カラースプレーで白くなったランドセルのまま6年間 いじめから逃げたくても逃げられなかった“登校ルール”(1/2 ページ)
いじめっ子と距離を置きたくても置けない。
「学校は机に座って勉強するだけの場所ではない」とよく言われますが、それゆえにさまざまな事故やトラブルも起こりうるもの。ねとらぼ読者からそんな体験談を伺う本企画、今回は「小学校6年間いじめから逃げられなかった理由」のお話。
いじめっ子と距離を置くことができない集団登校
30年前の話になりますが、私が小学生のころ住んでいた地域では集団登校を行っていました。生徒全員がそろうまで待っている間、どうしてもいじめっ子と一緒になってしまうことがあって……。
―― 現実問題として「いじめをする人がいる」というのは仕方ない側面もありますが、「集団登校というルール上、その人と距離を取ることができない」のがツラいですね。
小学1年生のある日、その待ち時間のとき、いじめっ子は捨てられていたカラースプレーを私に向けて噴射。健康被害はなかったのですが、ランドセルの背面の目立つところに飛び散って。それで私は卒業までの6年間、スプレーの跡がついたランドセルのまま学校に通うことになりました。
いじめっ子は私が4年生のころ転校していったのですが、その後も彼の取り巻きによるいじめが続きました。また、ランドセルにかけられたスプレーは白色で、黒ランドセルにはよく目立ったのでいじめっ子たちとうまく距離を置くことができず、さらなるいじめを呼び込む誘蛾灯になりました。
―― 具体的にはどんないじめを受けていたのでしょうか?
バラエティ番組の暴力的なコントをマネたものが大半。現在とはコンプライアンスも価値観も違いましたしそれこそ子どものやることだったから、周囲が止めに入ることもありませんでした。
こういった経緯から集団登校というものに信用が置けなくなってしまい、卒業時の「6年間の思い出」をテーマにした作文では、このいじめについて書きました。
―― 小学生時代の締めくくりに書くことが、いじめの話ってけっこうな事態ですよね。
ですが、ほぼ誰にも顧みられることはなかったと思います。
防犯上の関係もあってか現在でも集団登校という仕組みは根付いていますが、それと同時に、30年前に私が感じていた問題も残ったままなのではないか、と思っています。
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