連載

「天才殺し」の井上一門――史上最速の七段昇段がかかる藤井聡太に立ちはだかる男・船江恒平

稀代の天才の前に立つ、覚醒した男。

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 藤井聡太の七段昇段の一番が今日5月18日、関西将棋会館で行われている。残念ながら今回のコラムで、私は全国の藤井聡太ファンを敵にまわさなければならない。なぜなら、七段昇段をかけた対局で、相手が勝つことを祈っているからだ。

 藤井聡太の対局相手の名は「船江恒平」。私と井上門下で兄弟弟子だった男である。

橋本長道

1984年生まれの小説家、ライター、将棋講師、元奨励会員。神戸大学経済学部卒。著書に『サラの柔らかな香車』『サラは銀の涙を探しに』(いずれも集英社刊)。

藤井聡太キラー・井上一門

 井上慶太九段とその弟子達からなる「井上一門」が、藤井聡太に勝ちまくっている――ということが最近話題になっている。以下で井上一門VS藤井聡太の対戦成績を見てみることにしよう。

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藤井聡太の井上一門との対局結果

  • ●菅井竜也七段 王将戦(2017年8月4日)
  • ●稲葉陽八段 NHK杯(2017年12月10日)
  • ●井上慶太九段 王将戦(2018年3月28日)

 藤井聡太の0勝3敗。

 井上一門の全勝である。菅井、稲葉は勝つ可能性が高いのではないかと見ていたが、ベテランである井上先生まで藤井に勝ったのは予想外だった。

 しかし、思えば井上慶太という男は、かつて七冠王になった羽生善治に初めて黒星を付けた棋士でもあった。いわゆる「天才殺し」である。藤井の17連勝がかかった将棋で井上は逆転勝ちをおさめた。

 残る井上門下のプロ棋士は一人――。それが今回の藤井の対局相手、船江恒平六段なのだ。


船江恒平六段(日本将棋連盟Webサイトより)

私の知る船江恒平

 爽やかで、しゃべりもできて、人望も厚い――。現在、人気棋士の一人になっている船江だが、私が見た奨励会時代の彼には少し冴えないところがあった。

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 そもそも船江とは、将棋盤を挟む時間よりも麻雀卓を囲む時間のほうが圧倒的に長かった。船江は奨励会時代の私の「悪友」の一人だった。大体、私のようなうだつの上がらない奨励会員と長くつるんでいる時点でかなり駄目なのである。

 私も船江もほとんど降りることのない全ツッパの攻める麻雀だった。私などは悪友たちから「勇者」と呼ばれていたぐらいである。これは褒めているのではなく、馬鹿みたいに前に出続けて振り込むからだった。それに比べ、船江は前には出るのだが場の状況や相手の雰囲気をみてかわしたり、当たり牌を押さえることができた。私とは違い、勝負に対してセンスがあった。

 船江は天才詰将棋作家でもある(※詰将棋=将棋を使った高等なパズル。芸術という人もいる)。

 船江は高校生時代の平成16年度に中編部門で看寿賞を受賞しているのだ。看寿賞は小説で言えば直木賞・芥川賞のようなものである。ただ、直木賞・芥川賞は対象が限られているのに対し、看寿賞はその年に発表された全ての詰将棋から選考を行っている。

 受賞作を並べていただければ、船江恒平が芸術家肌・天才肌の男だとわかるはずだ。これは確信していることだが、船江が本気で小説を書けば私よりもいいものを書く(そう思う棋士は他に数人いる)。

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 ただ、私が見ていた奨励会時代の船江は、強いのか弱いのかわからない男だった。奨励会の級位者の持ち時間は1時間であるが、船江は戦いが始まる前の「誰が指してもだいたい同じ」という局面で40分ぐらい長考をする。そして、何の変哲もない手を指す。局後「何考えてたん?」と聞くと「ちょっとぼーっとしてた」とお茶を濁す。

 スケールのでかさは感じるが、その大物感が結果に結びついていなかった。実力・才能差のわりには私の奨励会における対船江戦のスコアは悪くなかった。凡人ならば決してしないようなミスやうっかりも多かった。

覚醒後の船江恒平

 そんな船江がいかに覚醒してプロ棋士となったかは別のところで語ろう。ここでは棋士になってからの船江がいかに勝負強く、ここぞというところで結果を出してきたかを示す。

  • プロになって一年目のC級2組順位戦で10戦全勝昇級。有望若手棋士でもなかなかできない「一期抜け」を果たす。
  • 第一回加古川青流戦で優勝。船江の地元である加古川市主催の大会の第一回は彼にとって負けられない戦いだった。それを当たり前のように優勝する。
  • 第二回将棋電王戦で、コンピュータソフト「ツツカナ」と対局。敗北はしたが喝采を受ける。勝負の世界には格好いい負け方というものもあるのだ。9カ月後に行われたリベンジマッチでは見事に「ツツカナ」に勝利し、借りを返している。たとえコンピュータソフト相手であっても、盤上の借りは盤上で返すのが棋士の流儀。

 どうだろうか? 六段だからといって決して侮れない棋士――と思われたのではないだろうか。

天才がいるからこそ棋士達が輝く

 これまで注目度の低かった業界が、ある一人の天才の出現でスポットライトを浴びることがある。

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 将棋界は藤井聡太の出現で日本中から熱い視線を注がれるようになった。だが、藤井ばかりが注目を浴びて他の棋士達はかすんでしまい、不満を感じているのではないか――という見方もある。

 それは間違いだ。天才がいるからこそ、その光を浴びて対局相手も輝くことができる。

 藤井聡太は太陽だ。藤井聡太と同時代に生きる棋士は幸せ者なのだ。

橋本の結果予想:船江恒平が藤井聡太に勝つ

 ここまで語ってきて「勝負の行方を見守りましょう」「どちらも頑張って欲しいものです」というような甘いことは言わない。私は書き手として立場を明確にする。

 今日の将棋は、船江恒平が藤井聡太に勝つ。

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 船江は終盤の詰将棋対決において、看寿賞作家の凄みをみせつけるだろう。

 藤井聡太があっさり船江に勝って七段昇段を決めたらどうするか――。もちろん、井上門下で修業をしたことのある一人の元奨励会員として頭を丸め、藤井聡太という天才に敬意を示すつもりである。


 私は小説家としてうまくいかず、落伍者になってからというもの、井上先生や棋士として成功している船江に顔を合わせ辛かった。30代になると、社会的地位や収入の差によってかつて親しくしていた人達と遠ざかってしまうことがあるのだ。これは私の人間としての弱さでもある。

 少し歪な形ではあるが、井上門下の一員として心から船江恒平の応援をしたい。

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