もし、第2次世界大戦で日独の枢軸国側が勝っていたら?
この前フリだけで、SF通の諸兄は即座にフィリップ・K・ディックの「高い城の男」を思い出すだろう。
歴史改変モノの草分けとして名高い名作だが、その後この手のSFはジャンルとして確立するほどの隆盛を見ていない。タイムスリップで歴史を改編してしまう作品は山ほどあるが、ちゃんと既成の歴史としてシミュレートした世界を描くのとはちょっとちがう。日本では「戦闘妖精・雪風」シリーズのように戦記SFものが一定層のファンを獲得しているだけに惜しいことだと思う。
しかし、そんな中で久々に正統派歴史改変SFのツワモノが登場した。
何といってもU・S・Jだ。United States of Japanだ。前述の「高い城の男」がドイツの視点で描かれていたのに対し、同作は日本に征服されたアメリカ合衆国を舞台にしているのである。
もうこのタイトルだけでキワモノ感ありありではないか。
しかも表紙。ニッポンサブカル十八番の巨大ロボットが、肩章の日の丸も凛々と夜の大都市に仁王立つ。まさにクールジャパン。描いたのはゲーム「HALO」などのコンセプトアートを手掛けるジョン・リベルトで、アメリカ版ペーパーバックの表紙を飾った時から大きな話題を呼んでいた。
日本版刊行が待望されていた一冊だ。
と、ワクテカしていた向きにはアレだが、本文はよくも悪くも予想を大きく裏切っている。
大方の読者は「アメリカ合衆国残党の抵抗勢力vs日本帝国軍巨大ロボ」みたいなB級アクション系を期待したのではないかと思う。もちろんそういうシーンも用意されてはいるが、そっちはあくまで傍流であって本書の中核ではない。
これはまさに歴史改変SFの正当な末裔(まつえい)、「高い城の男」へのオマージュにあふれた本格現代SFの一翼なのである。
枢軸国側の勝利で、東西に分割統治されるアメリカ。西側半分を支配する日本は、高度な電子・医療テクノロジーで独自の文化を築き上げる一方、人種問わず天皇崇拝を強要する苛烈な抑圧統治を行っていた。
そんな中、ロサンゼルスで「アメリカが戦争で勝った世界」をシミュレートするゲームがひそかに流行する。これの開発に日本軍のゲームデザイナーが関わっていたらしいという情報があり、統治軍のぐうたらハッカーと美人エージェントが奇妙なコンビを組んで調査に乗り出す……・
お気付きのとおり、これは「高い城の男」のシチュエーションをそっくりそのままオマージュした導入だ。
そして本編を貫くモチーフは、ストレートアヘッドにポストサイバーパンクな世界観である。ハイテクが生活の隅々まで支配する一方、逆にそのハイテクも人間の薄汚れた生活に汚染されるように日常風景の中にうごめいている世界。電脳空間へのジャックインという描写こそないものの、人間とエレメカを生々しく共生させる手法はまさにサイバーパンク後のスタンダードともいえる。
さらに見逃してはならないのはサイバーパンク的詩情だ。
皇国への忠誠と人間的生活のはざまで苦悩する人間たちの心象。でこぼこコンビが道中で織りなす軽妙かつ深淵な会話の妙。本編中に頻発する、日本軍や現地アウトローたちによる拷問・虐殺の描写はいささか悪趣味の域だが、その中にすら加虐・被虐の陶酔と官能が緻密に表現されている。人間と物質の境界が曖昧模糊(もこ)としていく、これもまたサイバーパンク発祥モチーフとして外せない観点だろう。
他にも、実際の史実をシミュレーションとして本文中で逆流させる小技や、現実の歴史や世界情勢を強烈に風刺するアナロジーも見どころである。もちろん、韓国系アメリカ人の作者が心底愛して止まないジャパニーズサブカルチャーへのオマージュの数々は、探して拾い読みしていくだけで相当楽しめる。
まあ、ラノベライクなロボットアクションを期待した向きには「表紙詐欺」と思われるかもしれないし、大森望氏による解説はあいかわらずちょっとちょうちん入っている気もするが、現代SFのスタンダードとして触れておくべき作品である点は同感だ。
ちなみに、書籍はなぜか新書版と文庫版が同時刊行されている。文庫版は上下2分冊になっているが、合計すると新書版よりちょっとお得だ。
(m-a)
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