錯覚を起こす人間の脳は「バカじゃない」 “意地悪な立体”を作り続ける錯視研究者・杉原教授が語る「目に見える物の不確かさ」(3/4 ページ)
「ロボットの目」から始まった、「人間の目」の不思議。
1つは、「直角に見えるけれど直角ではない角度」を使って作った立体ですね。脳って直角が大好きなんですよ。
ある方向から見たときに、直角が組み合わさってできたように見える立体。でもそう見える角度というのは無限にあるので、実際には直角じゃないものを作ると、脳は簡単にだまされます。
――それはなぜなんでしょう? 例えば自然界には水平に地面があって垂直に木が生えているから……とか?
なぜかは、実はよく分かっていません。心理学の先生に言わせると、現代社会は工業製品に囲まれていて直角が多いから、そういうところで暮らしているとそうなってしまうのかもしれない、とか。でも「かもしれない」に過ぎません。
同じように、氷は水平に張るとか、物は垂直に落下するとか、自然界にも直角は存在しているから、もっと原始的な生活をしていても錯覚は起こるんだ、という人もいるし。
――理屈は分からないけれど、人間の脳が持つ特徴なんですね。
あとは、やはり「対称性の高いもの」を認識しようとしますね。線対称だったり、回転対称だったり、鏡面対象だったり。僕の「透身立体」という作品の1つで、鏡に映すと一部が消えるというものがあるんですが。
――えっ……なんですかこれ……?
これ、正六角柱を横向きに立てた形に見えますけど、鏡に映すとこんな風になって、上半分が消えちゃう。……ように見えるんですけど、これを正六角柱だと思うこと自体が、対称性の好きな脳がそれを選んでしまう、ということで。
これ実際にはどうなっているかというと、下半分は正六角形の下半分とそのまま同じ構造をしていて、でも上半分は平らな絵なんですよ。
――……? そう言われてもすぐには……?
ではこの、立体を360度回転させた動画を見てみてください。
――あーっ! 分かりました! 上の部分が立体ではなく、単なる絵になっていると!
そうなんです。で、その絵の部分はですね、反対側から見下ろすと、下と同じ形に見えちゃうんですよ。だから、上だった部分が下に見えて、本当の下の部分はその裏に隠れる。
二次元の絵なのに立体に見えてしまうというのは、「直角が大好き」とか「対称性が大好き」とか、脳がそっちを優先するからですね。
――これはもう……手品ですね。ちなみに、こういう錯視に「慣れ」というものはあるんですか?
難しいんじゃないかなと。
――つまり、慣れられない?
慣れるというのは、錯視が起こらないというか、脳がもともとの見え方を修正してしまうということですが、そんなことになったら普通に物を見たときに困るんじゃないかと。
――……確かに。こんなに意地悪な立体というのは、世の中にそんなにないですものね(笑)。
そうですね。「錯視に引っかからなくなる」というのは、先ほど言われた、可能性の少ないものを早めにそぎ落として、“枝刈り”をするという機能が「なくなる」ということですから。
――むしろ「慣れてはいけない」ということですね。
たとえ訓練しても錯覚は起き続けます。でも、「これはもしかして錯視なんじゃないか?」という、ある種の“錯視感”というようなものは、後から身に着けることができるかもしれません。
というのも、奥行きに関する手掛かりっていろんなものがあるんですよ。特に照明が当たってるときの“陰影”なんかはウソをつきませんから。
だからそういう部分が矛盾していると、敏感な人は気付きますね。石膏(せっこう)デッサンなんかをたくさんやっている美術系の学生さんだと、ある種のものを見せたときに「ここが変」とか気付きやすいと思います。
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