「3日徹夜は当たり前!」でも「ブラックとはちょっと違った?」 壮絶だけど楽しい70年代少女マンガ家アシスタント事情
『薔薇はシュラバで生まれる』をレビュー!【試し読みあり】
1971年の春、中学3年生の少女が初めて出版社にマンガの持ち込みに訪れました。原稿を見てくれた編集長の厳しい指摘に意気消沈した少女ですが、その編集長の気遣いで、のちに『ガラスの仮面』(1976年)を発表する美内すずえの仕事場に行くことに。そこで、彼女は生き生きとした目で創作の楽しさを語る美内に出会います。少女もその後マンガ家としてデビュー。作品制作とアシスタント業務を並行させながら、多くのマンガの現場に足を運びます――。
アシスタントとして多くの巨匠の仕事に立ち会いながら、自身もマンガ家として活躍した笹生那実によるエッセイマンガ『薔薇はシュラバで生まれる』は、少女マンガの黄金時代と呼ばれた70年代の状況をいきいきと描いています。ちなみに「シュラバ」とは締め切り直前の「時間との戦い」状態の作画作業のこと。
登場する作家たちは皆、70年代当時の本人たちの画風で描かれており、美内すずえは北島マヤのようにくるくると表情を変え、くらもちふさこは伏し目がちに微笑み……とサービス精神旺盛。描き手の画風を知っていると、思わず顔がほころぶ豪華な作りになっています。
どうして70年代が「少女マンガの黄金期」と呼ばれるのか?
本書の最大のポイントは、70年代の少女マンガが何をどのように描いてきたかが細かに描写されているところでしょう。
本書の中には、笹生が山岸凉子の『天人唐草』(1979年)掲載時の衝撃を「天人唐草読んだ!?」「山岸先生ってほんと改革者だよねー」とマンガ家仲間と熱く語る場面があります。
なぜ山岸凉子は改革者と呼ばれたのでしょうか? それは、少女マンガの主人公の多くが10代か20代初頭だった当時、30歳のさえない女性を主人公にし、抑圧された女性の内面と、彼女を取り巻く社会を、読者である女の子に向けて描いたからです。その後、山岸は聖徳太子を主人公にした『日出処の天子』(1980年)を発表し、再び少女マンガ表現の枠を大きく広げます。
もう一つ印象的なのが樹村みのりとのエピソード。女性同士の恋愛を描いた『海辺のカイン』(1980~81年)、日本国憲法の人権の章に男女の権利の平等を盛り込んだベアテ・シロタの評伝『冬の蕾』(1993~94年)など、繊細な心のひだを描いた作品から、社会派の作品まで、幅広い題材に取り組んだ作家です。
12歳の少女がレイプされるという衝撃的な描写のある『40-0』(1977年)。制作中に樹村は、「女の子が酷い目にあっても尊厳まで傷つく必要なんかない。負けてはいけませんよっていうのがテーマなの」と笹生に話したといいます。同時代の映画や小説の中では「傷つけられた女性は不幸になるしかない」という展開が定番だったころに、たとえ心無い人に踏みにじられようとも、尊厳を捨てない少女を描く――そんなエポックメイキングな作品だとあらためて伝わってきます。
過酷なシュラバ……でも、楽しかった!
70年代、まだ少女マンガが「女子ども」のものとして軽んじられていた頃、彼女たちがどのようなメッセージを読者に向けて発信していたのか。本書にはそれが克明に描かれています。
そして、新しい表現を作っていった人々による過酷なシュラバの思い出は、体力的にはとてもきつそうだけど、楽しそうでもあります。
次号の展開に迷いA案とB案のどちらがいいかをアシスタントに相談する美内。業務に追われて制作ができないアシスタントを、励ましたりベタ塗りを手伝ったりする樹村。編集者主催の自主勉強会で出会った仲間同士でくらもちの家におしかけ、わいわいおしゃべりしながらのアシスタント。北海道在住の三原順が、集中して原稿をするために東京に来た際に、次々訪れるマンガ家仲間たち……。
本書の最後には、現在の笹生が当時のマンガ家仲間と雑談する場面があります。2~3日の徹夜の後の24時間睡眠という生活を思い出し、「あんな生活しちゃダメ」と笑うマンガ家たち。彼女たちは、それでも「ブラックとはちょっと違った」と口にします。
労働条件という意味ではどう見てもブラックな職場を、彼女たちがそうとは思わなかったのは、「先生とアシスタント」が単なる雇用主と労働者ではなく、新しい時代を作っていく同志だったからでしょう。
女の子が「女子ども」のために描きはじめ、今では多くの人々の心を捕らえるようになった少女マンガ。その発展の過程をつぶさに記した本書に、70年代のシスターフッドとも言うべき現場が描かれているのは、なんだか胸が熱くなります。
※記事内の作品名後ろの西暦は発表年
『薔薇はシュラバで生まれる』試し読み
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