらない表現よりリアルな身体で放たれる表現を受け取りたいという人たちが増えた結果だと言えますが、MCバトルブームもまた、ネット上でのテキストによる陳腐な罵詈雑言の応酬より、リアルな身体から放たれるエンターテイメントとして洗練された対話というものを受け取りたいという意識が根付いている……というのは考えすぎでしょうか。

 罵り合いの中に理性と礼儀を見出すMCバトルブームの到来は、言語表現に徹底した気を配りながらも、それでもさらに言葉というものを刺激的に扱ってみたい、新しい価値や表現を見出したい、そしてそれを自ら表現してみたいといった若者たちの思いをなぞっているのではないかと、私は思っています。そして、MCバトルブームの到来こそ若者たちの、言葉というものに対する意識の高さを示しており、「若者の言語表現が貧しい!」などと腐すより、もっと希望的観測をもって眺めてもいいのではないかと私は思うのです。

プロフィール

 85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。

 2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。

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