錯覚を起こす人間の脳は「バカじゃない」 “意地悪な立体”を作り続ける錯視研究者・杉原教授が語る「目に見える物の不確かさ」(4/4 ページ)
「ロボットの目」から始まった、「人間の目」の不思議。
世界を真っ二つにした「青黒/白金」ドレスの謎
――少し前にネット上で、あるドレスが「青と黒」に見えるか、あるいは「白と金」に見えるか、という話題が盛り上がったことがありました。
色の錯視ですね。色は大変微妙で、三原色を感じるセンサーが網膜にありますが、人によってその分布がけっこう違うんですよ。色覚障害というのはそれが強い場合を言うのですが、そうでない普通の人でも、青と赤と緑のどれをどのくらいの強さで感じられるかというのは微妙に差があります。
さらに、同じ画像のデジタルデータでも、どのディスプレイで表示するかによって成分が違うので、だからあれは世界中の人が同じ絵を見ているわけではなくて、それぞれが「自分のディスプレイ」で、「自分の目」という二重のフィルターを通して見ているというわけで。
――そうか、人によって「違うもの」が見えるのは、ある意味当然なんですね。では、錯視というのは人種や年齢、性別などの個人差はあるのでしょうか?
これも、あると言われていたり、ないと言われていたりします。実験心理学の分野ですね。
中でも年齢による差はけっこうあると言われています。目の周りの筋肉がちゃんと動くかどうかに関係する、と。目はいつも細かくランダムに振動しているらしいのですが、「静止図形がゆらゆら動いて見える」という錯覚などは、年齢によって目の振動の仕方が変わってくるから年齢差が出る、という説もあります。
テクノロジーの進歩で見えてきたもの
――近年のテクノロジーの進歩は、錯覚の研究にどれくらい影響を与えていますか?
もともと錯覚や錯視の研究というのは、(数学ではなくて)視覚心理学の分野でした。最初は二次元の図形で起こる錯視で、100年以上前から見つかっています。
そのうちに色とか動きとかの錯視に広がっていきましたが、これはPCのお絵描きソフトが進歩したことが大きいです。だからかなり最近のことなんですね。そこからさらに立体となると、PCが使えるだけじゃなくて方程式が解けなくてはいけません。
心理学の分野だった錯覚研究に数学が持ち込まれたことによって、「錯視の量のコントロール」が可能になりました。つまり、先に述べたような「安全な環境作り」のためであれば錯視の量が小さくなる方向に、逆にだまし絵など「エンターテインメント」のためであれば錯視の量が大きくなる方向に、調整すれば良いわけです。
――テクノロジーの恩恵と、数学の汎用性という強みを大いに生かしているわけですね。
最近では3Dプリンタの登場も大きいですね。昔は立体を作るのに、計算結果を展開図にして紙工作するしかなかったですから。
ちなみにヘッドマウントディスプレイを使ったVR(バーチャルリアリティ)というのも、錯視を利用した技術です。目の前にないものを、あるように見せたいというものですから。直接的に錯視とは言わないけれど、目の機能を知って、それを利用しているので。
あとは、錯視のコンテストというのは国内でも国際的にもあるんですけれど、あれは視覚科学――ビジョンサイエンスの分野が主催してやっているんです。
なぜかというと、新しい錯覚が見つかると、それを実験材料に使って、目の研究が進むからなんですよ。例えば物の性質を知りたかったら、極限状態に置くということをしますよね。低温にしたり、真空にしたり、不純物を取り除いたり。
同じように、目を調べたかったら、目にとっての極限状態を調べると分かりやすくなるんです。でも、人間の目を冷やしたり真空にしたりはできないので(笑)、代わりに錯視図形を見せるんです。そうすると、目の機能のある1つの局面が極端にふるまうので、分かりやすくなる。
だから、研究上の必要性から、新しい錯覚現象を見つけてほしいというのが、視覚科学の分野の要請なんですね。
「だまし、だまされる」という抗いがたい魅力
――コンテストに出されるような作品は、人を驚かせるクリエイティビティという部分も強く求められると思いますが、どのように発想しているのでしょうか。
うーん……それは僕自身もよく分からないんですけど……なにしろ、いつもこんなことばっかり考えているので(笑)。
――最後にあらためて、杉原先生の考える「錯覚」「錯視」という研究テーマの魅力とは。
1つには、数学で新しいものが作れて、人に驚いてもらえるというのは、非常に快感です。作品を作った自分にも錯覚は起きますから、目の不思議さというのも実感できますし。
「静止画の錯視」は100年以上前からあるのに、いまだに新しいものが見つかります。「色」と「動き」と「立体」の錯視というのは、まだこれから。新しいものの宝庫なんです。
錯視というものはもともといろいろあって、それがやっと分かりかけてきたということなのかもしれません。面白くて仕方がないですね。
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