星井七億です。2015年も終わりが近づく中、皆様はどのような年越しを送る予定でしょうか。僕はといえば今年の大みそかも取り立てて変わったことなく、おそばを食べながらダラダラとテレビなどを見るつもりです。
大みそかのテレビと言えば現在、NHKの「紅白歌合戦」と日テレの「笑ってはいけないシリーズ」が二大定番として浸透していますが、このうち「紅白歌合戦」のほうはといえば、一時期と比較して視聴率がずいぶん下がっているとはいえ、現在でも民放各局が打つ大みそか特番に負ける気配のない数字を叩き出しています。そこはやはり歴史と権威を併せ持つ大衆向けコンテンツの王道といったところでしょうか。
しかし、ネットなどの反応を観ているとそれらの華やかさとは逆に、視聴者から向けられる紅白歌合戦への興味や視線は、特に若年層に関しては薄く冷ややかなものです。「興味ない」という声は何度目にしたか分かりません。興味ないアピールという興味を隠せませんアピールを目にするのも毎年の恒例行事となりましたが、視聴率の低下や時代の変化を鑑みれば、視聴者の心が紅白から離れつつあることはまず間違いないのでしょう。
とはいえ毎年ちょっとした話題になるのが紅白の出場者発表(関連記事)。「BUMP OF CHICKEN」と「μ’s」の二組の初出場はSNSなどで大きな話題となりました(関連記事1、関連記事2)。一方で、いつまで出続けるんだと批判の声を受けた大御所も。一時期でも話題をふりまくあたりは腐っても紅白というべきですし、今年はずいぶん思い切った決断をしたなという印象もあり、個人的にも高く評価しています。
音楽に権威を求めなくなった大衆
かつて日本の大衆音楽、そしてテレビには2つの権威がありました。「紅白歌合戦」と「日本レコード大賞」です。どうして“かつて”と呼んでいるのかはお分かりのとおり、すでにこの2つは現代のミュージシャンとリスナーにとってのステータスとしての価値を大きく失ってしまっているからです。
情報を得る手段や選択できる音楽が限られていた大衆が流行の音楽を周囲と共有するためにテレビやラジオを頼っていた時代、紅白歌合戦に出る、レコード大賞を取るということはミュージシャンにとっての栄誉であり、流行を映す鏡であり、リスナーの大衆にとってチェックしておくべき音楽の指針として働きましたが、趣味や嗜好の多様化によって流行の音楽を追う必要性がなくなり、ネットに触れれば自分の好みにマッチした音楽へすぐにアクセスできるようになった現在、テレビの前に座りテレビがこれぞと言って箔(はく)を付けた箔をつけた音楽を流してくれるのを待つ必要がなくなりました。リスナーが大衆音楽に権威を求めなくなり、共有の手段は動画サイトへと移り変わり、テレビやラジオは音楽の世界において影響力を失っていきます。
選考過程の不透明性や選考結果に大衆との意識のズレが響いたレコード大賞などは今や権威としてもショーとしても見るも無残な様相を呈しているのに比べると、「大みそかの定番」というコンテンツとしての強みを持った紅白歌合戦はまだマシとはいえ、新しい視聴者層であるネット世代の心をつかむにはまだまだ寂しい限り。ニコニコ動画で再ブレイクした演歌歌手を特別企画で再び招致するなど、努力のあとは見られるのですが……。
紅白歌合戦の強みは「ながら」で見ることができることです。かつてなら、みんなでリビングに集まり年越しそばを食べながら。台所でおせちを作りながら。家の中で思い思いの行動でしながらも全員が興味を覚え、かつ全員が聞き流せるコンテンツだったことが紅白歌合戦の強みでした。
今の時代、みんなでリビングに集まりテレビを見るという家庭は減っておりますし、おせちだってネットで頼めば6Pチーズの入った豪華なやつが格安で手に入るのです。家の外や中にもテレビ以外の娯楽が増え、番組内容にしたって出場回数うん十回の演歌歌手と若手ミュージシャンという編成も、幅広い視聴者層をカバーしているといえば聞こえはいいものの、家族全員をテレビの前にそろえるには難しい部分があります。
それに比べて紅白とは真逆に、文脈を追い続けないと面白い部分を取りこぼしてしまう「笑ってはいけない〜」が新しい大みそかの定番として台頭しているのは、見る者はじっくり見るものの、観ない者はきっぱり観ないと視聴者が激しく分断された結果なのかもしれません。そうなると「ながらコンテンツ」である紅白は不利な状況にあります。
「小さな物語」に利用される紅白歌合戦
現在の紅白と視聴者の結びつきを語るうえで切っても切り離せないのが「ドラマ性」です。
かつてのアイドルはそれこそ偶像崇拝の対象として、ファンは滅多に近づくことができない存在でした。成長も内情も求められず、ただただきらびやかなステージの上で、求められたパフォーマンスで輝き続けることだけに意味がありました。
ファンが身近に感じられることがアイドルの新しい価値へと移り変わった現在、アイドルにはドラマが求められるようになりました。ファンがいかに親近感を覚え、応援したくなるのか。かつてのアイドル映画といえばフィクションが主流でしたが、現在は彼ら、彼女らの内情に迫るドキュメンタリーなどへシフトしています。アイドルを取り巻くストーリーは「壮大な神話」から「小さな物語」へと変わったのです。そしてアイドル達の「小さな物語」において、紅白歌合戦の存在はとても大きく、特別なものでした。
分かりやすい例でいえば、今年は選出から漏れた(辞退した?)「ももいろクローバーZ」です(関連記事)。デビュー会見で「目標は紅白」と宣言し、その夢が実現した際には感動的なパフォーマンスを披露し、今年は紅白からの卒業宣言を鮮やかに決めたももクロはまさに、紅白を「目標」としながらもあくまで自分たちのドラマのいち要素にした例です。今回の卒業宣言も、ももクロやそのファンが紅白という到達点以上のものを求めて、それを実現するためには当然の過程と言えます。
元々が「みんなで叶える物語」とファンとのドラマの共有を銘打っており、今年の初出場者の中でネット上では最も大きな話題を呼んだ「μ’s」は、来年に「ファイナル」と銘打ったライブを催すことになっており、解散説が広く流れています(関連記事)。CDの売上はもちろん、二次元での活動では映画の大ヒット、そして三次元の活動では紅白出場と、その人気と勢いはこれ以上にないピークに迫っています。頂に立ったままその活動に終止符でも打とうものなら、その存在は間違いなく伝説となるでしょう。すでに世代交代も始まっています。そんなμ’sの物語において、紅白出場という通過点はとても重要なポイントです。
繰り返しますが、紅白はもうそれ単体で権威たることはできなくなっています。ですが、視聴者からの関心が薄れつつあるにも関わらず「紅白歌合戦に出られることは誉れである」というイメージだけは残り続けているので、紅白歌合戦という存在は個々のアーティストが持つ小さな物語を演出する小道具として利用されるようになりました。アーティストが紅白というイベントを盛り上げるのではなく、紅白がアーティストのドラマを盛り上げるためのダシとなる逆転現象が起きつつあります。
「◯◯が出場する紅白」から「紅白に出場する◯◯」へ。いくつもの小さな物語を飲み込んでいた権威だった紅白歌合戦はいつの間にか、いくつもの小さな物語の中に組み込んでもらうことで体裁を保つ権威へと変化しました。
視聴者層がネット世代に移り変わり、コンテンツに大きな大衆性よりも個々のドラマ性を求める動きは今後さらに広がっていきます。その中で全国民向け番組の王道である紅白歌合戦が存在意義を保ち続けるには、今よりさらに軽快なフットワークが求められるでしょう。
プロフィール
85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディ化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。
2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。
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