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「シェイプ・オブ・ウォーター」が描く抑圧と解放 モンスターの一撃は何を救済したか?(2/3 ページ)

ネタバレ注意。

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 水の漏る浴室で行われる、サニーとモンスターの互いを愛おしむような愛交。その対局に置かれているのが、眩いばかりの明かりに包まれた家に住む、彼の内面を象徴する――まさに“絵に描いたような幸せな家庭”をもつ彼の――身を焼くほどの正しさへの狂信のもと行われるセックスだ。脚本では、該当シーンが以下のように描写されている。

 ストリックランドはエレーンにのしかかった。リズミカルに、機械的に。アスリートが競技にそなえるトレーニングのように。その顔には何の感情も込められていない。

 彼は妻の首に触れ、体のラインを撫でた。

 「リチャード」彼は妻の口をおおった。動き続けながら。彼女は話そうとしている。

 「シー、静かに。何も言うな。静かにして」

 「あなた、手から血が」

 「静かに」

 彼はその激しさを無理やりに押し付け、彼女をさえぎった。ピストン・ポンプのようにイン・アウトを繰り返す。

 彼女は困惑し、彼の手のひらを押し、見つめた。彼はその顔を押しのけ、更に激しく動き始めた。

(脚本より)

 編集対象は性器だけではない。ストリックランドの腰の動きすべてだ。劇場に足を運び、巨大で雑なモザイクに眉を顰めた方も多いだろう。それは俳優の下半身の動きを覆い隠すためだ。

 確かにモザイクがなくとも、あの行為が幸せに満ちたものではないこと自体は伝わるだろう。だが、作り手はそれをさらに緻密に描写している――ストリックランドは性交によって快楽を得ることを拒絶している、と。

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 なぜ脚本でこのような描写がされているかといえば、理由は1つ。ストリックランドが敬虔なクリスチャンである、またはそうあろうとしていることの提示だ。この後、彼は「われわれは神の似姿」と述べるなど、たびたび聖書を引用するようになる。

 アメリカで性の解放運動が始まったのは本作の時代より少し後、1960年代後半だ。性交によって快楽を得ることは“正しくない”と認識しているからこそ、彼のセックスは正常位によって、言葉も愛もなく行われる。その長らく自らを押し込め続けたことによるフラストレーションは、物語が後半にいくにつれ増していく彼の暴力性として、イライザに、そしてモンスターに向けられる。

 つまりこの場面は、のちに「いつまで自分がまともであることを証明し続ければよいのか」と問う彼もまた、社会規範に封じられている存在であるという点が描かれている最初のシーンだ。

 彼にとっては社会の決める正しさこそが全てだ。ゆえに職場では職場の正しさに従い、時代にとっての成功の証であるキャデラックを乗り回す。正しい家庭を持ち、正しいセックスをする。過度な男性性のアピールも、自分が正しいことを証明する方法の1つだ。このような”正しさの抑圧”は、デル・トロ自身が敬虔なカトリック教徒である祖母から受けていたことでもある。

 「私はどのようにするのが正しいか――いかに着飾るべきか、どういう行儀が正しいか、すばらしさとは何かを、そして想像力がいかに無力なのかを叩き込まれる家庭で育った」

 「祖母に“悪魔払い”を受けたよ。二回も」

 「今は笑えるけど、昔は笑えなかった。彼女は本気でガラス瓶の中の聖水が私から――私の描くモンスターと物語を祓(はら)ってくれると信じていた」

"Guillermo del Toro on the deeper meaning in ‘The Shape of Water’"(The National)

ギレルモ・デル・トロ監督

 彼とデル・トロの異なる点は、唯一絶対の正しさに縋るか、多様性を受け入れるか否かだ。前者であるストリックランドはモンスターの存在を許すことができない。

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 本作においてはキリスト教的モチーフが各所に見られる。それらはストリックランドに対する抑圧にほかならない。ノベライズ版では姦通の罪を犯したとうたがったその妻を自ら殺そうとしてしまうほどに常に正しさという強迫観念に脅されている彼の恐怖、それを最も象徴しているのがこの痛ましいセックスシーンだ。

【訂正:当初、作中でストリックランドが妻を殺したと記載していましたが、殺害は未遂に終わっていたため本文を修正しました。お詫びして訂正いたします(25日0時18分)】

 そこに余計な疑念を生み、ましてや脚本で書かれた俳優の動きを不可視化するモザイクを挟み込むのは、あらためていかがなものかと言わざるを得ない。ましてや今年度最も優れたアート作品と評された本作の一部を、“ありのままを愛することの素晴らしさ”という理念に真っ向から反する、社会的な正しさをもって矯正するような編集であればなおのことだという点については、今一度触れておきたい。

イライザ、モンスター、ストリックランド

 本作のラストシーン。ストリックランドの凶弾に倒れたイライザはモンスターと共に水中へ消える。そして彼の力で喉の傷跡を”えら”へと変化させ、二人は結ばれることになる。一見非常に美しいシーンだ。が、どうもそのままでは飲み込みづらいところがある。

 まず彼の能力は「ものの性質を変化させる」ことではない。それはジャイルズの頭髪、傷跡を完治させたことから明らかなように「治癒」だ。自らに発揮する再生能力同様、つまり傷ついたもの、失われたものを元ある状態に戻すことができるのが彼の能力だと作中では描写されている。

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