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「動物の死体を厄介なものと捉えるのは、人間だけ」 大阪湾の迷いクジラ「淀ちゃん」の海洋投棄は妥当だったのか? 市・博物館・専門家に聞いてみた(3/4 ページ)

「死」に対して、どう向き合っていくのか。

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田島先生「死体や腐敗臭を厄介なものと捉えるのは、人間だけ」

―― マッコウクジラは本来、死んだらどうなるのでしょうか

田島先生: マッコウクジラに限らず、生物は死んだら水に浮かんだ後、腐ったら沈みます。人間もそうですが、生前の哺乳類は沈む方が大変です。死んでしまうと、体にたまるガスや皮下脂肪によって浮力が増し、自然に浮いてしまう場合が多いです。

 時間がたち腐敗が進むと、肉体が朽ちたり、他の生物に食べられたりして、身体に穴が開いてガスが抜け、沈み始めます。ただ、実際に調査をする際には、そこまで待っていられないため、人工で穴を開けます。

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マッコウクジラ(画像は国立科学博物館「海棲哺乳類データベース」より)

―― 沈下による自然への影響は、どういったものが考えられますか?

田島先生: クジラの死体が海に戻れば、他の生物への栄養となるため、食物連鎖の一環として働きます。基本的に、全ての生物の死体は自然にかえり、そこからまた新しい命が育まれるので、そこから多様性も生まれます。

 一方、人工的に沈下させた場合、死体を沈めるためのロープや重りがかえって、環境にあまり良い影響を与えない可能性があります。クジラの死体とは異なり、そういった人工物は分解されずに残るためです。

 では、埋設はどうかというと、こちらはこちらで砂浜に埋めれば死体が微生物によって分解され、自然の糧となるため、自然に悪影響を及ぼすということはほとんどありません。

 腐敗臭はもちろんいい臭いとは言えず、動物の死体も気持ちの良いものではないかもしれませんが、極端に嫌がっているのは、人間だけなのかもしれません。むしろ死体というのは自然にとっては恵みとなることが多いので、自然界の生物たちは、「こんなごちそうを、そんなに嫌がらなくても……」と思っているかもしれませんね。

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―― 確かに、死は生物にとって自然な現象ですよね。人間が忌避しすぎているのかもしれません

田島先生: 多くの方が、博物館で標本を見るときには「きれい」と言ってくださいます。けれど、生々しい死体の話になると、どうしても避けたくなる気持ちになられる方もいます。それはそれで理解できるところですが、博物館の標本も動物たちの死体から作られることが多いことも知っていただけたら幸いです。

 そうした標本を作るためには、関係者たちが死体と真摯に向き合い、標本化という工程を担うことになります。標本にするまでの過程では、確かに強烈な臭いが生じたりしますが、そういう工程を私たち専門家が担当することで、さまざまな活動や教育普及に活用していけるのも事実としてあります。

 実は、こうしたクジラの死体の漂着というのは、国内外ではよく起こっていることなんです。そういうとき、海外では標本にするということが多く、日本でも不可能なことではありませんでした。

 そうした事情を踏まえると、沈下という判断は、個人的には「死を遠ざけた」という印象なんですね。今回、大阪湾に迷い込んだマッコウクジラは「淀ちゃん」と名付けられ、全国の関心が集めました。だからこそ、「淀ちゃん」の標本化は、子どもたちに“いのち”について知ってもらういい機会だったのではないかと考えています。そうした機会が失われてしまったのは、非常に残念なことです。

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 しかし、これは大阪市だけの問題ではありません。現代の日本全体がそういう生々しく、センシティブなところに目を向ける余裕がなくなっているように感じます。標本化を進めるためには、まず国民のみなさんにもこうした自然界で起こっている現実を知っていただくことが大切になります。それが不十分だったのかもしれない点は、私たちも反省しています。

 例えば、沈下が決定した後、クラウドファンディングをして資金集めに奔走するというアイデアが上がり、「そういう手もあったのか」と勉強になりました。多くの人に私たちの調査活動の意義を理解していただき、ご協力をいただくために、今後はそうした手段も活用していきたいと考えています。

―― 「淀ちゃん」と名前を付け、人間的に扱うことについてはどう思いますか?

田島先生: これは非常に個人的な考えですが、愛玩動物は別として、野生の動物を人間的に扱うということについては、少し抵抗があります。そのため、私はなるべく「大阪湾のマッコウクジラ」という呼称を使うようにしているんですね。ただ、皆さんの記憶に残るという点においてはよいことだも思います。

 一方で、人間的に扱うとするならば、今回のクジラの死体は変死体ということになります。人間であれば変死体は必ず法医解剖されることになっていますから、その理屈に沿うのであれば、今回も調査して死因を解明したあと、埋設して標本化するという方が自然です。そのあたりは曖昧になっているなと感じますね。

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―― 最後に、沈下という判断に対してお考えをお聞かせください

田島先生: 犬や猫とかだと、「人間で言うと○○歳」のような言い方がありますよね。でも、クジラは正確な寿命が分かっていないので、そのように換算できない種が多くいます。

 今回、私は大阪湾のマッコウクジラについて「大人です」と判断しましたが、例えばいつから子を産めるのか、寿命はいくつなのかなどは分かりません。他にも、どこに住んでいるのかとか何を食べているのかとか、本当に当たり前のことすら分かってないんですね。

 「炭鉱のカナリア」という言葉はご存じでしょうか? 炭鉱には窒素やメタンなどの有害物質が発生していることがあるのですが、目には見えない上、昔は測量できる装置などがなかったこともあり危険でした。そこで、有毒ガスの濃度が高いと鳴き声が止むカナリアの性質を利用し、安全かどうかを確かめていたんです。

 クジラの場合も同じことが当てはまるのではないでしょうか。海洋にすむクジラに起こっていることは、いずれは人間にも生じるかもしれない。もっと言えば、今現在も影響を与えているかもしれません。クジラは哺乳類で、カナリアよりも人間に近い存在です。クジラを知るということは、私たち人間を知ることにもなります

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 今回は十分に調査することができず、クジラの死因は不明なままですが、例えば、仮にそれが海洋プラスチックやDDTs、PCBsなどの海洋汚染によるものだったとした場合、私たち人間への影響も無視できません。

 死体からメッセージを紡ぐ――そのためにはまず知ることが大事です。大阪湾のマッコウクジラに関しては、日本の周辺に生息しているかどうかも、どうして迷い込んでしまったのかも分かっていません。「調査した結果分からなかった」のと、「調査しなかったから分からなかった」との間には、大きな差があります。

 大阪湾のマッコウクジラは「淀ちゃん」と名前を付けられ、全国的に多大なる注目を集めました。報道などを通じて「かわいそう」と感じた人も多かったと思います。それは、いうなれば、その瞬間、クジラの死は“他人事”から“自分事”になったということです。標本化が実現していれば、博物館を訪れた一人一人に生死について深く考えさせる、良質な教材になっていたと思います。

 当たり前が分からないと、異常は見えてきません。今回は、クジラの生態を解明し、私たち人間への影響を推し量り、そして、多くの国民に生命について考えてもらう絶好のチャンスでした。その機会が失われてしまったのは、とても残念なことです。

 ただし、それは大阪市だけの責任ではありません。繰り返しになりますが、その一端は、日本全体で自然や生物と向き合う余裕がなくなっていることにあるのではないでしょうか。今回の経験を通じて、見えてきたこともたくさんありました。私たちは、その反省を踏まえ、今度はご理解をいただけるよう、次につなげていきたいと思います。


 突如私たちの前に姿を現し、日本中の関心を集めたマッコウクジラ「淀ちゃん」。その行く末を見守る過程で、国内にはさまざまな感情や議論が生まれました。

 その死から、私たちは何を考えていくべきなのか。一体、その死とどう向き合っていくべきなのか。行政と学問、異なる立場からの見解を知り、一人一人が「淀ちゃん」の死について深く考えていく。それこそが、一番の弔いとなるのではないでしょうか。

 

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