「ちいかわ」はなぜ読者を狂わせるのか? 助けてください、僕らはふわふわの綿あめで首を絞められています(2/2 ページ)
ハチワレの登場――「社会からの逃避」として生まれたちいかわが「社会に放り込まれる」コペルニクス的転回
満を持して登場したハチワレは、虐げられてきたちいかわに無償の友情を与える存在です。笑って、泣いて、楽しんで……2人はさまざまな体験を共有し、すぐに親友と呼べる存在になります。ハチワレはちいかわの精神的支柱になり、弱虫だったちいかわもハチワレのピンチに勇気を見せるのです。
そしてハチワレの構造的特徴は、なんといっても「しゃべる」点でしょう。ハチワレの登場によって、ついに連続性のある物語が生まれ、2人が暮らす世界について少しずつ情報が開示され始めます。世界には「お金」と「勤労」の概念が存在することも明らかに……。え、お金!?!?!?!?
そう。赤ちゃんのようなちいかわも、実は見えないところで汗水垂らして働いていたのでした。
そして、ハチワレという友人ができたことで、ちいかわはますます経済に取り込まれていきます。おそろいのアイテムが欲しい、いっしょに美味しいものを食べたい、プレゼントを買ってあげたい――。
ですが、泣いてばかりのちいかわにできる仕事は草むしりとモンスター討伐くらい。作中の描写から低賃金で危険の伴う仕事であることは想像に難くありません。ハチワレもまた、モンスターが入り込んでくる危ない洞窟で暮らしており、具が無いチャリメラ(袋麺)をごちそうだといいます。モンスター討伐って何?
かくして、「なんか小さくてかわいいやつになって暮らしたい」という社会からの逃避として生まれたちいかわは、逆に社会へと放り込まれてしまったのです。さ、最低〜〜〜!!! これこそが「ちいかわ」最大の歪みであり、同時に最大の魅力となっていきます。
読者を阿鼻叫喚させた「草むしり検定編」
そんな「ちいかわ」において、最も読者を震え上がらせたエピソードが「草むしり検定編」です。
ハチワレにプレゼントを買うべく「草むしり検定5級」の受験を決めたちいかわ。それを聞いたハチワレは、ちいかわを驚かせようと、こっそり自分も勉強を始めます。
ずっと頑張ってきたちいかわと、一念発起したハチワレ、果たして試験の結果は……!? というお話。試験から結果発表までリアルタイムで約1週間空いたこともあり、読者の精神をごっそり持っていきました。
既に冒頭でネタバレしちゃいましたが、ハチワレが取得した免許証はLINEスタンプになっていまして、顔写真がすげえ悲しい表情してるんですよね。泣いちゃうからやめてくれって!!!
また、こうした現実感のある展開のみならず、ファンタジーならではの不条理も襲い掛かります。何でも望んだ物が出せる魔法の杖を拾ったちいかわたち。ずっと欲しかったカメラを手に入れて大喜びのハチワレでしたが、そんな美味い話があるはずもなく……。
理性を残したまま巨大な化け物に変えられ、ちいかわを襲い始めるハチワレ。この時発した名言「心がふたつある〜〜〜」もLINEスタンプになっています。大変使い勝手がよいですね。
このように、夢と危険にあふれたナガノワールドもまたちいかわの魅力。最近では「エリア一帯を腐らせる草」が登場しました。
最悪な展開を予想せずにはいられない“リアル”志向な嫌さと、展開が読めずハラハラしっぱなしの“ファンタジー”な不条理。2方向からいじめられるちいかわたちに、果たして読者は何を見出しているのでしょうか?
「かわいそう」の先に待っている「ちいかわ」の楽しみ方
第一に「ちいかわの成長物語」としての感動です。
ハチワレが登場するまでのちいかわは、(ところどころ勇気を見せるシーンもあるものの)基本的にはひたすらに弱く頼りない存在として描かれていました。ですがハチワレと関わる中で、ちいかわは優しく、勇敢に、精神的な成長を遂げています。この変化が心にじんわり来るんですよ!!! すみません。興奮して大声が出てしまいました。
前述の「草むしり検定編」では、落ちたちいかわではなく、合格したハチワレの方が精神的に参ってしまいます。ちいかわにかける言葉が見つからず、ご飯も喉を通りません。これまでちいかわのピンチを何度も救ってきたハチワレだからこそ、自分の行いがちいかわを余計悲しませている現状に、どうすればいいか全く分からないのです。こんな感じでハチワレが苦しむさまを3日間かけてじっくりねっとり描きます。
しかし翌朝、気まずい沈黙を打開したのは、ちいかわの優しさでした。ハチワレが最悪の目覚めを迎えると、家には合格祝いを持ったちいかわが立っていたのです。ハチワレは「ごめんね」と言いかけますが、それを制止するようにちいかわは参考書を取り出し、次の試験に向けて今度はいっしょに勉強を始めるのでした。“絶対にむしっちゃいけない草”、それはお前らに咲いた友情の花だよ!!!!!! すみません。興奮して大声が出てしまいました。
第二に、「かわいい生き物がかわいそうな目に遭っている姿」それ自体を楽しんでいる人もいるでしょう。少なくとも作者のナガノさんはそうだと思いますし、告白してしまうと私自身も今ではちいかわが不幸に見舞われる展開が楽しみで仕方ありません。
こんなことを書くと「ひどい!」と思うかもしれませんが、考えてもみてください。古くより「かわいそう」はエンタメの王道です。『世界名作劇場』しかり『闇金ウシジマくん』しかり、最近大いにバズった『連ちゃんパパ』もそうですが、人間は不幸をエンタメとして楽しめる醜い生き物なんですよ。そこに友情や愛情、感動があればなおの事よし。
ただし『連ちゃんパパ』を楽しんでいた人のほとんどは、パパのヤバい行動に震えながら、それを読んで笑っている自分自身に対してもどこか冷めた恐怖を感じていたのではないでしょうか。あるいは、自分とパパに重なる部分を見つけ恐ろしくなった人もいるでしょう。
ですが「ちいかわ」は人間ではなくマスコット的キャラクターです。読者は後ろめたさを感じることなく、ちいかわたちに憐憫を感じ、守ってあげたい、乗り越えられてよかったね、と「かわいそう」のエンタメを享受できる。それどころか、理不尽が浮き彫りにする“弱さ”や“健気さ”はちいかわたちの“かわいさ”を高めることにもつながっています。
ちなみに、実際にちいかわ達が自らを不幸と感じているかどうかは別の問題です。家があって、親友がいて、毎日一緒に笑いあって……。ちいかわもハチワレも、おそらく自分を幸せだと思っているはずです。そんな2人を見ている側の尺度で「かわいそう」と思ってしまうグロテスクさにもゾクゾクしちゃいますね。教えてくれハチワレ……俺はどうしたらいい……。
ジェットコースターのように感情をゆさぶり、自らの醜悪さと向き合わせてくれる「ちいかわ」から、私はもう目を放すことができません。ふわふわの綿あめで首を絞められるような、甘く苦しい「ちいかわ」ワールドをみなさんも体験してみませんか?
最後になりますが、私が一番好きなエピソードは、ハチワレとちいかわの友情を感じる「ラーメン郎編」です。ちいかわ世界の「郎」も食券はあの形なんですね。やっぱりなんかベタベタしてるのかな……。
<戸部マミヤ>
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