中学校時代の冤罪を胸に抱えて生き続ける「かぐや様は告らせたい?」11話 石上、一人ぼっちの戦い(1/2 ページ)
良い人は傷ついてほしくないから。
恋愛は告白した方が負け! 「かぐや様は告らせたい?~天才たちの恋愛頭脳戦~」(原作/アニメ)は、相手から自分に告白させるためにあらゆる知力体力を用いて戦うエリートたちを描いたラブコメディーの第二シーズン。とってもいとしくてとっても面倒くさい少年少女の、青春の無駄遣い物語。距離はどんどん近づきます。
体育祭、人と接するのがあまり得意ではなかった生徒会会計の石上は、自分を変えるべく応援団に入団。過去の事件からの苦しみを乗り越える時がきました。
サンドバッグにされる石上の苦しみ
石上は登場時からどちらかというとネガティブで性格暗め、斜に構えたキャラとして描かれていました。それだけならまだしも、同学年の男女両方から嫌悪の目で見られる孤立した存在。一応ギャグ漫画だしそういうネタなのかと思いきやガチな様子。なのに学校生徒みんなの憧れの的である生徒会に在籍しているのは、ちょっと違和感があります。
その理由の全てがアニメ二期11話で語られます。原作でもこのエピソードは大きなターニングポイントの一つ。石上、御行、かぐや、伊井野、藤原書記その他いろいろな人の青春を変えていきます。
体育祭でリレーのアンカーになった石上。周囲の生徒から露骨すぎるイヤミが飛んできます。このコマを見るといじめもいいところなのですが、これについては10話にも出てきた大仏(おさらぎ)こばちの考察が的確。
大仏「人は自分の為にそこまでは怒らない 誰かの為になら簡単に悪魔にでもなる」
周囲の生徒の間では、「ストーキング(冤罪)」「同級生への暴力行為(事実)」、そして「被害者の存在」のセットで、石上に対しては悪魔になってもOKという風潮ができてしまっています。
石上が中学生時代に傷ついた鍵となる少女、大友京子(おおとも・きょうこ)。石上曰く「僕の失敗の象徴」。高校の体育祭に顔を出し、「楽しそうにやってるんだ 石上くん」と冷淡な一言を残して、去っていきます。これにより、石上の盛り上がっていたテンションは一気にボロボロに。
起きた事実と、冤罪と、彼が否定していない理由を追っていきます。
中学時代の傷
中学時代、孤立していた(これは単に人と関わろうとしていなかっただけ)石上にも気さくに話しかけてきたのが、大友京子という少女。原作での石上いわく「打算がないのか出来ないのか 空気を読まないのか読めないのか」。「良い人なんだろうな」というのが彼の京子に対しての感想。
重要なのは「知り合いですらない」という部分。原作では「恋をしてた訳でもない」ともあります。ようは「良い人な他人」です。だから彼は、京子に恋人ができたとき素直に祝福しています。シンプルに、良い人は幸せになってほしいからです。
前回、陰湿ないじめに会っていた中学生時代の伊井野ミコを無言で助けていたことがありました。彼女の選挙時の苦悩を、遠くからフォローしたこともありました。何の見返りも無くても、義が強くてとっさに動いてしまう。彼はそういう人間です。
ところが京子の恋人・荻野コウは根っからの「悪人」。平気でウソを付き、人を巻き込み、信じてくれる人を餌にする。彼が何をしたのか明確には描かれていませんが、それはどうでもいい話。荻野は知ってしまった石上に秘密を守らせるために、自分のことを好きな京子を交渉材料にします。モノのように扱う彼の態度が石上の怒りに火を点けました。
頭が真っ白になって「殴った」既成事実ができた時点で、石上が圧倒的に不利。「暴力を振るった」という事実だけが周囲の人の頭に残ってしまいます。演劇部・荻野の「京子のストーカー石上から殴られたが、でも自分は京子のことは愛している情の深い人間である」という演技で誰もが納得してしまいます。
「恋愛」は人間心理の謎解きで非常に分かりやすいファクターの一つです。荻野を殴った理由が「石上は京子が好きだった」と取るのも無理はないです。それが納得しやすいからです。
しかし彼は京子に恋愛感情は抱いていません。「恋してたのならもう少し話はシンプルだった」というモノローグの通り、理由は別。「良い人が傷つくのは許せなかった」という、中学生としてはかなり踏み込んだ感情でした。これを理解してもらうのはかなり難しい。
人間は分かりやすくて、エキセントリックなニュースの方に食いつくものです。「恋愛ストーカー石上の暴力」というレッテルは刺激的すぎました。
周囲のクラスメイトが「悪人」なわけではないはずです。ただ目の前で被害者(この場合は殴られた荻野と、ストーカー被害者と思われている京子)が生まれた時、「攻撃してもいい」という許可をもらったかのような心理に陥りがちです。なんせストーカー冤罪ロジックは事実を探ろうとする気が起きないほど分かりやすい。そして「気持ち悪い」というシンプルな侮辱の言葉でまとめやすい。
親は毎日のように彼をしかり続けます。殴ったのは事実だから。生徒たちのいじめはどんどん陰湿なものになっていきます。大仏こばち理論が証明されているかのようです。
そして問題なのは教師。彼もストーカーロジックを信じ、石上に圧力をかけつづけていました。何より本当にあくどいことをしていた荻野をフォローしているのが、石上には耐え難いことだったはず。
石上視点で見た描写では、教師がえげつない人間に見えてしまいます。もう少し事実を探って石上の話を聞いてほしいところですが、しかし「ストーカーをして、演劇部で頑張る生徒を殴り、その後謝罪の言葉を言わずに頑固でいる」という部分に対して石上が事実を語らないのであれば、叱らざるを得ないんでしょう。先生の目が描かれていない表現手法は、注意しておきたいところ。
全ては、荻野のやっていた事実(作中では描かれていないものです)を公表すれば分かってもらえる話。同級生にも先生にも親にも。荻野はそれで失墜し、自分は認められみんなから謝られるはず。
でも「良い人」だった京子だけは、ひどく傷つくでしょう。「荻野がキレて大友を殴ろうが リベンジポルノかまそうが 僕には関係ない」でも書けない。
彼は何カッ月もの間、たった一枚の紙に、事実を書けなかった。我慢していただけではないのが重要な点です。彼自身の理性と正義感が、自分の憤りや苦しみすらもしのいで動けなくなる状態。石上という少年の、揺るがない誇りであり本質です。
友人でもなく恋をしているわけじゃない子に対して、良い人だからというだけで守ろうとする彼。誰も肯定してくれないのだから、「厨二病」なのか「イタい」のか、それとも正しかったのか、義の基準すら分からなくなってしまう。
たった三人だけ、理解してくれる人
御行「正しい正しくないを論じるつもりはない」「目的は達成している 頑張ったな石上」「お前はおかしくなんてない」
要注意人物として進学した石上の事実を暴いたのは、生徒会の御行、かぐや、藤原書記の三人。荻野が悪い遊びをやめて事態におびえていること、京子は被害を受けず楽しそうに生活できていること、そして石上にまつわる真実の全て。
ここで三人が全てを、先生たちに、学校全体に伝える手もありました。しかし御行はそうしませんでした。石上の行動を「よく耐えたな」と認め、彼の心を理解して受け止め、その上で進むべき道へのヒントを伝えました。
石上が言う「うるせぇばーか」は、反省文が書けなかった彼に御行が教えた言葉。
カタルシスあふれるシーンです。石上はずっと過去のために耐え続けていました。「うるせぇばーか」は全てを無にする言葉。本来乱用していい言葉じゃないけれども、彼ほどに真面目な人間ならばこのくらいの雑さは必要だと、御行も判断したんでしょう。
おそらく石上は、前に進もうとしても過去の事件を引きずって前に進めなくなるタイプ。今回も応援団に入るというムチャをして前に進んだのに、結局京子の顔を見たことで身体がすくんでしまった。
何もかもぶん投げる「うるせぇばーか」という脳みそリセットの呪文は、足がすくみがちな彼を解放する鍵になります。
人々の目
事実を知っているのは、今分かっている範囲では生徒会上級生三人だけです。だから同級生はみんな、石上のことをいまだに「気持ち悪い」という認識のままです。しかしその人間の頑張りを直接見た時、うわさ話はちりとなって消えるものです。
リレーで全力を出し頑張っているのを見た伊井野。彼女の口からぽろりとこぼれた「がんばれ石上」の言葉。
伊井野は石上とものすごく仲が悪いです。ただしそれは前回も見られたように、過去になにかあったからではなく、現在校則を守らないからです。彼女はうわさ話に流されるタイプではなく(ちゃんとうわさ自体は知っています)、しっかり目の前にいる石上を見ています。だから頑張っている石上を嫌うことはありません。
今回のリレーで、石上の視界が開けました。特に上級生たちがのぞき込んでくるシーンの表現は必見。今まで一緒の応援団にいながらも顔の見えなかった彼ら、ここで全員の優しい目がはっきり描かれます。誰一人冷たい目をしていない。頑張った自分を真っすぐな瞳で見てくれている。「ちゃんと見るだけでこんなに風景は変わるのか」
石上は普段前髪を長く垂らして、片目が隠れています。しかし今回のリレーでは、御行がはちまきを巻いたことで、髪がかきあげられて両目が見えるようになりました。御行が手を引くことで世界が広く見える、象徴的なシーンです。体育祭ラスト、応援団の仲間と共に目を大きく開いて、心から勝利を喜ぶ石上。多分彼も人生初の笑顔だったはず。
横に並んで、同じクラスの縦巻きロールの女子小野寺がいるのも注目したいところ。彼女はうわさを信じている側だったので、応援団に石上が入ったのを知って、けげんな目を向け続けていました。しかし本気で応援団の活動を行い体育祭で頑張っている石上を見ているうちに、自然と彼女は仲間として受け入れています。彼女の件は原作でかなり深く掘り下げられていますので、気になる方はぜひともチェックしてみてください。
今回の石上の話は、見る人を非常に悩ませる内容です。実際、御行・かぐや・藤原書記はこの段階まで来ても、いまだに完全にすっきりしているわけではないです。石上が頑張ることでみんなの目線を上書きしていったとしても、彼の冤罪は残ったまま。かぐやは「真相を全部教えてあげたら 彼女どんな顔をするでしょうね」と近侍の早坂にこぼしたりもします。
この問題は一応「石上が今後も耐えていく」という形で収まったわけですが、事実としての決着はついていません。何らかの問題が起きたら、再び浮かび上がってしまいます。それが原作で進行中の部分。加えて人間不信だったかぐやを大きく動かし続けている部分。
真実とか、正しいとかはどうでもいい。ただ石上が幸せであってほしい、と生徒会の面々は感じているようです。石上が京子に、そう感じていたように。
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