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『それ町』で注がれていた視線の正体を、大童さんを見てやっと理解できた―― 『天国大魔境』石黒正数×『映像研には手を出すな!』大童澄瞳 特別対談(2/3 ページ)

出自が全く異なりながらも相思相愛ともいえる、二人のマンガトークをお届けします。

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突飛な世界観と地に足がついた部活モノを両立させているバランス感覚

──大童先生を驚異に感じるところ、他にもありますか?

石黒:『映像研』の構成自体も特異で。この子達のやっていることとか発想とか主張していることって高校生離れしていて、プロのアニメーターの考えなんですよ。スポンサーがいるのに自信がなくなっちゃって「ロボアニメは、やめよう!!」って言い出すとか、宮崎監督が言いそう。

一同:(笑)

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大童:「ロボット物はやめよう」みたいな悩みは、作品作りで壁にぶつかったら、こういう気持ちは出てくるだろうなって。この時のロボット物はやめようは、その時の僕の心境です。

石黒:「ロボアニメは、やめよう!!」って言った、同じコマに「バカヤロウ!!」ってツッコミが入るのが好き。音声にしたらどれだけ速いタイミングなのか。ここ、めちゃくちゃ笑えるんだ。

──浅草たちの創作の葛藤は、プロレベルの悩みですよね。

石黒:そういう大人の世界でやるべき話を、高校部活モノに落とし込んでしまうバランス感覚が異常。それでいて創作にこだわりのある人とか、部活を一所懸命やった人に響くところを押さえてしまっているという、ある種めちゃくちゃ地に足がついている部分もある

世界観からしたら、アニメのイメージボードを舞台にしたような架空の高校なんですよ。これほど突飛なオリジナルの世界観を持っているのに、やっていることが高度なアニメーターの話。それを高校部活モノに落とし込んで、話を転がしていく。こんなこと、前例がないんじゃないかな? このとんでもないバランス感覚をもって、25歳の若者が描いているんですよ。

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──バランス感覚とは具体的には、どういったところでしょう。

石黒話の飛び方と選び方がすごいんだよなあ。本来なら浅草がアニメに感銘を受けて、アニメを作りたいと思う動機まで、いちいち初手から描いていくんですよ。

大童:高校生が主人公でも、アニメを好きな人間が制作の初歩を分かってないなんてありえないと思ったんです。僕自身がそうだったので。だから浅草はアニメ制作の知識に詳しいけど、気弱な性格だから、いろんなことに挑めないというキャラにしました。

石黒:普通のマンガだったら、白くて四角い高校に通って、美術部とマンガ研究会はあるけど、アニメ部はないから作ろうとか、メンバーが足りない、顧問になってくれる先生がいない、部室がないとか。そういう、やりそうな基本的な部分をだいたい飛ばしている。部室と顧問はちょっとありましたけど。

大童:はい。過程は全部すっ飛ばしています。

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石黒:それでいてこれだけの読者を獲得できている。そのバランス感覚が化け物だと思う。

主人公にSFなことが起こっても、日常に回帰するのがルール

──たしかに、そこまで突飛なのに読者を置いてけぼりにはしていませんね。

石黒:それが天性のバランス感覚で、確実に必要なところは押さえている。これができずに散っていく新連載ってすごく多いんですよ。

「架空の設定 × 架空の設定 × 架空の設定」って設定を積んでいってしまうと、どんどん読者がついていけなくなるもの。

大童さんのマンガはそれになってないんですよね。ツボをちゃんと突いていってるから。

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大童:『映像研』で架空の妄想シーンを考えた時に、『それでも町が廻っている』ができるなって思いました。『それ町』は現実に近い街を軸にしながらも、宇宙人や幽霊が出てきたりして、これがすべて成立している世界なんだって。

中心となる軸を据えて、いろんなものに手を出しつつ、ギリギリまで好きなことをやって、現実に戻ってくる。SFやオカルトまで手を広げていた『それ町』みたいに、何にでも対応できそうな土台を作りたいと思ったんです。

石黒:『それ町』はいろんなことができないと、長く連載を続けていけないと思ってやってたんですよ。完全に訳がわからないくらい飛びすぎると、読者がついてこられない。だから必ず日常に戻すというルールを設けました。主人公にどんなSFなことが起こっても、主人公が見ていたのはちょっと不思議なだけの現実じゃないとダメっていう。

──まさに『ドラえもん』ですよね。

石黒:その『ドラえもん』の中にでさえも、「のび太が無人島で20年過ごす」っていう話があって。のび太は精神的には20年間、無人島で生きた男になっちゃってるんだが、それはアリなのか無しなのか問題。

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『それ町』の連載では、あれを起こしちゃいけないと思ったんです。たとえ歩鳥が無人島でサバイバルしたとしても、2、3日で助けがくれば、人間としておかしなことにならずに済む。

大童:無人島のび太をどこまで真実として受け止めるべきか……。のび太が大人になった時の姿って何パターンか出てくるじゃないですか。

花火で自分が作った会社を焼いちゃうのび太とか、出木杉くんの子供を預かっていた時ののび太とか、大人になってからドラえもんと再会した時ののび太とか。のび太像の変化をそれぞれを見ていると、こいつは何年経っても中身が変わらないのかなって。そこに、無人島の20年のび太の変化のなさの拠り所を見つけようとしてしまいます。

石黒:大童さんと『ドラえもん』の話をしだしたら、一晩かかるなあ(笑)。

大童:ちなみに以前、『木曜日のフルット』と『ドラえもん』を1ページずつ交互に見ながら、フルットとドラえもんの可愛さの共通点を探したことがあります。ただ丸いだけじゃない。この可愛さはいったいどこから発生するのか気になったんです。

石黒:それ、施川ユウキさん(『バーナード嬢曰く。』『鬱ごはん』など)にも言われたわ。俺は大人になってから意識的に藤子・F・不二雄テイストを取り入れたわけではないので、それでもドラえもんの造形に共通点があったら、滲み出てきたものとしか言いようがない。

大童:フルットの、構造が単純なのにキャッチーで捉えやすいデザインってかなり悩まれました?

石黒:だいぶ悩みましたね。ロフトの雑貨屋ですげぇいい猫の雑貨が売っていて悔しくなって。「俺も店に飾ったら売れるような猫グッズをデザインしよう」って紙にたくさん猫を描いて、猫の特徴から省いても良いところ、省いてはいけないところを試行錯誤してようやくたどり着いたんです。

大童:『フルット』は猫全員のデザインが差別化できていてすごいです。あと短編の『ジャスティス・ジャスト』(『ポジティブ先生 石黒正数短編集(2)』収録)のこのコマとかも大好きです。「戦いに勝ったカブト虫が海に帰って行く……」ってナレーションも面白い。

石黒:これ、今思ったんだけど『ドラえもん』っぽいかも……。「成り行き上こうなった感」が。

一同:(笑)

──『ジャスティス・ジャスト』はヒーロー側ですけど、石黒先生のいろんな短編や『外天楼』の特撮回など、正義の味方よりも敵の幹部の話が多いです。これにはなにか理由があるんでしょうか?

石黒:幼稚園の時に『ゴレンジャー』を見ていても、敵の方に肩入れしてました。マンモスの怪人がゴレンジャーに攻撃されて、「俺の牙が~~っ!」って片方の牙を折られちゃうシーンとか見ていて、可哀想に思ったんですよね。5対1でボコボコにされちゃってるし。

あの頃から感情移入するのはむしろ敵側で、敵にスポットを当てると「トホホ感」が出るので、それをマンガにしてました。

大童:トホホ感ありますね。

石黒:ショッカー戦闘員も多分、ハロウィンで暴れたいような欲求が有り余ってる若者を集めたと思うんですよ。そんな奴らを集めて、洗脳というか教育されて、正義の味方と戦って、ちぎっては投げちぎっては投げってされてるけど、元々は一人一人がモヤモヤを抱えた学生だったかもしれないとか色々考えてしまう。だから、俺は「モブ」が嫌いなんです。その考えが『それ町』にも反映されているんですけど。

──一人一人にドラマがあると。

大童:僕はモブの扱いを部活ポスターでやってます。掲示板の部員募集の張り紙を描きながら、「映像研ばりにこの部活は楽しんでいるだろうなあ」とか色々想像しながらポスターを1枚描いたり。

──今までの話を聞いていて、お二人の感性の近さを感じます。『映像研』の増改築を繰り返した校舎と、『外天楼』の入り組んだ建物。お二人が影響を受けた人物として大友克洋先生も挙げられていますし、同じものから影響を受けたのでは? とか。

石黒:大童さんの不思議な地形は大友先生じゃなくて、『カリオストロの城』に出てくる水に沈んだ町。あと『未来少年コナン』の墜落した前文明の建物とか、そういうところから来ているんじゃないかな。

大童:僕としては恐れ多くて、「僕と石黒さんは感性が近いですね」とか言えません(笑)。

石黒:例えば同じアニメを見て、感動したポイントが同じなんだろうなと感じます。『風の谷のナウシカ』で戦車が橋を壊しながら渡っていくシーン。橋が壊れるのが早いか、前進し始めるのが早いかという動き。あそこ好きでしょ? 『映像研』に出てくる砲身が短い戦車もそういうアクションをしてる。そういうところで響くものが同じなんじゃないかな。

大童:そうですね。『それ町』がこんなに自分にフィットするのも、土台の近さはあるんだろうなと。藤子・F・不二雄作品の中でも、大根とラジコンは近いみたいな暴力的な理屈が好きなんです。「ラジオ」の「ラジ」と、「大根」の「コン」を取って「ラジコン」みたいな。

石黒わかる! 「カメ」の「か」と、「カニ」の「に」で「カニ」っていうの、あそこすごい笑った。

大童:ああいうわけのわからない理屈の先に、『それ町』を発見したのは間違いないです。

石黒:(『映像研』をパラパラめくりながら)1巻のこのコマも、ものすごい好きなんですよ。背景の重力の方向と、機内で彼女らにかかってるGの方向がちがう。飛行機やジェットコースターに乗った時に体にかかる暴力的なGを、絵を見てるだけで感じる。

大童:気づいていただいてありがとうございます! ここを描いている時は楽しかったです。飛行機に乗って空を飛んでいる感じを出すには、正面を向いているだけじゃちゃんと伝わらないとこの構図をつけました。

この角度を補強しているのは水崎のポーズなんです。Gが下に向いているから左手を骨組みの所に置いている。上体のバランスを上に手をあてて押さえているから、この角度にある程度抵抗しているんだなって伝わってくれるかなと。

石黒いかり肩にしている浅草のポーズも重要な気がするね。

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