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“3年おきに名字を交換する結婚”――「自分の姓」「相手の姓」どちらかでもない、第3の選択肢恋愛・結婚のかたち

新しい形の恋愛・結婚について考えていく連載「恋愛・結婚のかたち」(全5回)。第5回は、「3年おきに離婚、相手の名字で再婚」という結婚をして“名字を交換”している夫婦に話を聞きました。

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 「3年ごとに離婚&再婚し、夫の姓と妻の姓を“交代”する」――そんな結婚をしている人がいます。どうしてそのような結婚をすることになったのか。妻の阿座上さんと、夫の水落さんに話を聞きました(仮名)。

連載「恋愛・結婚のかたち」

この記事は、ねとらぼとYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。国勢調査によると、2015年時点で男性の生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚をしたことがない人)は23.37%、女性で14.06%と、1990年の男性5.57%、女性4.33%から大幅に上昇(国立社会保障・人口問題研究所の調査より)。近い将来、男性の3人に1人が“生涯未婚”の時代がやってくるとも予想されています。一方で、そうした社会背景と呼応するように、これまでの一般的な形にとらわれない、新しい恋愛・結婚のスタイルを選ぶ人たちも増えてきました。ここではそんな「新しい恋愛・結婚の形」を選んだ人、選ぼうとしている人たちを取材し、これからの恋愛・結婚について考えていきます。

「絶対変えたくない」「普通変えるでしょ」の激突

 阿座上さんと水落さんはともに20代後半。ふたりは1歳違いですが、通っていた国立大学のゼミで同期に。在学中に交際を始めました。最初に「結婚と名字」の話になったのは、意外にも付き合ってすぐ、交際2カ月ほどの段階でした。

 「私たちは、ふたりとも『付き合う相手とは結婚を意識する』という考えを持っていて、付き合ってすぐのころに結婚についての話が出たんです。それまではそんなにケンカはなかったんですが、そこで全部まとめての大きなケンカがありました」(阿座上さん)

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 ふたりが激突したのは結婚観。水落さんが阿座上さんに「結婚したら専業主婦になってほしい」「将来留学したいと思っているのでついてきてほしい」と伝えたのがきっかけでした。

 「すごく腹が立ちました。私には私のやりたいことがあるので受け入れられないし、主婦になるために勉強したわけじゃないと。社会人になってからは男女の不平等を感じますが、学生のときは男女はイーブンだと思っていたんです。そんな考え方があるんだと初めて知って、その日は泣きながら帰りました」(阿座上さん)

 その大ゲンカの中で出てきたのが、「名字」について。阿座上さんは「絶対に阿座上がいい」、水落さんは「普通は男性の姓、水落になるんじゃない?」と意見が分かれた――と振り返ります。

 阿座上さんは物心がついたころから、自分の母と母方の祖母の名字が違うことが不思議だったといいます。「名字を変えるのは嫌じゃなかった?」と母や祖母に聞いたこともあったとか。

 「自分の名字がすごく気に入っているし、学生時代に書いた論文や仕事の業績も名字に紐づいています。友達から呼ばれることが多いのも名字のほう。自分の歩んできた“履歴”のようなものが名字にあって、大人になるにつれてどんどん『結婚しても姓を変えたくない』という気持ちが強くなっていました。一時期は、『阿座上』の男性を探して結婚しようかと思っていました(笑)。名字についての考え方で、『絶対に変えたくない』と『普通は変えるでしょ』だったら、強い思い入れのある私の方が優先されるものではないか……とすごく怒りましたね」(阿座上さん)

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 結婚観が合わないかもしれないと判断しかけた阿座上さんに対して、水落さんは、「正直、『変な人だな』と思いました」と当時を振り返ります。

 「想像もしていなかったことを言われたというか……。当時は、『普通は結婚したら男性の名字になる』ということしか知らなくて、それ以外の選択肢を考えたことはなかったし、ありえない、自分の姓は変わらないものだと思っていました」(水落さん)

決まらない名字、“3年おき”のアイデア

 そのときのケンカはいつの間にか収まっていましたが、いざ結婚が本格的になった段階で、再び「どちらの名字を選ぶか」の選択が差し迫ってきました。ふたりは結婚式を先に行い、新婚旅行先で、「どちらの姓で婚姻届を出すか」を決めました。

 「それまでも名字問題は何度か話題には出ていたんですが、そのたびに平行線だったんです。平等に決めたいと思っていて、くじやじゃんけんなどの一発勝負で決めようか、と話したりもしました。でもそこで相手の名字に決まってしまったらと思うと、踏ん切りがつかないところがありました」(阿座上さん)

 この記事の最初に紹介した「3年ごと」のアイデアは、水落さんが提案したものでした。

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 「僕は公務員として働いているんですが、職場の女性は旧姓を使っている人が多くて。名字を決めかねているという雑談をすると、主に女性の同僚から『わかるな~』と反応が返ってきていました。その中で『知り合いに、3年ごとに離婚・再婚して名字を交換している人がいるよ』と教えてもらったんです」(水落さん)

 そのアイデアを聞いた阿座上さんの反応は「すごいフェアだと思いましたし、超めんどくさいとも思いました(笑)。でも、私の中では『自分の姓か相手の姓か』の2択しかなかったところに、3番目の選択肢だなと。そういう切り替えは彼の方が柔軟なんですよね」。そして、まずは夫の「水落姓」で婚姻届を提出し、3年後に一度離婚、妻の「阿座上姓」で再婚することを決め、2人は結婚しました。

3年後、「水落」から「阿座上」へ

 2人の選択に、阿座上さんの父は猛反対したといいます。

 「父は『そんなことしたら生きづらい』『そんなのはよくないと思う』と何度も言ってきました。最初の結婚のときは水落姓だったので、手紙であえて『水落様』と送ってきたり、共通の知人との席に『水落』で先回りで参加申し込みしてきたりで、『娘を水落姓として扱っていれば、慣れるだろう、慣れるべきだ』という雰囲気がありました。母も『信じられない』『何をバカなことを』と言っていて、妹は『好きなようにやったらいい』、祖母は少しうれしそうでしたね。特に父とは大ゲンカして、何カ月も顔を見せないでいたら、向こうが折れたというか……姓に関する話を出してこなくなりました。今では『夫婦別姓まだかよ』などと声をかけてくるようになりました」(阿座上さん)

 また阿座上さんは職場で旧姓使用が認められておらず、水落姓を名乗りつつも、「数年後には旧姓になります」と連絡。それを聞いた同僚から「それって処理をする事務の人に迷惑じゃない?」と言われ、「迷惑ですが何か?」と言い返した――ということもあったのだとか。

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 「妻からその話を聞いて、確かに迷惑なのかもしれないけれど、名字や呼び名の問題は事務作業的な問題よりも、もっと大切な問題なのではと思います。『迷惑だから』という言葉で片付けていい問題ではないのではないでしょうか」(水落さん)

 その結婚から3年後。ふたりは2019年に書類上離婚し、今度は阿座上姓で再婚しました(ちなみに、再婚相手が前婚の相手の場合、再婚禁止期間は設けられず、すぐに再婚ができます)。夫の水落さんは職場では旧姓として「水落」を使い続けており、旧姓使用に寛容な職場のため、あまり戸籍名を実感することはないといいます。水落さんの家族には名字を変えたことをなんとなく話しそびれているものの、「そこまで大事にならない気がする」(水落)と話します。

 「現在の戸籍名で呼ばれるのは、病院くらいですね。『阿座上さん』と呼ばれても、とっさに反応できません(笑)。だから、病院での対応は早く変わってほしいな、と思います」(水落さん)

 2019年から、住民票やマイナンバーカード、運転免許証に旧姓の併記ができるようになりました。水落さんのマイナンバーカードと運転免許証を見せてもらうと、現在の戸籍名である「阿座上」の横に、「旧姓:水落」と記載があります。それぞれの名義変更手続きは合わせて丸1日ほどかかったとか。


旧姓併記ができるようになった運転免許証(参考:運転免許証への旧姓併記について

 ちなみに、結婚することを「入籍」と表現することがありますが、実際は「どちらかの籍に入る」のではなく、「夫婦の戸籍を作る」というシステムになっています。阿座上さん水落さん夫妻は、まず水落姓でふたりの戸籍が作成されたのち、離婚によってふたりの戸籍から妻が除籍(水落さんのみ)。阿座上さんは両親の戸籍に戻るか一人戸籍を選ぶことができますが、一人戸籍を選んで阿座上の新しい戸籍を作り、その上で再婚すると水落さんが改めて阿座上の戸籍に入ることになります。

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 「こうやって結婚していると、戸籍とか本籍といったシステムについて詳しくなりますし、ハックする方法も見えてきて、システムそのものへの疑問も出てきます。仕方なく使っていますが、なんだか無駄なことをやっているなあと思う時がありますね」(水落さん)


戸籍はこの画像のようなイメージがあるが、現在はほとんどの戸籍が電算化されている。紙で戸籍を管理していたときは、離婚するときは前妻に「×(バツ)」がつけられていた。これが「バツイチ」の由来である(参考:夕張市Webサイト

現在は戸籍はこのような形で管理されている。ちなみに阿座上さんと水落さんが離婚→再婚したときは、戸籍の処理に時間が必要とされたため、当日中の再婚はできなかったという

名字はアイデンティティーの本質

 こうして、「阿座上」「水落」の姓を3年おきに“交換”しているようなふたり。読者のみなさんは、「結局ふたりはどっちの姓のつもりなんだ?」と混乱している方もいるかもしれません。記者も同様の質問を聞いてみました。

 「今は妻の姓である『阿座上』ですが、僕は自分を『水落』だと思っています。妻も水落姓だった3年間、『自分は阿座上だ』と思っていた。昔は結婚したら相手が自分の名字になるものだと思っていましたが、確かに考えてみたら自分も相手の名字になるのはなんとなくイヤで、だったら相手もイヤだろうなとわかりました。こういう結婚をしてみて、伝わるかはわかりませんが、僕も水落で“大丈夫”だし、彼女も阿座上で“大丈夫”という気持ちでいます」(水落さん)

 つまりふたりの“名字の交代”は、あくまでも戸籍においてだけであって、最初の結婚からずっと「阿座上さんは阿座上さん」「水落さんは水落さん」ということでした。

 「やはりやってみて、交代でやるのはいろいろな不具合があるなと感じています。ひとつしかないものをふたりで使わないといけないからやっているだけで、ふたつあるものをそれぞれで使えるのならそっちのほうがいい。選択的夫婦別姓にはすごく期待していますが……議論が進んでいないのでもどかしいです。自分の人生に関係ないのに、人の人生に口を出す人が多すぎるように思います」(阿座上さん)

 ちなみに、ふたりにはまだ子どもがいませんが、もしできたら生まれたタイミングでの戸籍名にしようと話しているとのこと。大人になるまで子どもの名字はできるだけ変えず、最終的に自分でどちらの姓がいいか選んでほしいと考えているといいます。

 「名字が違うと家族のきずなが生まれない――といった反対意見を見たことがありますが、全く気持ちがわかりません。結婚の本質は名字ではないけれど、アイデンティティーの本質には名字が関わってくる。家族の形は、もう自分たちで考えて作っていく時代だと思います。個人を大切にしつつ家族の形を考えられる、そんな選択肢が増えてほしいですね」(阿座上さん)

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