『このマンガがすごい!』にランクインしなかったけどすごい!2020:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第100回(3/3 ページ)
毎年の恒例企画も第7回目になりました。
第4位『ニュクスの角灯』(高浜寛)
第4位は高浜寛先生の『ニュクスの角灯』(全6巻/リイド社)。本企画「2017」に続く2度目の選出です。前回は連載中でしたが、昨年ついに完結しました。
時は1878年(明治11年)、文明開化真っ只中の長崎。西南戦争で両親を亡くした少女・美世が奉公先としてやってきた輸入道具屋「蛮」の店主・小浦百年(ももとし)と出会うところから物語は始まります。読み書きができず、何事にも自信が持てない引っ込み思案の美世でしたが、百年やその仲間たちと触れ合う中で次第に自信が持てるようになり、明るく前向きに変わりはじめます。そしてそれと同時に自分を売り子として温かく迎え入れ、一人前に育ててくれた百年に対して恋心を抱くように。
その後、百年はフランスへの輸出事業を進めるため渡仏、舞台の中心は長崎からパリへと移ります。日本の物品なら何でも値がつくほど熱狂的なジャポニスムに湧く当時のパリで、日本の工芸品を売る小さな店を開いた百年ですが、彼が渡仏したもう1つの目的は、少年時代の想い人だった美女ジュディットとの再会。しかし、彼が目にしたものは予想外の人生を歩む彼女の姿でした。ジュディットに再会した百年が取った行動とは。そして百年の後を追ってパリへと足を踏み入れた美世。当時のパリの文化を巧みに作中に取り入れながら、物語はクライマックスを迎えます。
明治初期の日本と西洋の雰囲気を描く本作を読みながら、ふと思い浮かんだのは、SF作家の星新一が、星製薬の創業者でもある父・星一の生涯について書いた評伝『明治・父・アメリカ』(新潮文庫)。星一は本作と同じ明治初期に福島から単身アメリカに渡り、独力で語学で身につけ、その後現地で事業を起こして成功するという、当時流行した『西国立志編』を地で行くような人生を歩む人物。フランスとアメリカという違いはあれど、両作ともに人と人との有機的な縁が世界を形作っていた、夢のある時代だったことがうかがえます。
それゆえ、本作最終話で描かれる「夢の終わり」とも言える衝撃的なラストシーンは、物語冒頭からほのめかされていたとは言え、私たちに古き良き時代を味わわせてくれた近代を現代が駆逐した――テクノロジーがノスタルジーの息の根を止めた――瞬間を象徴しているようで、何とも言えないやるせなさがあります。いや、もはや過去には引き返せない時代に生きるからこそ、本作が描くノスタルジックな物語は「世界が一番素敵だった頃」として、現代の私たちを惹きつけてやまないのかもしれません。
第5位『児玉まりあ文学集成』(三島芳治)
第5位はトーチWebにて連載中、三島芳治先生の『児玉まりあ文学集成』(~1巻、以下続刊/リイド社)。深い文学知識と桁違いの語彙力を持つ文学部部長・児玉まりあと、有望な部員候補として彼女に見出された笛田くんの対話を通した「フィクション」そのものが味わえる、今回唯一連載継続中の作品です。
「文学」と言うと、小説を書いたり、あるいはハルキストのような同好の士が作家や作品について語り合ったりするイメージが一般的には強いかもしれません。しかし、本作が扱うのは「味わう文学」ではなく、その根幹とも言える「文学の仕組みそのもの」について。まりあの言葉を借りれば「人が経験するものとしての時間や 星と星の間のような 客観的には見ることのできない距離 そうした物を言葉の操作によって把握するための学問」としての文学です。
もう少し砕いて説明すると、「物語」とは、大雑把に言えば、作者の紡いだ言葉が「文字」という媒体を経由して、読者にイメージを想起させる仕掛けにほかなりません。例えば「男の子が河原の石を川に向かって放り投げた」と書けば、きっとその情景が容易に想像できることでしょう。
けれど、これが「猫はカレーライスのように冷たい」ならどうでしょうか。読者が一瞬立ち止まって考えてしまうようなこの種の表現は、詩的な比喩として、ありきたりな世界に新しい見方を与えてくれます。でも、もしこれが人が考えた表現でなく、辞書を適当にめくってランダムに生成されたものだったとしたら――。それでもなお私たちは何とかして目の前の文章からイメージを作り上げようとするのではないでしょうか。人間とは解釈から逃れられない生き物なのです。
だとすると、文学とはもはや現実を鏡のように正確に映し出すものではなく、現実と切り離された独自の構造を持っていることになります。20世紀初頭に生まれた精神分析やシュルレアリストが重視した自動筆記などが明らかにしたのは、私たちは言葉を操作することで世界を認識している=はじめに言葉ありき、というアイデアでした。文学が単なる「作者の気持ちを考える」印象批評から客観的な分析対象として進歩したのも、まさにこの時期のことです。
話を本作に戻しましょう。文学部入部希望者の笛田くんは言語の理(ことわり)を知り尽くしたまりあと部活動を通じて、このような文学の世界へと足を踏み入れます。ある時は比喩の練習、ある時は1カ月間に渡って延々と続くしりとり、またある時はまだ世界に存在しない新しい記号の実験……。まりあが提案する様々な活動を経て、少しずつ文学の真髄=この世界の仕組みに迫っていく笛田くん。そして私たちの視点もまた笛田くんと同じ位置にあります。
ここまで読んで「何か小難しそうなマンガだな」と思ったかもしれませんが、実際読んでみるとその印象は大きく変わることでしょう。なぜなら本作もう1つの見どころは、普段ほとんど感情の起伏を出さないまりあが時折見せる照れや動揺だから。「文学という形式のテクニカルな面だけに関心がある」と公言しながら、文学という形式のエモーショナルな面にめっぽう弱いギャップが実にかわいらしい。比喩の訓練として笛田くんに「私をたとえてみて」と自ら課題を出したのに、いざ「天使のようにカワイイ」と例えられると、不意打ちを食らったかのように顔を赤らめてしまうところなど、ニヤニヤしてしまいます。
文学を知る人に限らず、「現実世界に先行して言葉がある」という考えがいまいちピンとこない人にぜひ読んでほしい一作です。
最後まで美しく走り切った作品たちに敬意を
「このマンガがすごい!」にランクインしなかったけどすごい! 2020
- 【第1位】 『あの娘にキスと白百合を』(缶乃)
- 【第2位】 『別式』(TAGRO)
- 【第3位】 『LIMBO THE KING』(田中相)
- 【第4位】 『ニュクスの角灯』(高浜寛)
- 【第5位】 『児玉まりあ文学集成』(三島芳治)
というわけで、お勧めの5作品をランキング形式で紹介しました。長文お付き合いありがとうございました。ランキングという形式を取っているものの、今回挙げた作品に優劣の差はほとんどないので、順位に関係なく興味を持たれた作品を手に取っていただければうれしいです。
そんな中、今回『あの娘にキスと白百合を』を1位に選んだ大きな理由は、本家『このマンガがすごい!』では、百合作品がなかなか入選しにくいからでもあります。以前より広く受け入れられるようになってきたとは言え、ジャンルとしてまだまだ一般的とは言い難いこと、そして掲載誌を基準に作品を<オトコ編><オンナ編>と分類していることも、入選が難しい一因かもしれません。百合と言っても、かわいい女の子がキャッキャウフフしている程度のゆるいものから「ガチ百合」まで幅広いですが、タイトル通り「キス」にラインを引いたバランス感覚は、最初に読む作品として広くお勧めします。
映画の序盤だけを見て作品全体を評価できないのと同じように、マンガもまた完結して初めてその出来栄えが評価できるのではないでしょうか。「『このマンガがすごい!』にランクインしなかったけどすごい!」では、最後まで美しく走り切ったこれらの作品と、それを生み出した作者の方々に、この場を借りて敬意を表したいと思います。
それでは今回も最後までお読みくださりありがとうございました。(本当に)遅くなりましたが、本年も本連載をよろしくお願いいたします。
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