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予想を覆して当選したトランプ前大統領 あの衝撃の背景にあった「闇」とは……:映画「ウィンターズ・ボーン」評(2024年米大統領選挙を映画で予習)(1/3 ページ)

米ニュージャージー州在住の冷泉彰彦さんが解説。

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 ドナルド・トランプ前大統領は2016年、大方の予想を覆して当選した。その背景にあると言われたのが、貧しい白人層「ヒルビリー」の存在だ。現在「2024年アメリカ合衆国選挙」に向け、早くも民主党・共和党の両陣営による“争奪戦”が各地で繰り広げられている。そんな中、あらためてあの衝撃の背景には何があったのか顧みたい。映画「ウィンターズ・ボーン」について、米ニュージャージー州在住の作家・ジャーナリストである冷泉彰彦さんが解説する。(「2024年米大統領選挙を映画で予習」1回目/全2回)

ジェニファー・ローレンス主演「ウィンターズ・ボーン」(画像出典:Amazon.co.jp

(文:冷泉彰彦  編集:上代瑠偉)

スポットライトが「ヒルビリー」に当たる契機となった

 大ヒットしたディストピア・ファンタジー映画「ハンガー・ゲーム」シリーズで、人気ハリウッド俳優に仲間入りしたジェニファー・ローレンスだが、その出世作となったのが「ウィンターズ・ボーン(デブラ・グラニク監督、2010年)」だ。この時点でローレンスは、すでに「あの日、欲望の大地で(ギジェルモ・アリアガ監督、2008年)」で注目を浴びており、2年後の「ウィンターズ・ボーン」における演技は、彼女の評価を決定的なものとしたと言える。

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大ヒットした「ハンガー・ゲーム」シリーズ(画像出典:Amazon.co.jp

 それにしても「ウィンターズ・ボーン」は鋭いナイフのような作品だ。もっと言えば、アメリカという国の持っている底なしの「闇」へと観客を連れて行くと言ってもいいだろう。舞台は、ミズーリ州南東部のオザーク高原と呼ばれる地帯である。雑木林の中の一軒家に暮らす17歳の少女リーは、父親が失踪しており不在となって久しい。そのため、病気の母親と幼い弟妹を養い守る存在として、リー自身が家長の役を務めざるを得ない。警察組織が浸透していない丘陵地帯で家族を守るには武装しなくてはならず、リーは当然のように銃を操る。

 やがて、父の行方の手がかりが浮上する中で、リーは丘陵地帯の人々が麻薬の密造に関与していることを知る。父は麻薬事案で逮捕され保釈された後に姿を消していたのだった。逃亡を続ける父が期日までに出廷しないと、未払いの保釈金と相殺されて一家の住む家は没収され、リーの家族は路頭に迷うことになる。何としても父親を探し出さねばならない。闇の雰囲気漂う高原地帯を奔走するが、住人たちは決して協力的ではない。そんなリーの行動は麻薬密造者たちに警戒され、身に危険が迫る……。

 寒々とした雑木林に覆われ、人々は点在する貧しい家に暮らす丘陵地帯は、その全体を貧困が覆う中で犯罪と暴力が深く浸透していたのだった。このような丘陵地帯に住む白人の総称として「ヒルビリー(山の住人)」という言葉がある。多くがアイルランドを経てきたスコットランド系だという、その「ヒルビリー」の存在にスポットライトが当たったのはこの映画が契機であった。

 映画の原作は、このオザーク高原地帯の出身である作家のダニエル・ウッドレルだが、彼の作品については「ヒルビリー」という言葉より「カントリー・ノワール(地方の暗黒)」という言われ方が多かったようだ。ちなみに、アン・リー(李安)監督が監督した南北戦争期における、この地域の「闇」を描いた「楽園をください(1999年)」もウッドレルの原作である。

映画の原作となった小説『ウィンターズ・ボーン』(画像出典:Amazon.co.jp

2016年の大統領選で「ヒルビリー」の存在が一般的に

 この「ウィンターズ・ボーン」で多くの人々に知られることとなった「ヒルビリー」の存在が、より一般的になったのは、後に2016年の大統領選でドナルド・トランプが衝撃的な勝利を得たときであった。多くのアメリカの知識人たちは、この「ドナルド・トランプ当選」という衝撃の背景を何とか説明しようとしていた。

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 そんな中で、この「ヒルビリー」の存在がトランプ当選の鍵を握っていたという「解説」が作られていった。つまり貧困に苦しみ、グローバルな社会から無視され、プライドを徹底的に「へし折られた」白人層の「怨念」が、オバマやクリントン夫妻のようなエリートへの憎悪から、トランプを当選させたという説明である。

 具体的には、2016年には、後に上院議員になるJ・D・ヴァンスの自伝『ヒルビリー・エレジー』という本(2020年にロン・ハワード監督によってNetflixで映画化)が話題になっていた。ヴァンスの出身はオハイオ州のシンシナチ近郊のミドルタウンという町であり、鉱工業の衰退という問題を抱えている地域だ。つまり、厳密にいえば「ヒルビリー」と言ってもさまざまなのである。ヴァンスの描いたオハイオ州のミドルタウンはアパラチア山脈の西麓にあたるし、ここでの「忘れられた」という意味には製造業の衰退が重なる。

2016年に話題になった『ヒルビリー・エレジー』(画像出典:Amazon.co.jp

 一方で、「ウィンターズ・ボーン」の舞台となったオザーク高原地方は、そこから600マイル(約1000キロ)以上西にあたり、もはやアパラチア山系とは言えない地域である。貧困の原因も、そもそも開拓の不可能な高原や丘陵に「人里を避けて」暮らすという生活形態にあり、その要因は民族的、歴史的経緯にさかのぼってゆく。製造業の盛衰などという分かりやすい話ではなく、孤立がゆえの閉鎖性が自分たちを縛っているとも言える。

 そのような差異はさておき、トランプの当選という衝撃的な事件に直面して、人々が「ヒルビリー」の逆襲を受けたと感じた際、「ヒルビリー」という言葉はその全てを包摂していたと考えられる。東はウェストバージニアから、オハイオ、インディアナ、そしてミズーリに至る山岳地帯には、貧困や麻薬の問題を抱えた白人層が確かに存在しているからだ。

 経済的にはほとんど希望がないこの地域では、まとまった資金を得るには軍隊に志願するしかないという事情もある。ヴァンスは実際に軍人となることで奨学金を得て大学進学を果たしているし、フィクションとはいえ、ローレンスの演じた少女リーに至っては、軍に志願することが究極の「夢」なのだ。

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 どうして兵役が「夢」なのかというと、家族の安全を確保できなければ兵役にすら行けないからである。ヒラリー・クリントンは、まさにそうした人々の持つ保守性を「どうしようもない人々」だと形容することで自滅したとも言える。

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