「音楽家の駆け込み寺になりたい」 音楽専門の無料法律相談団体、弁護士の思いとは
「専門外のことに時間がとられるくらいなら、法律のプロに聞いてすぐ終わらせて、音楽活動に専念した方がいい」。
音楽家のために無料で法律相談を受ける団体「Law and Theory」が1月15日に立ち上がった。歌手やバンドマン、DJなどが抱える音楽に関わる相談を、数人の弁護士がボランティアで受けてくれるサービスだ。
無料の法律相談サービスはいくつも存在するが、音楽に特化した団体はおそらく初めて。「音楽家の駆け込み寺のような存在にしたい」と話す代表の水口瑛介弁護士は、学生時代にバンド活動をし、今もDTMやDJを嗜むなど音楽に深く接してきた。水口弁護士が「Law and Theory」を設立したのはどのような思いからなのか、話を聞いた。
現場で接してきた音楽家が抱える不安や悩み
――どうして音楽専門の無料法律相談サービスを立ち上げることになったのか、経緯を教えてください。
弁護士になってからクラブでアーティストやバンドマンなどいろんな音楽関係の人に出会う内に、彼らが法律関係でいろんな悩みをもっているのを知っていったんです。相談をぽつぽつと受けては具体的に何をすればいいのかアドバイスを送っていましたが、同じように悩みを抱えた音楽家は背後にもっといるだろうと考えるようになりました。
――例えばどんな悩みがあったのでしょうか。
まず一番多いのは、楽曲制作の仕事をしたのに報酬を支払ってもらっていないケース。5万〜数十万円と訴訟するには悩んでしまうような少額だったり、音楽家自身がまだ有名ではなかったりで、相手が踏み倒せるだろうと踏んで報酬を振り込まない、といったもの。
次に多いのは、契約書関係です。仕事として楽曲制作することになったのに口約束やメールでしかやりとりしておらず、書類で契約書を作っていないことに不安を抱いていたり。ちゃんと契約書を作っていても、もらった書面が難しい言葉ばかりで意味が分からず不安になったり、といった悩みですね。
あとはサンプリングで人の楽曲を使用していいのかといった著作権関連のものなど……大なり小なりさまざまあります。
――そうした心配事は法律で解決できるものが多いのでしょうか?
実にたくさんあります。
さっきの報酬を支払ってもらえないケースだと、まずは相手にちゃんと請求できる条件がそろっているのか確認します。約束が口頭だけなのか、メールや契約書などで形に残っているのか。請求できるとなると相手も支払わなければならないので、内容証明を送るよう勧めたり、場合によっては自分が交渉したりしていました。結果、支払ってもらえたと報告をくれたアーティストもいて、かなり感謝されましたね。
契約書関係だと、仕事をする際は簡単な契約書を作ったり、メールできちんと証拠を残したりするようアドバイスしています。
すでに契約書がある場合は書面をチェックして、アーティスト側にどんなリスクがあるのか、内容によっては修正すべき点を教えたりします。実際、報酬がすごく少額なのに著作権を全て譲渡する契約内容になっていたこともあったんです。額が多いなら考えものですが、少額なら著作物の使用は今回だけや一部に限定したが方がいいと提案しました。
もっともこのように時間をかけて対応することが必要な心配事も多いのですが、中には5分で済んでしまうようなものもあります。著作権法など法律の規定に明確な答えがある場合や、契約書で使われている法律用語の意味が分からないだけの悩みでしたり。
――音楽家がこうした悩みを抱えたままになるのはなぜなのでしょうか。
弁護士に相談しようという発想に至らないケースが多いようです。お金がかかるイメージが強かったり、周りに弁護士がいなかったり。
または発想があったとしても、どの弁護士に頼めば良いのかもわかりません。普通は交通事故なら交通関係に詳しい弁護士、離婚なら結婚関係に精通した弁護士と、専門分野をもった人を探し出すことができます。ですが音楽専門の弁護士ってあまり聞いたことが無かったですし、実際にGoogleで検索しても全然出てこなかったんです。
そうした経緯から「音楽専門の法律相談サービス」という窓口の必要性を感じて、「Law and Theory」を設立することにしました。
後はきっかけの1つとして「ARTS&LAW」(※)というNPOにインスピレーションを受けたのも大きいです。あらゆる文化活動に携わる人から法律相談をWebで無料で受けている団体なのですが、以前から素晴らしいなと共感していました。
――水口弁護士が音楽に精通しているのも相談側にとっては大きいでしょうね。
世の中には無料で相談してくれる弁護士はいっぱいいますが、やはり共通言語で話せないと話にならないです。例えば「DTMでテクノのトラックを制作していてい、田中フミヤのレコードからサンプリングしたいと思っているんですが」と相談が来ても、弁護士が音楽用語も知らないと短時間で話が進みません。
自分は音楽に関しては最低限の知識はありますし、やはり音楽というカルチャーにリスペクトを抱いています。これらを備えた弁護士として、音楽家たちの悩み事に応えたいと思いました。
相談と同じくらい届いた「協力したい」の声
――この取材時点でオープンから2週間あまりがたっていますが、相談は来ていますか?
けっこう来ています。オープン後に一気に来てから今は落ち着いて、2日に1、2件といったところでしょうか。1件だけでもメールを返すだけで1時間くらいかかってしまうので、ボランティアだとこのペースがギリギリで大変ですね(苦笑)。でも、開設後にちゃんと音楽家から相談を寄せてもらえたのは素直にうれしかったです。
公式サイトの専用フォームから相談を受け付けていますが、8割くらいはメールのやりとりで疑問が解けたり、提案に納得してもらったりしています。それでも難しそうな場合は実際に会って話し合って、解決への方針を提示しています(※)。
――相手の反応はいかがでしょう。
実際に会った人から、「お金に余裕がない状況の自分に、わざわざ時間を作って会ってくれてありがとうございました」と、後から丁寧なお礼のメールを送ってもらったことがあります。
あと予想していなかったのですが、弁護士やそれ以外の専門家の方々から「協力させてほしい」「手伝いたい」とボランティアに賛同する声が相談の問い合わせと同じくらい届いたんです。もともとは知人の弁護士に協力してもらいながらやっていく予定で、現在も直接会っての相談は東京だけしかできない状況にあります。でもこうして仲間が増えると、大阪とか福岡とか広い範囲で相談を受けられるようになるかもしれないと期待を抱いています。
――他にも今後の展望があれば教えてください。
特に派手なことは考えていません。地道に相談を受け続けていきたいです。そして音楽家たちに存在を知られて、法律面での駆け込み寺になったらいいなと思います。
やっぱり設立の理由には、「音楽が好き」というのが一番にあるんですよ。
自分で調べたりして専門外のことに時間がとられるくらいなら、法律のプロに聞いてすぐ終わらせて、音楽活動に専念した方がいいです。その方が社会としても音楽文化としても、みんなが幸せになれる。そこから素晴らしい音楽が生まれていくのなら、これ以上の喜びはないですね。
(黒木貴啓)
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