酒好きが集う「大人の駄菓子屋」 角打ちの聖地・北九州で本物の酒飲みと触れ合ってきた
酒飲みならわかるよさがある。
「角打ち(かくうち)」というスタイルのお酒の飲み方を知っていますか? 店内の一角に飲食用のスペースが設けられた酒屋さんに行き、買ったお酒をその場で飲んでしまうというなかなかにワイルドな飲み方のことです。個人商店などで小規模に行われていることが多く、「勝手に冷蔵庫から酒を出して飲む」「つまみは適当な乾きものがメイン」「宅飲みレベルの安さで飲める」などディープな酒飲みが好む要素満載の文化です。
実はそんな角打ちの発祥の地と言われているのが北九州市。現在も約150軒の角打ちがあるという「角打ちの聖地」に、飲みすぎで肝臓の数値がギリギリアウトになりつつある筆者が行ってきました。
今回は北九州市から直々に「角打ちがすごいので紹介してほしい」と依頼を受けまして、案内人として北九州の角打ちをこよなく愛する「北九州角打ち文化研究会(角文研)」の皆さんに来ていただきました。
「案内役の方を“1人”お願いします」と伝えたんですが、なぜか4人も来ました。理由は「みんなで飲んだほうが楽しいから」だそうです。完全にただの飲み会の体で来てる。
家庭料理のサービスが楽しめる(こともある)「魚住酒店」
最初に訪れたのは小倉駅から電車で15分ほど行ったところにある門司港。観光地としても名高いレトロな港町ですが、そうした観光要素はガン無視で住宅街の中ほどにある「魚住酒店」に直行しました。こうなったらわりとおしまいの酒飲みなので皆さんはぜひ観光もしてください。
魚住酒店は10人も入れば一杯になってしまう小さな酒屋さん。お店の真ん中がカウンターで仕切られており、お客さんはここで角打ちを楽しむことができます。すぐ奥は居間と台所という完全な居住空間になっており、ご家族の方が普通にみかんとか食べているという超アットホーム感が味わえます。「実家か!」と思いました。
早速瓶ビールで乾杯、というところでいきなり角打ちの洗礼を受けます。ここでのビールの飲み方は「店内にある普通の冷蔵庫から勝手に取ってきて飲む」というもの。角文研の皆さんが「ビールでいい〜?」とか言いながらガンガン冷蔵庫の中のものを出してくるので「実家か!」と思いました。
これは角打ちではごく普通の光景。お店によってルールは違いますが、瓶や缶といったそのまま飲み食いできる商品は自分で準備をし、焼酎や日本酒などは店主に頼んで量り売りしてもらうところが多いようです。支払い方法もその都度清算したり、自分でメモしておいて最後にまとめて払ったりとまちまちらしいです。ゆるい。
「角打ちは飲食店ではなく、あくまで買ったお酒をその場で飲ませてもらっているだけ。だからお客側からサービスを求めちゃいけないんです。むしろグラスや場所をタダで貸してくれてありがとう、という気持ちでいないと」(角文研・赤尾さん)
店主とお客さんが協力して「いい空間」を作るのも角打ち文化の特徴です。店主は客が悪酔いしないようにその場をコントロールし、お客はお店や周囲の人に迷惑をかけない「粋な飲み方」をするように心がける。1人で静かに飲みたい人、誰かと話をしたい人などお互いの空気を読み、混んでくれば長居せずさっと立ち去る。好き勝手に飲み食いしてるように見えて、実はすごい酒飲みとしての資質を試されてます。
取材中も常連のおじいさんがやってきたんですが、「1杯飲んですぐ帰るよ」といって日本酒を注文するとマジで一息に飲み干して閃光のようにすぐ帰っていきました。すげえかっこよかった。
ちなみに魚住酒店さんではお店の方が作った夕飯のおかずなどの余りが無料でおつまみとして提供されることがあります。ブログなどでも「まさに文字通りの家庭料理が出てきて感動!」みたいな紹介がされていたのでこっそり楽しみにしてたんですが、「今日はまだ夕飯作ってないからなんもないよ」とのことでした。それでいいのです……! 角打ちではサービスを求めちゃいけないのです……!
広々としたガレージで座って飲める「井手商店」
2軒目は小倉駅に戻って「井手商店」へ。ここは立ち飲みカウンターのほかに併設の倉庫スペースで座って飲むことができるという、北九州の角打ちの中でもかなり広めのお店です。
角打ちは基本的に飲食店ではないのでつまみは缶詰や乾きものなどが中心なのですが、井手商店は食べられるものの種類が多いのが特徴です。初めてのお客さんでも比較的入りやすい印象。ただ、カウンターの内側に入って店主の周りをウロウロしながら食べ物や飲み物を選んでいく光景などはやっぱり角打ちらしいシュールさがあります。
酒屋さんなのでもちろん普通に買い物をすることもできます。ただ、商品はカウンターの内側にあるので店内を物色していると、角打ちをしてるおじさんに「兄ちゃん、そこの日本酒取ってや」などと普通に声をかけられたりします。よくわかんないまま熱燗を渡してあげたりしました。お互いほろ酔いなのでこんなやり取りも楽しい。
井手商店の料金システムは「店のおっちゃんがなんとなくつけてるメモと自己申告」というこれまたラフなもの。角打ちでは比較的珍しい生ビールも提供しているのですが、角文研の人いわく「なぜか生ビールの値段は言いたがらない」そうです。時価なの……?(※多分そんなことはないです)
わざわざ博多から新幹線で参戦しているという角文研メンバーはこんな風に角打ちの魅力を語ります。
「子どものころ、駄菓子屋の雰囲気が好きでよくあちこちの駄菓子屋に遠征してたんです。大人になって角打ちに誘われて行ってみたら、自分でお菓子や飲み物を取ったりお店ごとに違う個性的な店主のおじさんとしゃべったりする感じがすごく懐かしくて楽しくて。『ここは大人の駄菓子屋だ!』と思ったんです」(角文研・常軒さん)
お店なのにどこか力の抜けたこの感じは、確かに駄菓子屋にそっくり。上司と角打ちに行くとこの雰囲気のおかげで普段話せないようなことが話せるという方もいました。
そんな雰囲気のせいか、この店から同行したねとらぼ営業や北九州市広報の人たちも一緒になって日本酒とかを飲み始めました。このへんからもう仕事感が完全に失われてきてます。角打ちのちゃんとした大人も弛緩(しかん)させてしまう力すごい。
ちなみに角文研によると、井手商店は湯豆腐がオススメとのこと。「橙(だいだい)」という大ぶりな柑橘類をしぼって食べるのが絶品らしいです。店主のおっちゃんに注文すると「今日はない」と言われました。ないのかよ!
でもそれでいいのです。取材に伺うことはかなり前々から伝えてあったのですが、だからってわざわざ準備したりしないのが角打ち文化です。僕たちはもっと自然体でいい。ちゃんとしないで生きてもいい。そんな力強いメッセージをもらった気がして勇気が出ました。酔いが回ってきただけかもしれませんが。
常連さんたちの賑わいがBGMの「末松酒店」
最後は西小倉駅のほうまで歩いて「末松酒店」へ。こちらは立ち飲みカウンターの奥にレトロなテレビを囲んで座って飲めるスペースがあります。
テレビの周辺はかなりコアな常連さんたちのスペースになっており、顔なじみの皆さんによる独自の世界が形成されていました。角文研の人たちが「取材なら1人であそこに飛び込んでこい。俺は無理だけど」とか言って僕をけしかけようとするので「完全に酔っ払いの悪いところ出てるな」と思いました。
こちらもお酒やつまみは基本的にセルフで取ってくるシステム。駄菓子のスルメや海苔、缶詰といった角打ち定番のおつまみのほかに、角文研の人が「ここはあぶったイカがうまいよ」と言っていましたが、当然のように品切れでした。もう慣れました!
赤霧島などの居酒屋で飲んだらいい値段のする焼酎もあるのに、角打ちで飲めば1杯200〜300円! 本当に「酒を買ってその場で飲むだけ」だからこその価格で、この安さには衝撃を受けました。確かにこれで細かいサービスまで求めるのは虫が良すぎる。「コップ借りられるだけでありがたい」という言葉の意味がわかりました。
お酒が入ったことで角文研メンバーと北九州市広報の人たちが熱いトークを展開したりもしていました。「角打ちを北九州の文化として盛り上げていきたい」「だけど角打ちは庶民の文化。大勢の観光客が来るようになっても個人商店ではそれを受け入れきれないお店もある。そこをどうするのか」など真剣に角打ちの未来について話し合っていました。酒飲みたちの角打ち愛は真剣。そして自治体と市民がこの距離感で議論できるってすごくいい。
最後のほうはもう全員が赤い顔をして好き勝手くっちゃべっているばかりで取材も何もあったもんじゃなかったので、角文研メンバーのステキな言葉を借りて締めさせていただきましょう。
「角打ちでは年齢も性別も社会的立場もなくみんなが平等。普段平社員の人も社長をやってる人もここでは誰もが打算抜きで話をして、同じお酒とおつまみを口にして1000円払って帰るだけ。意気投合して『ここはおごるよ』とか言われても1000円なので大して気も遣いません(笑)。その対等な感じが好きなんです」(角文研・原田さん)
角打ちは最高だった
角打ちを初体験してみて感じたのは「本物の酒飲みが集まっているな」ということ。楽しそうに酒を飲む角文研の皆さんにはすぐに「あ、同じ匂いがする」と感じたし、その他のお客さんも変に飾ることもなく、ただ好きな酒を好きなように飲んで好きに語り合い、好きなときに帰るという自然体で粋な飲み方をしていました。初対面なのになんとなく通じ合える居心地のよさ。スタンド使いと同じように酒飲みは酒飲みに引かれあうのです。
ちなみに3軒はしごしても使ったお金は1人あたり1000円ちょっと! 1000円で満足できる居酒屋を「せんべろ」などと言いますが、3軒回って1000円とはおそるべし(つまみが売り切れまくっていてあまり頼まなかったのもありますが)。酒屋さんでお酒を買ってそのまま宅飲みをさせてもらってるようなものなので、「おばちゃんありがとう」という感謝の気持ちが自然にわいてきます。
北九州市民の生活に根差した角打ち文化。2018年に10年ぶりに改訂された広辞苑にも「角打ち」という言葉が初めて収録されるなど、近年になってさらに注目が集まっています。最初はちょっと入りづらいかもしれませんが、北九州を訪れた際にはぜひ足を運んでみてください。あなたが粋な飲みっぷりを見せればきっと笑顔で受け入れてくれるはずです。
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提供:北九州市
アイティメディア営業企画/制作:ねとらぼ編集部/掲載内容有効期限:2018年2月14日