コラム

黄金銃を持つ教官、号泣高速実習、チャラ男と鳥人間コンテスト……忘れられない合宿免許の思い出(2/2 ページ)

普段なら出会わないような人に会う、それが合宿免許。

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泣く女、死の高速道路教習

 このように合宿中は、普段だったら絶対に出会わないであろう人たちとの出会いがある。そして、出会いがあれば別れもある。合宿免許で言えば、先に教習が終わってバスに乗って帰っていく生徒と、まだ教習が残っている生徒の別れがそれにあたる。中には教習期間中によほど仲良くなったのか、先に帰っちゃう男子の手を握って離さず、ベッチョベチョに泣いている女子などもいる。おれは「よくやるよ……」と眺めていたのだが、ぼんやり見ている暇はない。その日、おれは高速道路教習をやる予定だった。

 高速道路教習というのは、文字通り高速道路の走り方を教えてもらうやつである。料金所でお金を払って高速道路に入り、一定の区間を走ってから下に降りて生徒が交代、再度高速道路で走る。そういう内容なので、普段の路上教習と違って1つの車に3人の生徒+教官というメンバーが乗ることになる。

 で、おれは2番手である。初手は誰が運転するんかいな……と思っていたところでおれの教習車に乗り込んできたのは、先ほどベチョベチョに泣きまくっていた女子だった。えっ、アンタ、そのテンションで高速乗るの……と血の気が引いたものの、教官も止める様子はない。女子はグスグスと鼻の音をさせながら教習車を運転してやがて高速道路に入り、グイグイと速度を上げていく。

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 運転している女子は、その間ずっと泣きっぱなしである。生きた心地がしない。しかし、教官は一切止めない。それどころか「ハイもっとアクセル踏み込んで~」と指示を出す。「グス……ハイ……グスッ……」としゃくりあげながら90キロまで加速する女子。もうやめようよ! 「こんな車に乗っていられるか!」と思うものの、ここで降ろしてもらうわけにもいかない。しかし女子は泣きながら高速道路を1区間走りきった。なんなら、その後にトライしたおれより安定した走りっぷりであった。人というのはわからないものである。

チャラ男の悲惨、そして飛行機は琵琶湖に落ちた

 そんなこんなで教習が進んでいったのだが、大変困ったのがおれの運転のヘタクソ具合である。一緒にきたオタク2人はおれよりずっと早く教習が終わって帰ってしまい、同室のチャラ男たちも次々に卒業していった。しかしチャラ男グループにも一人だけ、運転がヘタクソなチャラ男がいた。おれと運転が下手なチャラ男氏は同室内でビリの座を巡って争っていたが、やはりチャラ男氏の方がいささか教習の進みが早く、おれが路上教習の最後の方という段階で、チャラ男氏は卒業試験ということになった。

 チャラ男氏は頑張った。聞くところによれば、ほぼ満点という走りで課題をひとつづつクリアしていったそうである。そして全て終わってブレーキをかけ、無事に車を降りればこれにて終了……ということになった。チャラ男氏はゆっくりドアを開ける。その瞬間、後ろから車が走ってきて、すぐ横をスッと通過していった。

 別に事故ったりはしていない。だがしかし、これは立派な減点対象である。「はい後方不注意~」と教官にチェックされ、あえなくチャラ男氏はこの日は落第ということになった。そういう決まりだから仕方ないし、そもそもおれはドルガバと合コンの話しかしないチャラ男氏にはなんにも感情がないけれど、さすがにちょっとこれはかわいそうだ。

 困ったのは同室のおれも同じである。合宿所に帰ると、朝には「今日で終わりや~!」と意気込んでいたチャラ男氏がうなだれて座っている。普段はあんなにドルガバの話しかしないのに、今日は笑顔も弱々しい。「何があったの……?」と話を聞いてみると、上に書いたような次第だという。声にも力がなく、表情も福本伸行のマンガの「ぐにゃ~」ってなってるときみたいだ。大学生だったおれには、彼を器用に慰めることもできない。「じゃあもう、アレだ、飲もうよ……」と彼に酎ハイを渡し、ビールを飲みながら部屋のテレビをつけた。

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 その瞬間映ったのは、夏休みの終わりの風物詩、鳥人間コンテストであった。しかもそこで放送されていたのは、人力飛行機がグイグイ記録を伸ばしてるところじゃなくて、記録が伸びなかったりウケ狙いだったりする滑空機がドボドボと水面に落ちるところのダイジェストのパートだった。なんと間の悪い……。チャラ男氏は「あ、また落ちた……」と呟きながら、酎ハイを啜りつつ琵琶湖に鳥人間たちがブチ落ちていくところをボンヤリと見つめている。いまさらチャンネルを変えてもわざとらしい。おれは「……そ、そうだね~~落ちてるね~……」と、半笑いで相槌を打つことしかできなかった。

 あくる日、さすがに2度めのトライでチャラ男氏は試験をパスした。照れ臭そうに荷物を担いで帰っていく彼を、おれは合宿所の部屋から見送った。なんせおれは運転がヘタクソすぎて、まだ全然帰れないのである。1人だけになった広い部屋でカップ焼きそばを食ってビールを飲み、残りの教習をこなしたはずなのだが、それ以降のことは不思議とほとんど覚えていない。あのチャラ男氏は、今でもドルガバを着て車に乗っているのだろうか……。夏の終わりになると、妙に気になる。


本日の結論

編集部からのひとこと

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