『ハヤテ』『神のみ』人気ラブコメ作家が挑戦する「結婚漫画」 少年たちに伝えたい「ハッピーエンドの続き」(前編):畑健二郎×若木民喜(2/3 ページ)
畑健二郎×若木民喜、「結婚漫画」に挑戦する2人のスペシャル対談をお送りします。
『だがしかし』が発明し、『からかい上手の高木さん』が進化させた現代ラブコメ
若木: 畑先生はTwitterで4コマ漫画も毎日更新してたじゃないですか。「100日後に結婚する二人」ってやつ。
若木: 週刊連載しながら毎日Twitterに4コマ投稿して、そのうえ単行本作業もやってたわけですよね。
畑: やってました。
若木: 異常ですよ! なんで始めたんですか?
畑: 嫁さんに「やれ」って言われたから……。二人で食事してたら、「今日ワニが死んだんだって」「ああ、そうなんだ」「だからあなたもやってみたら?」って。いやいやいや、全然「だから」になってない。
若木: あはは。
畑: まあ、普通に断ったんですけど、帰宅したら「ほんとにやらないの?」って。「いや、マジでやらないから」ってもう一回断るじゃないですか。そしたら夜中、「でもやっぱりやった方がいいと思う、やるべきじゃない?」と……。
若木: ぶっちゃけやってよかったですか?
畑: フォロワーはめっちゃ増えましたけど、全然お金になってないから(笑)。やっぱり実際にやってみると難しいですよ。というか僕のアレはTwitter漫画のノウハウを全部外しちゃってたなと。当たり前ですけど、Twitterでウケる現代的なラブコメって、もう昔のラブコメとは全然違ってるんですよね……。
――「100日後に結婚する二人」はTwitter漫画の主流から逸れていたと……?
畑: 他のTwitter漫画と明らかに違ったのは、後半になればなるほどヒロインの出番が減ってしまったことです。
若木: ストーリーを優先しちゃう?
畑: そう! 話をまとめなきゃとか考えた結果、主人公とジジイが話してるだけの回が何日も続くんですよ!(笑) でも本当は、常にヒロインのかわいさを見せなきゃいけなかった。とにかくヒロインを出して、タイムラインに流れてきた瞬間、反射で楽しめるような漫画が正解なんですよね。
若木: 現代的なラブコメの特徴ってそこですよ。ストーリーを描いちゃダメなんです。まずは作者がキャラクターに心底ほれ込んで「このヒロインめっちゃくちゃカワイイでしょ!」って感情を読者と共有する。「共感」にステータス全振りすればよくて、ストーリーとかバックボーンは無くていい。グッとくる仕草とか、「これってエロいよね」ってフェチズムを共有することが重要だから、まずは絵描きじゃないとダメなんです。絵が弱いとその時点で苦戦してしまう。
畑: わかる!
若木: 従来はストーリーでフォローできたんだけど、今は最低限伝わる画力が無いとSNSで目立つのは厳しいのかもしれない。
畑: ちょっとしたうなじの描写ひとつで魅せられる人が圧倒的に強いのを感じます。
若木: 複雑な心境だよね。僕らは「漫画はドラマがなきゃダメだ」と教わってきたから。でも今は起・承・承・承みたいな、“承”がずっと続いている作品がヒットしているし、実際かわいいんだわ。
畑: メガネとジジイが喋ってるだけの漫画がバズるかって話ですよ。
若木: 30分前のつぶやきが遥か彼方に飛んでっちゃう世界だから。
畑: でもまあ、若木先生の絵力があったら僕はTwitter漫画もっと描いてますけどね。だって1話の扉絵とかさ。
畑: やりゃいいでしょうよ。「画力が足りなくても」じゃないですよ。
若木: いや、でも、SNSってサービス精神が旺盛になりすぎて、どうしても市場の需要にばっちり合わせちゃうじゃないですか。僕たぶん、求められたらおっぱい大きい女の子の絵しか描かなくなるよ!?
畑: 描いてよ!(笑)
若木: 需要に応えることが必ずしもいい結果を生むとは思えなくて。似たような作品がワーッと増えて肥大化したり、数字が全てみたいになっちゃいません?
──何かが流行ると、同じような作品が目立つ傾向はありますね。
若木: 流行の中で違うモノがいっぱいあるから、多種多様な「面白い」が生まれると思うんです。市場に存在しない価値を世に送り出す役割として、これまでは雑誌が機能していたんですけど、それもいまや曖昧というか……。でもスピリッツで描く以上、起承承承じゃなくて、起承転結の物語を描きたいって気持ちがあります。難しいですけどね。
──先ほどおっしゃったようなTwitter漫画の傾向は、雑誌連載のラブコメにも当てはまるんでしょうか?
畑: 雑誌のラブコメはまたちょっと違いますけど、やっぱり絵力のある人が強くなったなと思いますね。
──個人的には『からかい上手の高木さん』以降、ラブコメの方向が変わった気がしているんですが……。
若木: 『高木さん』はモロにそうですよね。山本崇一朗先生の本質は絵描きで、あの一点突破がすごい。「何が何でもおでこしか描かないぞ!」という。『高木さん』は山本先生が描きたいものを一番いい形で見せる漫画で、新しい時代のラブコメを世間に示したと思います。
畑: でもひとつだけ言わせてもらうと、その先駆けを作ったのはコトヤマ先生だと僕は思う。
──コトヤマ先生の『だがしかし』が2014年スタート、『からかい上手の高木さん』は『ゲッサン』の2013年7月号付録として始まっていますが、本格的な連載は2016年8月号からです。
若木: コトヤマ先生の『だがしかし』はホント面白かったですよ。
畑: コトヤマ先生が先鞭(せんべん)をつけて、山本先生が誰でも扱いやすい方法論に進化させた。そして今、多くの人たちがそれを真似ているという流れがあると思います。
ラブコメの革新だった三千院ナギの存在。その源流としての『うる星やつら』
──この流れで『神のみぞ知るセカイ』『ハヤテのごとく』に触れないわけにはいかないでしょう。両作品と最新作には「ヒロインが1人か複数か」という違いがありますが、漫画の作り方も変わりましたか。
若木: 僕はオンリーヒロインの方がやりやすいですね。複数ヒロインの場合、どうしてもメインの子は「基準値」になるから、クセの強い脇役に人気が集中しやすいんですよね。正ヒロインが食われないように気を配りつつ、他の子たちにも個性や魅力を割り振らなきゃいけない。
──オンリーヒロインならその子1人に全振りできるわけですか。
若木: そうそう。バランスを取らなくていいから自由度が高い。
畑: 『トニカクカワイイ』もおいしい所は司に全乗せですね。おかげで超高スペックになっちゃいました。
若木: あ、でも『トニカクカワイイ』は後から他の女の子も出てきたじゃない。司が何でもできちゃうから、間を縫うように他の子の個性を考えるの大変そうだなって。
畑: いや~、分かってもらえた。むしろ『ハヤテ』の時よりキャラ作りは超大変!(笑)
若木: というか『ハヤテ』が特殊だったんじゃないですか? 本命が一番ピーキーなんだから。
畑: ナギはやりやすかったですねー。一人で走って一人で転ぶやつがメインヒロインなんだもん(笑) ダメ人間って楽なんですよ、「お前それダメだぞ」って指摘するキャラクターを周りに置くだけで話が成立するんで。
――「中身がおっさん」「だらしない美少女」みたいな属性も当時は新しかったように思います。今はもう当たり前になっていますが。
若木: ある意味『うる星やつら』をもういっぺん繰り返しているような事象ですよ。『うる星やつら』もラムちゃん以外のヒロインは尖りに尖っていて、最初は「なんじゃこの女の子たちは?」ってみんな思っていた。今は「怪力」とか「大食い」とか当たり前に使われてる属性だけど、当時はリンゴを素手で割れる女子高生なんてどこにもいなかったから。属性の原液を後年の作品が中和して飲みやすくした結果、萌えに変換されていったという。
畑: ナギの性格はハヤテとの関係から逆算して作りましたね。ハヤテは主人公なのにでっかい目標や目的がない、最初から完結している子だから、ヒロインで話を動かさなきゃいけないんですよ。
――夢が「3LDKに住むこと」ですからね。
畑: 「ラブライブで優勝する!」みたいなでっかい目標に向かって話をガンガン動かしてくれる主人公の方がそりゃ描きやすいわけです。ハヤテは「ああ、ラブライブってのがあるんですね~」って自分からは何もしませんから(笑)。横で引っ張る人が必要ってことで、ナギがどんどんポンコツになっていきました。
若木: それが結果として時代を食ってましたよね。当時のギャルゲーやラブコメがなかなか見つけられずにいた「主人公とヒロインを同時に立てる方法」を編み出したわけで。あのころは皆、女の子をメインに据えようとするあまり、男の子をのっぺらぼうに描きがちだったから。
──確かにギャルゲーの主人公といえば前髪で目が隠れた無個性な男の子でした。もちろん個性の強い主人公もいましたが、かっこよすぎて女の子より人気が出ちゃったり。
若木: だから「執事主人公」は本当に発明だったと思います。ヒロインを動かせば自然と主人公も動くことになりますから、女の子を描けば描くほど男の子もキャラ立ちしていくという。
畑: 便利でした、作者的には何も困らない(笑)
──『神のみ』の桂馬も攻略対象にあわせて動く主人公でしたよね。ヒロインが増えるほど桂馬もいろいろな側面を見せてくれて……。
若木: あれはもう、そのまま『ハヤテ』の方法論ですよ。週刊連載の毎週18ページの中で、女の子で新しいことをするのは難しいから、主人公で何かやるしかないと。先駆者としてのハヤテ&ナギが偉大でした。
女の子を属性で判断しない。『神のみ』の別ルートとして描かれる『結婚するって、本当ですか』
若木: でも『神のみ』の桂馬にはもうひとつ狙いがあって。「最近のギャルゲーは女の子をデフォルメしすぎじゃない?」って苦言を呈したかったんです。だから逆に、「こいつは運動部だから」「こいつはツンデレだから」って女の子を勝手にレッテル貼りする、僕がやってほしくないことをやる主人公として、桂木桂馬を作りました。
――当時のギャルゲーに対するアンチテーゼだったんですね。
若木: 誤解してほしくないのは、僕ほんとにギャルゲー大好きなんですよ。でも、だからこそ当初は「ヒロインだって普通の女の子なんだよ」ってメッセージが『神のみ』のテーマだったんです。でも皮肉なことに、みんな桂馬の方に共感しちゃったという(笑)。女子に対する偏見の方が圧倒的なパワーを持っていた。だから『結婚するって、本当ですか』は、同じテーマを違うルートで描こうとしてますね。
畑: 違うルートって?
若木: 桂馬が現れない世界で『神のみ』の栞だけを追いかけていったらこんな感じなのかなと。これも自分の世界を広げていく話だから。ギャルゲーで例えるなら、萌えの“属性”が重視されるよりも前、大昔の恋愛ゲームに近い雰囲気になってるんじゃないでしょうか。
──ギャルゲーという言葉がニッチだったころの作品に近いと。
若木: 初期の恋愛ゲームは世の中と地続きで、現実を理想化している感じでした。だけどいつしかタガが外れていって、どこにも居ないような子たちが出てくるようになったじゃないですか。
畑: 舞台が現代であっても、ある種のファンタジーを内包しているというか。
若木: そうそう。全身に萌える鎧を装着しないといけないみたいな(笑) まあ近年は、その傾向も変化してますけどね。2000年代前半のようなゴテゴテ感は減っていて、等身大の女の子の需要が高まっているのを感じます。渋谷凜とか。
──畑先生はギャルゲーは遊ばれてきたんですか?
畑: 有名作は遊んできましたけど、若木先生と比較したら10分の1もプレイしてないでしょうね(笑)
若木: じゃあ畑先生のラブコメ感ってどこから来てるの?
畑: どこから来てるんですかね? でも高橋留美子先生のイズムを勝手に引き継いだとは思っています。
若木: 留美子遺伝子を引き継いだ割には「好き好き」言いまくりじゃないですか、それを言わないのが留美子作品なんだから!
畑: 遺伝子を引き継いだ結果そうなったんです!(笑)
若木: まあ別にそのまま受け継ぐ必要はないんだけど(笑)
畑: 若木先生こそ「留美子作品に影響受けた」って公言してますよね。
──『結婚するって、本当ですか』を始めるにあたり、『うる星やつら』に対する『めぞん一刻』のように、青年誌で落ち着いた作品を描こうという意識もあったのでしょうか。
若木: ん~『めぞん一刻』を青年漫画として見てこなかったから、それは意識してません。そもそも今は少年誌と青年誌の境目も曖昧ですし。青年誌うんぬんというよりは、『スピリッツ』だから、『スピリッツ』でしか描けないものをという気概はあります。
担当編集 でも打ち合わせではよく「『めぞん』みたいな~」っておっしゃいますよね。
畑: 意識してるじゃん!(笑)
<後編に続く>
10日に公開の後編では、プライベートな「結婚観」にまで踏み込みつつ、結婚漫画で伝えたいメッセージを紐解きます。
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