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匿名自助グループとしての「アライさん」現象 なぜアライさんは大量発生したのか?

アライさんの真面目な話。

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 アニメ「けものフレンズ」のキャラクター「アライさん」のなりきりアカウントがTwitter上で急増している。その数は4月22日現在既に2000アカウント近くにも上るとも言われており、現在進行形で毎日数百体のアライさんが誕生している計算になる。

 アライさんの異常な増殖現象。これは何を原因としているのだろう。なぜ人はアライさんになりたがるのだろうか。本稿では「アライさん現象」の背後にあるひとびとの心について考えてみることにする。

どんなアライさんが増えているのか

 一口に「なりきりアカウント」と言っても、その内実は千差万別だ。筆者のような高齢オタクにとっては「なりきり」と言えば「なりきりチャット」をはじめとするロールプレイングが思い浮かぶ。

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 しかし、現在増殖中のアライさんは、決してアニメに登場する「アライさん」を模しているわけではなさそうだ。というのも、アカウント名からして「原作」のアライさんからはかけ離れたアライさんが多い。いくつか例をあげれば

  • 借金の返済に苦しむアライさん
  • ギャンブルがやめられないアライさん
  • 大学を中退したアライさん
  • 薬物依存のアライさん
  • 性風俗店で働くアライさん etc...

 Twitterにおけるアライさん界隈(かいわい)は、とにかく何らかの困難を抱えている傾向が極めて強い。これは原作のちょっと暴走気味だが元気で明るいアライさん像とはかなりの距離がある。当たり前だが、原作のアライさんは借金にもギャンブルにも薬物にも苦しんでいない。「けものフレンズ」は社会の暗部をえぐるような作風のアニメではない。

 つまり、増殖する「アライさん」たちは、原作「けものフレンズ」のアライさんの「なりきり」ではない。それではなぜ、彼らはアライさんという衣を身にまとうのだろうか。

語りの話法としてのアライさん

 私事になるが、筆者は「メンヘラ.jp」というサイトを運営している。このサイトのメインコンテンツは、メンタルヘルスの問題に苦しむ当事者たち(=メンヘラ)が、それぞれの言葉で自らの困難を語る「体験談」という記事群だ。

メンタルヘルスの問題に苦しむ当事者たちにとっての語りの場となっている「メンヘラ.jp」

 自殺未遂、自傷行為、自殺の後遺症、家族の自死、希死念慮。そういった極めて重いテーマについて、メンヘラたちはそれぞれのナラティブ(物語)を物語る。そうしたナラティブが、また別の当事者のナラティブを呼び寄せ、水面に波紋が広がるように、語りが波及していく。

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 つまり、いわゆるナラティブ・コミュニティー(自分の物語を通じて心のケアを行っていく取り組み)と呼ばれるものをネット上で展開しているわけだが、メンヘラ.jpの運営という経験を通してアライさん界隈を見ていると、彼らもまたナラティブ・コミュニティーの一種なのではないか、という思いが湧いてくる。

 ナラティブ・コミュニティーにとって重要なのは、いかに「語り」を可能にするかという点だ。なぜなら、自分の困難を物語るというのは極めて難しい仕事だからだ。過去のトラウマ、フラッシュバック、罪悪感、自己嫌悪。困難について語ろうと試みるとき、そうした障壁がたびたび話者を苦しませる。

 これらの障壁を乗り越えてもらうために、運営者としてはさまざまな手を試みる。それは呼び水としての語りであったり、場の安全性であったり、匿名性であったり、傾聴を可能とする仕組み作りであったりといろいろだが、多くの試みを持ってしても、「語り」が成立する場を作ることは難しい。ナラティブ・コミュニティーを成立させるのは難しいのだ。

 ところが、「アライさん界隈」は、この極めて創ることが難しいナラティブ・コミュニティーを、自然発生的に成立させてしまっているように、筆者には思える。Twitterに生息する多くのアライさんは「~なのだ」というほっこりした口調を用いて、それぞれの生活の苦しみを語っている。

「アライさんは覚せい剤をやめたいのだ」

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「ギャンブルをやめたいのだ。フェネックが悲しむのだ」

 上記のようなかわいげな口調で、薬物依存、自傷行為、自殺未遂、そういったどぎつい困難について語っている。これは、奇跡的と言っても過言ではない現象だ。

「スティグマ」とアライさん

 なぜ「アライさん」というキャラクターは、このようなナラティブ・コミュニティーを可能にしているのだろうか。筆者は「スティグマの軽減」という側面からその謎に補助線を引きたいと考える。

 スティグマとは、いわば「偏見」という意味の言葉だ。例えばあなたが「薬物依存症患者」という像をイメージするとき、ある種の(厚生労働省が学校教育の中で流布しているような)典型的な「患者像」のようなものを思い浮かべないだろうか。

 一様に目が落ちくぼみ、頬は痩せこけ、無精ひげを生やし、目の焦点は合っていない。常にクスリのことしか考えられないような人間失格の廃人。学校教育で流布される依存症患者とは、そのようなイメージだ。

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 しかし、実際の依存症患者は、上記のようなイメージとは懸け離れている。依存症患者とは、言ってみれば「ただの生身の人間」だ。老若男女、美男美女、痩身から太身まで、善人から悪人まで、本当にさまざまな人がいる。しかしそれら多様な当事者は「薬物依存症患者」というフィルターを被せられてしまうことで、その多様性を喪失してしまう。

 「依存症患者」として語ることを求められたとき、ついつい世間が持つ「依存症患者」像に自分を合わせてしまう(=スティグマを内面化してしまう)のだ。ここにスティグマの問題がある。スティグマ(偏見)によって、当事者自身が自由に自己を表現できなくなってしまうのだ。

 そうした困難の中で、「アライさんへのなりきり」というソリューションが発生する。内面化したスティグマによってゆがめられたセルフイメージ。それをいったん脇に置き、暴走気味だが元気で明るいアライさんというキャラクターに「なりきる」。アライさんの口調を借り、アライさんのイメージ(アイコン)を借り、アライさんではない自分自身の困難について語る。

 この時、アライさんとして語る当事者たちは、自らを縛る内面化されたスティグマから、一時的に自由になれるのではないだろうか。そしてこのスティグマの軽減は、自分だけではなく、他のアライさんたちへのまなざしにまで波及する。

 既に述べたように、さまざまな困難を抱えるひとたちはさまざまな社会的スティグマを負わされている。そのスティグマ故に、彼らに向けられるまなざしもまた辛辣なものになりがちである。しかし「アライさん」というキャラクターになりきることによって「暴走気味だが元気で明るい(だけどちょっと困難を抱えている)アライさん」という、新しいペルソナを獲得することができるのだ。

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キャラクター文化は新たなセルフヘルプグループの形となるか

 現在、アライさん界隈は互いのことを思いやるセルフヘルプグループ的な側面を持っている。その理由は「アライさん」というペルソナを獲得することで内在化したスティグマを軽減させ、また社会的スティグマをも軽減させたことが理由の1つだと考えられる。

 内在化したスティグマを軽減することは当事者の語りを促進させ、また社会的スティグマを軽減することは他者の語りに対するまなざしを和らげる。そうした相互作用が、現在のナラティブ・コミュニティーとしてのアライさん界隈を支えているのではないか、と筆者は考える次第である。

 余談だが、スティグマを軽減するための新たなペルソナの獲得という手段は、実は新しいものではない。「匿名のアルコール依存症者たち」という意味の名前を持つアルコホーリクス・アノニマス(通称AA)という団体では、ミーティング内で本名とは違うハンドルネームを使う文化がある。その文化が続いている理由を考えると、やはり内在化したスティグマを軽減することに意義があるのだろう。

 しかし、今回のアライさん現象は「キャラクターへのなりきり」という裏技を用いることで、AAの匿名文化とはまた違う独自の可能性を見せているように筆者には思われる。

 VRチャットやボイスチェンジャーなど新しい技術が生まれている中で「キャラクターへのなりきり」という手段が、今後、新しいセルフヘルプグループの可能性を切り開かないとも限らない。単なる一過性のサブカルチャーとしてではなく、新しい可能性が生まれる場としての「アライさん」たちにほのかな期待を寄せている。

最後に

 実は本稿を書くにあたって、筆者にはかなりの逡巡があった。

 せっかく誕生した新しい自助の文化に対し、外野が興味本位で覗き見をすることは、かえって当事者たちを委縮させてしまうのではないか。そういう懸念があり、今もその思いを抱え続けている。

 しかし、「ねとらぼ」や「AbemaTV」のような大手メディアでもアライさん界隈が取り上げられている昨今の状況を鑑みるに、もはやメディアがこのムーブメントに注視していくのは止められない流れだろうと考えた。であるならば、セルフヘルプグループの運営者としての立場からアライさん界隈の自助的な側面を語ることによって、野次馬的な好奇の視線や、サブカルチャーとしての消費を、少しでも軽減できるのではないかと考えた。

 そういった理由から、本文で書かれているアライさんたちのHNなどは、全て一部手を加えて本人が特定しづらいようにしているし、ツイートの引用なども行わないこととしている。こんな記事を書いておいてなんだが、どうか興味本位でアライさんたちの生活を暴き立てるのはやめてほしい。

 最後に、あるアライさんがAbemaTVへの取材依頼に対してつづったDMの一部を引用して本稿を終えたい。

△△さま

お忙しい中DMありがとうなのだ。□□□なアライさんなのだ。

メッセージをわざわざいただいて申し訳ないのだけど、今回の取材はお断りさせて欲しいのだ。引用や紹介の判断などはTwitterの規約的にこちらの意思とは関係なく使用することができると思うのだ、けれども、アライさんとしてはできればやめてもらえたらありがたいのだ。

理由としてはこの界隈は心は弱かったり精神的に不安定なフレンズも多く、メディアに取り上げられることで多くの野次馬てきなヒトが増え、自分たちが大切に思っている場所は壊されたり変わってしまうことを恐れているからなのだ。

△△さんの立場もあると思うから番組内容を変えることは難しいと思うのだ。こちらから提供できる有益なものがないのに申し訳ないけど、せめてものお願いがあるのだ。番組が放映される時に、「アライさんはできればいろんなヒトたちに注目されたくなくて、揶揄されたりからかわれたりするのを恐れていることが多いので、この放送で興味を持った方は出来るだけアライさんたちをほうっておいてください」というメッセージを口頭なり言葉なりで提示して欲しいのだ。こちらのお願いとしてはそれが全てなのだ。

小山晃弘

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