『それ町』で注がれていた視線の正体を、大童さんを見てやっと理解できた―― 『天国大魔境』石黒正数×『映像研には手を出すな!』大童澄瞳 特別対談(1/3 ページ)
出自が全く異なりながらも相思相愛ともいえる、二人のマンガトークをお届けします。
『天国大魔境』:大災害後の荒廃した日本で旅する、ボディガードの「おねえちゃん」ことキルコと、「天国」を探す少年のマル。二人と並行して描かれるのは、壁の中の平穏な施設で暮らす少年少女たち。そこにはマルとそっくりの顔立ちをしたトキオという少年もいて……。二つの世界を縦横無尽に行き来し展開されるSFアドベンチャー。
『それでも町は廻っている』『木曜日のフルット』の石黒正数先生による最新作『天国大魔境』、待望の第2巻が3月22日に刊行されました。
今回はこの新刊発売を記念して、石黒正数先生と、『映像研には手を出すな!』の作者・大童澄瞳先生の豪華対談が実現!
『映像研には手を出すな!』:自分にとっての「最強の世界」を空想してデザインする、浅草みどり。アニメーター志望の読者モデル・水崎ツバメ。プロデューサー気質の、金森さやか。この女子3人組がアニメ制作を志す様子を描いた青春冒険録。
大童先生の存在を「マンガ界にとって厄災なのか、それとも救いなのか」と評する石黒先生。そして、石黒作品から影響を受けマンガの描き方は『それ町』をお手本にしたと語る大童先生。
出自が全く異なりながらも相思相愛ともいえる二人の気鋭が繰り広げる、ディープかつエキサイティングなマンガトークをお届けします!
石黒正数(いしぐろまさかず)
1977年生まれ、福井県出身。2000年、『ヒーロー』でアフタヌーン四季賞秋の四季賞を受賞しデビュー。2005年から『それでも町は廻っている』の連載開始、2010年にテレビアニメ化、2013年に第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞、2018年に第49回星雲賞受賞。『木曜日のフルット』『外天楼』『ネムルバカ』など、幅広いジャンルを手掛ける。本作『天国大魔境』にて、18年ぶりにアフタヌーンに帰還。
大童澄瞳(おおわらすみと)
東洋美術学校絵画科卒業後、独学でアニメーションを学ぶ。その後、コミティア111にて漫画を製作し出品、スピリッツ編集員に声を掛けられ、2016年9月号『月刊!スピリッツ』(小学館)から連載されている『映像研には手を出すな!』でデビュー。
(取材・文:かーずSP/編集:八木光平)
まさかのネタかぶり!?? キル光線の原点は、とある道具から
──今回が初めてのご対面なんですよね。
大童澄瞳先生(以下、大童):はい。ですが以前に一度メールのやり取りをしたことがありました。
単三の乾電池って、銃の弾とサイズ感や質量が似てるじゃないですか。単三電池を薬莢に見立てて、バンバンって撃ちながら手からポロポロ落とすようなガジェットがあったらイイよねって、去年か一昨年くらい前にツイキャス実況で僕が話してたんです。その実況をたまたま石黒さんが見てくれてて。
石黒正数先生(以下、石黒):それを思ったそのまま『映像研』に描きゃよかったのに、大童さんがツイキャスで喋っちゃったもんだから……。ちょうど俺が「キル光線」を描いている最中に。
一同:(笑)
石黒:まるで大童さんのアイディアを俺が真似して描いてるみたいになっちゃって、「近いうち電池でビームを撃つ銃が俺のマンガに出て来るけど、決してパクったんではないので勘弁してくれ!」とメールを送ったんです。
大童:僕にもその気持ちはすごく分かるので、「はい! わかりました!」って即答しました(笑)。
石黒:俺は作中の状況的に充電池にしちゃったんですけどね。「電池=ビーム」ってネタ元は、「グルーガン」ってあるじゃないですか。
大童:後ろからグルースティックを装填して、シャーペンの芯を押し出すように先端の電熱部分で接着剤にするやつですよね。
石黒:そうそう。グルーガンをビーム光線に見立てて遊んでいた時に、グルースティック部分が−極のみ接触している電池だったとして、トリガーを引くと+極に接触してバーンと撃ったら格好いいと思ったところから発想したんですけど、まさかネタがかぶるとは……。
まあそういうことがありましたので、今日はそのとき以来ですね(笑)。
ボールを打った時には「カキーン」と書きたくないタイプ
──前回の大童澄瞳先生へのインタビューでは、好きなマンガとして『それでも町は廻っている』を挙げてらっしゃいましたね。
大童:重要度として、人生で初めて買った『ドラえもん』の延長線上に『それ町』があると言っても過言ではないくらい。僕にとっては毎日読む程のタイプのマンガで、驚異の再読性というべきか。
石黒:とても嬉しいです。俺が思うに大童さんは「異形の怪物」なんですよ。彼に対する恐怖しかない中で、唯一の救いが俺のマンガを読んでくれているってこと。
大童さんの存在が、マンガ界にとって厄災なのか救いなのか。今日はそれを確かめようと思っています。
──大童先生を「異形の怪物」と喩えてらっしゃるのは、どういった部分からなのでしょうか?
石黒:いっぱいあるんだけど、何からいこうかな。まず大童さんは表現することに関して凄く意欲的なんですけど、マンガがその手段でしかないんです。
現状、絵を伴ったメディアとしては、一人で何かを表現するのにマンガが一番適しているから。マンガは自分が監督になって、全部一人で作れるので選択しているだけというか。
大童:それはあります。一人で作るにはマンガはすごく良い手段でした。
石黒:「右から読んでいく」とかマンガの最低限の作法は踏襲しているんですけど、それ以外はかなり奔放。思いつくままやっている。
もし大童さんがマンガとか出版メディアに魅力を感じなくなったら、この天才はマンガを描くのをやめてしまうぞって恐怖がある。俺はマンガ家だから、その恐怖を別に俺が感じてもしょうがないんだけど(笑)、出版・編集関係者は意識すべきかなと。
大童:僕が研究してきたのは映像の作法だけだったんですよね。だから連載が決まった時は、石黒さんのマンガを手元に置いて、「吹き出しの大きさと文字のサイズはどれぐらいの比率がいいのか」って、お手本にしながら描いてました。
そんなマンガの基本的な描き方を知らない中で、担当編集に教わったのが音を文字にすることで画面に迫力が増すという事。でもバットでボールを打った時に「カキーン」って書きたくないタイプで……。
石黒:わかる!
大童:「クーン」かな? 「ケーン」かな? どっちだろうって。
あ、そういえば石黒さんが四季賞を獲得した、『ヒーロー』って短編でのアパートのドアに鍵を挿すシーンと、『天国大魔境』内での鍵を挿すシーンで、鍵の開ける音が違いますよね? これはひょっとしたら、石黒さんの住んでいる家が変わったのでは? って推理したりして。
石黒:こわっ!(笑) よく見てるなあ……!
大童:シリンダー錠だと「ジャク」って音がするタイプと、中が空洞になっているドアだと「シャコーン」って共鳴して響くタイプがあると僕は思います。
石黒:『ヒーロー』を描いた時、鉄のドアノブをひねった音が、俺にはどうしても「クキャ」って聴こえたからそう描いたんですよ。でもそれを見た大学の友達が「お前は変な奴だが効果音からして変だ。普通はガチャだろ」って笑ったんです。真面目に描いているのに笑われたのが心外だった。
石黒:その頃ちょうど伊藤潤二先生の『ギョ』ってマンガで、腐敗した毒ガスで動く気持ち悪いロボットの歩いてくる音が「ゴトゴトゴトゴト」って描かれていて。あんなに凝った絵で、あんなに面白い話なのに、効果音だけがめっちゃ普通なんですよ。
「俺ならもっと気持ちの悪い音つけるけどなあ」ってその時は思ったんですけど、でも普通の場面での音は普通に描いて、ここ一番の時だけ自分に聴こえた音を鳴らしたほうがいいのかなって、その時学びました。
大童:僕の音の扱いで言うと、例えばプロペラが回る音の「ズロッ、ズロロ、ゾバロロ!」とか、なんとかこれで伝わるかなっていうギリギリのラインで、音の再現度を高めています。
大童:浅草がスカートに巻いたブレードをしまう「キョワンキョワン」って音は、樹脂製で薄くて下敷きみたいな触り心地をイメージしたんです。下敷きが「ホワンホワン」ってしなる感じでギリギリ伝わるかなって、線引きをして決めました。
石黒:大童さんのマンガは、頭の中に「ジブリ音響」が一通り揃っていれば、結構聴こえてくると思う。
大童:あっ! さすが! その通りです(笑)。
宮崎駿の流儀「パースが絶対的なものではない」ことに感動
石黒:大童さんがマンガの作法を基本しか踏襲していない延長線上の話として、俺が思うに『映像研』の描き方って絵コンテなんですよ。本来、その後で正しい消失点を取って定規を使って背景を描くという辛い作業が入るはずなんだが、そういうマンガのルール的な縛りが一切ない。それができる強みというか、勇気というか。元々マンガに縛られてなかったからこそできた、ってことに怪物みを感じる。
大童:僕の場合、真っ直ぐすぎる線だとなかなか質感が取れなくて。あと、描く時間が足りないのでフリーハンドを選んでいるという理由もあります。
石黒:昔、アニメーターの金田伊功さんがキャラクターデザインをしたアニメ『BIRTH バース』を、自身の手でコミカライズされたことがあるんですけど、あのアニメーターがマンガを描いた感じにちょっと似てる。
大童:実際、僕が背景を描く上で参考にしたのはアニメーターで、中でも吉田健一さんには影響を受けました。吉田さんのホームページの絵を見たら、道路は中央がくぼんでいるし、建物が傾いていて、道はうねっている。一見して不自然なところは見えないんですけど、パースをペンを引っ張ってみると、全然消失点が合わないんです。
その話をTwitterでつぶやいたらご本人からリプライをもらって、「パースに囚われすぎない」のは宮崎駿監督に学んだそうです。宮崎監督の絵も、空間がバリバリにできているのに全然パースが合ってなくて、実はご都合主義的な絵になっている。でもそうしないと、見せたいものが綺麗に収まらないからっていうのが理由らしいです。
石黒:それを聞いて、TVのドキュメンタリーで宮崎監督がパースの話をしていたのを思い出した。『崖の上のポニョ』の美術スタッフが背景を描いていたら、監督が「水平線をもっと上に上げろ」って言って、背景の消失点を無視して水平線の高さだけを上げたんですよ。
大童:うおおお、すげー!
石黒:美術スタッフも「えっ!」って絶句していたんだけど、「そんな大胆にパースを狂わせてしまうんだ、この人は」って勇気が出たし、すごく感動したんです。だって水平線って絶対そこになきゃいけないものを、海をしっかり描きたいからもっと上にしろって、とてつもないなって。
『天国大魔境』は、ワクワクする特別な高揚を感じる
大童:石黒さんの背景は、コマの中に要素が少なくてもシチュエーションがすぐわかるのがすごいです。例えば天井の埋め込み型のライト。ただ白い立方体に少しタッチを入れただけで、こんなにコンクリートに見える。これがマンガの技術なのかって感動したのを覚えています。
石黒:そこは意識してなかったなあ。俺は読者第一主義なので、うるさいくらいには描き込まないし、描いてないとわからない程度には描くし。何をしているかわからない絵が出てきて、ページを戻らせてしまうのが俺は一番イヤなんです。
担当にネームを見せていて、目の前でページを戻られるのがめちゃくちゃムカつくんですよ(笑)。それを起こさせないために、必要最低限の情報を確実に入れるということは意識しています。
大童:僕は『天国大魔境』の2巻を読んだ後に、1巻を読み返したんですけど、それは大丈夫ですか?
石黒:それは全然(笑)。何度も読んでもらいたいというのがあるので、繰り返し読んでもらうのが一番嬉しいです。
──大童先生にとって『天国大魔境』は、今までの石黒正数作品と比較してどうですか?
大童:今までの石黒正数作品と同じだけど同じじゃない。今までにないものが入っているのを感じます。ジブリの新作が公開されるとか、そういう特別な高揚感といいますか、ものすごい期待感とワクワクを感じます。
石黒:いえいえ、とんでもないです。
大童:無人の家に入る時、「鍵が閉まっているから、中が荒らされてなさそう」とか、そこを手を抜かずにちゃんと言及して描いてくれていることとか、僕は嬉しくてたまらないんです。
石黒:大童さんに響いてくれて嬉しい。俺のマンガでまだ大童さんに響くところあるんだなって。
大童:いやもう、いくらでもありますよ!
──『天国大魔境』2巻部分ではどうですか?
大童:うちの手洗い場にはタオルがなくて、積み重なったAmazonで注文したダンボールで濡れた手で拭いているので、確かに吸水性は悪くない。それを思い出しました。
石黒:(笑)。ダンボールが水を吸ってぐちょぐちょになってるのを見て、これは使えるなって思ったんですよ。
大童:普通の紙よりダンボールの方が圧倒的に水を吸いますからね。
──『天国大魔境』は今までの石黒先生の作品よりも、対象読者の年齢を上げているイメージがあります。
石黒:そうでもないんですけど、エロの表現に関しては今までよりもゆるいですね。世界観があんな風に変わってしまうと、必然的に道徳観念が変わっちゃうだろうから、ゆるめたところがあります。
大童:恐ろしく低年齢の風俗みたいなのもチラッと見かけたり。
石黒:あれ、風俗って気づいた? あそこは風俗ってわからないようにしたつもりなんだけど。人間の汚いところを知っていれば、あれが風俗だってわかるかもっていう、ギリギリのさじ加減で描きました。
大童:そういう細かい部分まで仕掛けがあるのがいいんです。反復して読んでいくタイプのマンガだから、2巻が出てから1巻を読むと、読み味が変わっていきます。
例えば評価が高い『ネムルバカ』を押さえておけば、「これが石黒正数作品だな」って評することは可能です。でもそれだったら「『天国大魔境』も読んでおけよ、これはまたちょっと違うから」って言いたくなります。
例えば『ドラえもん』と『キテレツ大百科』ではなく、『ドラえもん』の他に『ミノタウロスの皿』がある、みたいな印象といいますか。
これまでの石黒正数作品でぼんやり見えていたシルエットが、『天国大魔境』によって形が変わって、石黒作品の新しいシルエットができる気がしています。
石黒:いやー、大童さんに俺の作品を語ってもらうのは恥ずかしい。こんなに緊張したことはないです。今まで対談のために、部屋を掃除したり準備したこともないですし(笑)。大童さんは本当に怪物みたいな印象なんですから。
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