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人生で詰んだ40歳おじさんの、VR世界での恋物語 『VRおじさんの初恋』はロスジェネの絶望を救うのかあのキャラに花束を(1/2 ページ)

Kindleの少女漫画売れ筋ランキング1位の主人公が、40歳のおじさんになるなんて。

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 暴力とも子の『VRおじさんの初恋』というマンガが単行本発売の2月25日を目前にして、Twitter上でバズっています。一迅社ゼロサムオンライン著者本人のnoteなどでも発表され、その際もTwitterでバズっていた作品ですが、再掲で3.3万リツイート、9.2万いいねを記録しているのは目を見張るものがあります。

 主役は40歳童貞のおじさん。この作品が受けたのは、物語の作りやVRのモチーフなどもさることながら、多くの人に引っ掛かる何らかのフックが随所にあったからのはず。発売前の2月23日現在、Kindleの少女漫画売れ筋ランキングで1位を取っています。

チョビに囲まれるおじさん(2月23日時点)

 作者はnoteでこの作品を「VRでもぼっち遊びをしていたロスジェネおじさんがアバター相手に恋愛感情を抱く話です」と述べていました。30代、40代……バブルの後、ゆとりの前、いわゆるロスジェネ世代がさまよう、真面目に働いてきたけれども幸福になれない答えのない人生を、そのままに受け止めた作品です。

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※以下、作品内容についてのネタバレが含まれます

40歳独身男性、VR世界で美少女に出会う

 表紙を見ると、「VRで女の子に出会ってハッピー」じゃない、ほのかな喪失感ややりきれなさがちらついて見えます。線路を歩くといえば思い出すのは「スタンド・バイ・ミー」。二人と鉄道といえば『銀河鉄道の夜』あるいは『小さな恋のメロディ』。線路って永遠に続きそうな希望を感じる。でも、必ず終点がある。

線路はどこまでも続くし、どこかで終わる

 左のセーラー服の女子学生が、40歳独身男性派遣社員のナオキ。リアルの社会では全然冴えないおじさん。仕事にいそしむでもなく、趣味に没頭するでもなく、友達がいるわけでもなし。

 彼はVRの世界に入り浸っています。そこでも誰かと話すこともしていません。サービス終了間際のワールドをウロウロして、一人終末を味わうというどんよりした楽しみ方をしています。ここ、人によってはかなり「分かる!」ポイントの一つ。

 そこで唐突に出会ったのが、痴女すぎる格好でフラフラしている美少女アバターのホナミ。なぜかナオキにベタベタとくっついてくる。仕方ないのでナオキはVR世界の案内や解説をすることに。

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 そこそこ一緒にいる時間が長くなってきたときでも、心を開かないナオキ。しかしホナミは唐突に、彼(アバターだと彼女)に接近しキスをしてきます。

 そもそもの問題として、序盤はホナミのアバターの中にいるのが誰なのか全く分かりません。ホナミ側もナオキがおじさんだとは知りません。実はホナミは、ナオキより年上のおじいさん。要するにネカマ同士。お互いのリアルの正体が分かってから、物語は二人の関係性をさらに本気で掘り下げます。

頑張れとか幸せになれとか言われても困る

 ナオキは現実世界のみならず、VR世界でも人と関わることをしていません。VRの世界に行くのは現実逃避でも全然いいわけですが、逃避先ですら彼は自身で幸せを見つけようとしません。できないしするつもりがないからです。なんだか不器用な生き方ですが、こういう心境だと無理にはしゃいでも疲れるだけだからどうしようもない。

 バーチャルを描いた傑作映画といえば「サマーウォーズ」や「レディ・プレイヤー1」が真っ先に頭に浮かびます。仮想の世界での本気を肯定してくれる、そこにあるワクワクの感情を描いてくれる作品です。間もなくこの世界が訪れることに、憧れが湧き上がります。

 でも「憧れ」と「共感」は別物です。確かにこの2つの映画のバーチャルの在り方は希望と憧れにあふれています。バーチャルに行ってこんなことをしたい、というイメージを無限に刺激してくれる作品でした。

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 けれども映画を見ている自分は、登場人物たちとはそもそもの生き方が違うことにも気付かされてしまいます。隣にかわいい美少女の先輩も、元気な大家族も、褐色の少年もいない。VR世界内で一緒に戦う仲間もいないし、そのまま現実世界で共同経営者になるわけもない。週に2日仮想世界を休みにして現実世界を楽しめとか言うの、マジで勘弁してほしい。……いやまあ、あなたたちの方が正しいんだ、っていう気持ちは正直わくので、言わんけどさ。バーチャル世界でガンダムになれても、リアルではあの人らにはなれないんだよなあ。

 頑張ろう、って言われても困ってしまう。無理なんだもの。仮想の世界で友達を作ろう、現実世界にも還元しよう、とか背中を押されるのはただただしんどい。かといってポジティブな意見に対しては反論もできない。考えるほどに惨めになるだけ。VR世界の隅で体育座り。

みんなの考える幸せからの脱落はVR世界でも変わらない

 VR空間は「新しい可能性を手に入れられる場所」です。でも「自動的に幸せが降ってくる場所」ではありません。『VRおじさんの初恋』のナオキはVR空間の中ですらも、他の人のような交流や自己顕示ができません。したくなかったからです。誰かと親しくするとか、新しいことに挑戦するといった、人類の最大公約数的な幸福がとにかく感覚とかみ合わない。

 この作品はポジティブ思考が肌にあわないこと自体が苦しみになっている人たちの喪失感を、否定しません。「そういう人間もいる」というのを丁寧に描いています。

正しくないおじさんたちの幸せ

 タイトルにある通り、主役はおじさん。だからVRの美少女シーンだけでなく、頻繁におじさんとおじいさんのやりとりが描かれます。

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 VRで美少女アバター同士だったナオキとホナミが、現実でおじさん・おじいさんとして初めて出会う瞬間は、ぜひマンガのコマで見てほしいです。双方が言葉にできない感覚で引き合わされた特別な距離感です。かと言ってそれほど誰かに自慢しようと思うものでもありません。行き詰まったおじさんたちの素の姿です。

そういうことなんだよなあ

 ホナミの孫の葵くん。二人の関係が分からない第三者です。知らないおじさんと自分のおじいちゃんがVR世界で美少女アバターをまといセックスしていたとなると、ちょっと受け止めきれない。「自分のSNSが家族に見られた」とかのレベルじゃない。

 この作品でのナオキとホナミの関係は、とても透き通ったものに見えます。しかし作品は二人を「正しい」と高める表現はあえて描いていません。ホナミは結局おじいちゃんとして葵くんに二人の関係を見せたくありませんでした。なにより「なぜおじいちゃんが部屋で一人でVRに入り浸っていたのか」という部分も考えねばいけません。

 ナオキもホナミと会えたこと自体は喜んではいますが、現実世界の冴えない生活がなんら変わったわけではないです。世間一般でいうところの平均的な「健全」とは程遠い。二人の距離は「間違い」ではないけれども、それは「正しい」ことの証明にはならない。

 作者も指摘していましたがよく見かけるのは「ナオキが40にしては老けている」という話。40歳の平均値と比較した場合、その指摘は「正しい」です。しかしこういう方は実際に存在するわけで、読者側が平均値側の価値基準と比較してしまっている時点で、ナオキは読者からも個性を拒否されていることになります。行き詰まって失望しか無い人間が他人の目にどう映るか、どう弾かれてしまったのかがまんま反映されてしまっている。ここに気づいた時に「第三者から見て正しいか否か」はキャラクターの人生にとって、ほとんど意味がないことに気付かされます。

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定義なんてできない

 性別とか年齢とか現実とか仮想とか、幸せとか不幸とか。そんなの感情の問題だから線引なんてできない。ましてやナオキとホナミの関係はなんなのかなんて、正しいか間違いかなんて、考えたところで答えなんてない。あるのは「おじさんが初恋をした」という事象だけです。

 「答え」を喪失したロスジェネ世代の悲しみ。行き場のない感情をあたたかく受け止めつつも、どこか冷静に突き放して淡々と描く姿勢も見られるから、この作品は読者の価値観をガシガシ揺さぶります。手放しに二人を祝福したいけれども、読者は現実で色んなものを失ってきた「おじさん」のしょぼくれた姿も度々見つめ直す羽目に陥ります。だからこそより、本質としての初恋、おじさんのシンプルな感情が結晶になって残ります。

SFではない、今の話

 作中で描かれているVR世界は、未来を描いたSFにも見えますが、実際はもう既に起きていること。ヘッドマウントディスプレイ(めちゃくちゃ安くなりました)を装着してバーチャル世界で生きていくのが当たり前の世界は既に到来しています。今だとVRChatがバーチャル空間として世界的に有名です。

 それぞれが自身の求めるアバターを身にまとい、理想の生き方をしています。そこには性別も年齢もありません。ただなんとなくゲーム感覚で遊んでいる人もいれば、見たこともない相手とお付き合いをする人もいます。

 もう既に来ている世界の話、として読むと味わいはだいぶ変わるかもしれません。既にVR体験をしている人は、感情移入度は何倍にも膨れ上がると思います。VRに入ってしまうと「見ず知らずの誰かだから、リアルを知らないと怖い」という感情、割と簡単に吹っ飛ぶものです。

 寒いところが苦手な人が温かいところに移住するように、現実世界で生きづらい人がVR世界で働くようになる時代は、もうすぐそこまで来ています。そうなるとSNSで人間関係が急激に縮まったときと同様、VRの人間関係の考え方もどんどん変わっていくはずです。そんな激動の時代にあっても、隅っこの方に縮こまるであろう美少女おじさんの姿は、普遍的に人の心を刺激する物語として残っていきそうです。

(C)暴力とも子/一迅社 2021

たまごまご

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