IV
そして、いま、目の前にいる存在をどんな言葉で形容すべきだろう?
15機目のアンドロイド。
彼女はシリーズの最後に造られた人形だった。
宝石名はアレキサンドライト。
光によって色味を変える美しい宝石だ。
太陽の日射しにあたると藍色がかり、電飾や白熱灯の下では鮮やかに赤く輝く。
六月の誕生石。石言葉は秘めた思い。
だが石言葉に反して、まるで感情など存在しないかのようだった。
典型的な人形のイメージだ。
美しい宝石の結晶から生みだされたアンドロイド。
人格を移植されたその心からは大切な感情が抜け落ちていた。
無口で、感情の起伏が少なく、何も求めない。そう思った。
そう思っていた。
造り物の愛――暗黒神話の創造主になぞらえて(悪意を感じさせる命名だ)、ラヴクラフトと名付けられた一連のシリーズが、〈本当の愛〉を手に入れることは決してない。そして手に入れてはならない。
彼女たちは、感情を取り戻すと砕け散る。
それでも彼女たちは、感情を取り戻したいと願い続ける。
祈り続ける。行動し続ける。意志の力を働かせる。
そして不可能を可能にしてしまう。
僕はただそれを見ていることしかできない。
彼女たちが壊れていくのを見ていることしかできない。
旧友の軍人の1人が言う。
「お前には心というものがないのか?」
アンドロイドよりアンドロイド。人形より人形。
ついた仇名は観測者(スキヤナー)。スキャナーに生きがいはない。
ただ見る。視る。看取り続ける。眼球のシャッターを切り続ける。
だからこそ、人形整備士として彼女たちを監視する役目を与えられた自分は、観測者として記録した殴り書きのメモと写真を、世界に放とうと思う。
それは詩とも日記とも論考ともつかない拙い文章の羅列だが、いま、僕は最後の力を振り絞って、この手紙を届けるつもりである。
だから、どうか辛抱強く付き合ってくれると嬉しい。そして広めてくれると嬉しい。
この世界は絶望だ。
超人工知能の浸透によりあらゆる社会の意志決定が合理的になされているようにみえて、その裏で一部の特権階級がマニピュレーターとして世界を支配する管理社会。
2019年。いまから数十年前には考えられなかったようなこの国の地獄を、まだ美しいだけではなかった東京に起こる悲劇を、死とともに語り継いでくれると嬉しい。
きみが未来を変えてくれ。
なぜならそれが彼女の死を物語ることを託された人間の、たった一つの役割だと思うから。
最後に、逆説的な希望を籠めて、あまりに有名な一節を引用したいと思う。
われわれの神々もわれわれの希望も、
もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
われわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか
――ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』
近衛りこ
モデル。
コスプレイヤーとして人気を集めて以降、ウェアラブルロボット「METCALF clione(メカフクリオネ)」のショードムービー「METCALF clione & METCALF」に出演するなどモデルとしても活躍。
SNS:Twitter
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参照文献/芸術作品:
- 『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之訳、河出書房新社
- 『サイバネティックス――動物と機械における制御と通信』ノーバート・ウィーナー:池原止戈夫ら訳、岩波書店
- 『未来のイヴ』ヴィリエ・ド・リラダン:齋藤磯雄訳、東京創元社
- 『AI原論 神の支配と人間の自由』西垣通、講談社
- 『心の進化を解明する』ダニエル・C・デネット:木島泰三訳、青土社
- 『スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運』ニック・ボストロム:倉骨彰訳、日本経済新聞出版社
- 『諏訪敦絵画作品展 〜美しいだけの国〜』諏訪敦、成山画廊
Special Thanks
蕎麦 神山|KAMIYAMA
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