「ナイチンゲールやキュリー夫人“以外”の新しい女性の伝記が、日本でもそろそろ必要」 岩崎書店が新たな伝記絵本シリーズで目指すものは?
「好き!」を突きつめた女性たちの偉大な仕事。
岩崎書店は、無名であっても情熱を持って世界の発展に寄与する仕事をなしとげた女性たちの姿を描く伝記絵本シリーズ「世界をみちびいた知られざる女性たち」を立ち上げました。5月18日には第1弾となる『ドラゴンのお医者さん ジョーン・プロクター は虫類を愛した女性』(文:パトリシア・バルデス/絵:フェリシタ・サラ/訳:服部理佳)が発売されています。
今作の主人公であるジョーン・ビーチャム・プロクター(1897〜1931)は、ロンドン動物園で初めては虫類専門女性学芸員になった人物です。34歳の若さで亡くなるまで、コモドドラゴンの飼育と研究に力を注ぎました。園内ではコモドドラゴンとお散歩したり、お茶会を開くなど、トカゲたちと親しく交流していたといいます。なお、コモドドラゴンとはインドネシアのコモド島に生息する世界最大のトカゲです。体長はおよそ3メートルで、唾液には毒があります。
幼少のジョーンは、お人形遊びよりトカゲと過ごすことを好む子どもでした。16歳の誕生日プレゼントは、なんとワニだったそうです。やがてその情熱と知識は動物学界に見出され、ジョーンはロンドン動物園でコモドドラゴンの世話を任されることに。当時のヨーロッパでコモドドラゴンを飼育していたのはロンドン動物園だけでした。ジョーンは持ち前の能力でこの難しい課題に取りかかります。
岩崎書店が紹介する「道を切りひらく女性たちの足跡」
ねとらぼ編集部では、今シリーズが企画された背景について岩崎書店編集部に取材を行いました。
――なぜこのシリーズを立ち上げようと思ったのでしょうか。
ここ数年来、海外のブックフェアにおいて、新しい伝記絵本をよく見かけるようになりました。
児童書のノンフィクションブームに加えて、〈ガール・パワー〉と言われる社会的潮流のようなものが合わさって、女性を描いた伝記絵本が世界で増えてきたのではととらえています。日本で女性の偉人と言えば、ナイチンゲールやキュリー夫人、マザー・テレサなどが定番ですが、それ以外の新しい女性の伝記が、日本でもそろそろ必要なのではと考えました。
――このシリーズではどのようなことを目指していますか。
岩崎書店では、マララ・ユスフザイさんやミシェル・オバマさんといった、新しい女性を描いた児童向け読み物を刊行してきましたが、絵本であれば、小学校低学年のお子さんでも手に取りやすいと思います。たとえ無名であっても、自分の信念や興味に従って道を切りひらいてきた女性たちの足跡は、読者のこれからの生き方のヒントや力になります。このシリーズがそのような一助となれば嬉しいです。
――1冊目でジョーン・プロクターさんを扱ったのはなぜですか?
敬遠されがちな爬虫類を深い愛情をもって研究しつづけたところに、とてもユニークさを感じました。コモドドラゴンを連れて散歩していたという豪快な人物像にも惹かれましたし、日本の子どもたちの目にも魅力的に映るだろうと思いました。実際に本人が描いたカエルのイラストが載っていますが、芸術的なセンスも持ち合わせた女性でした。また、本書が絵本としての完成度が高いと感じられたことも、1冊目とした理由です。
――今後、どのような人が登場する予定ですか。
プログラム欠陥を意味する「バグ」という言葉を生んだとも言われているプログラマーグレース・ホッパー、さまざまな社会福祉や反戦活動に人生を捧げた運動家ジェーン・アダムズの絵本を今年中に刊行します。海外のさまざまな出版社の絵本からセレクトしていますが、少しずつ数を増やしていきたいと思っています。これとは別に、女性に限らず、現代を生きる新しい人物の伝記絵本も企画しています。伝記にはリアリティのおもしろさや説得力があるので、それを絵本の形で伝えられたらと思っています。
(岩崎書店編集部)
女性研究者を取り巻く環境
ジョーンの活躍は、今よりよほど偏りのある男性社会であった20世紀初頭のイギリス動物学界に一石を投じるものでした。しかし、今も研究の世界が男性社会であることは変わっていません。
女性研究者を生み出す環境が十分に整備されていないことは、話題を呼んだ上野千鶴子さんの祝辞でも指摘されていたとおりです。日本における2018年度の女性研究者の割合は、わずか16.2%だといいます(総務省統計局より)。2016年は15.3%であったことを考えると増加傾向にはあるものの、やはりかなり低い割合です。少し古いデータになりますが、2012年の総務省統計局データを見てみましょう。ジョーンが生まれたイギリスでは、女性研究者の割合は37.7%です。ロシアは41.2%いますし、アメリカでも33.6%と研究者の3人に1人は女性です。それに比べ2012年当時の日本では、女性研究者はわずか14.4%しかいません。
ジョーンの功績は、2018年刊行の『世界を変えた50人の女性科学者たち』(創元社)でも紹介されています。岩崎書店編集部が「女性を描いた伝記絵本が世界で増えてきたのでは」と指摘しているように、近年さまざまな分野へ果敢に漕ぎ出していった女性の人生を描く児童書は存在感を増しているようです。ジョーンの情熱にあてられた子どもたちが世界を変革する日に期待したくなりますね。
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