「攻殻機動隊 SAC_2045」とは何なのか 神山×荒牧両監督へのインタビューから浮かび上がった“攻殻機動隊”(2/2 ページ)
保守派のハードファンである記者が数々の疑問を聞いたスペシャルインタビューです。
よみがえるジョージ・オーウェル
J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』のように、現実にある書籍がモチーフになることが多いS.A.C.シリーズ。「2nd GIG」でも架空の思想家、パトリック・シルベストルによる『初期革命評論集』の幻の1編として『個別の11人』が登場しますが、初期プロットでは三島由紀夫さんの『近代能楽集』がイメージされていたことが知られています。
今作でそれに当たるのは『1984』。英国作家、ジョージ・オーウェルが1948年に執筆した同作は、映画、音楽、文学、アートなどに多大なる影響を及ぼし続けるディストピアSF小説の金字塔。冒頭の世界情勢の説明でも、米帝のAIが似た名前で登場したり、サスティナブル・ウォーの説明が『1984』で描写されている永久戦争そのものだったりしますが、物語が進むにつれ、単にディストピアのモチーフとしただけではないことが分かります。
神山 (S.A.C.が出てきた)20年ほど前は、現実が豊かすぎてしんどいくらいでしたが、今はそんないい時代があったのかと言われるくらい現実が息苦しい。その中で、美しいファンタジーも見たくないというか、絵空事の中だけでいい思いをするのもリアルを感じないんじゃないかと。今の時代においては退廃的な社会の方にファンタジーを感じるんじゃないかと思うんです。
そうした思いからスタートして、「今、『1984』を見てみたらどう見えるだろう」という考えがありました。最初は作品を作る上でのサブテキスト的な位置付けでしたが、今読むと全く違う感じで読み取れた。過去、幾度となく『1984』に影響を受けた作品が生まれてきた中で、こんなに読み替えられる時代が来たのかという新鮮な驚きがあります。それは作品を見てもらって皆さんに感じてもらえればと。
―― 私はS.A.C.シリーズのタイトルセンスも大好きですが、今作も変わらずいいなと思えました。第8話のタイトルが表示されたときは見進めるのをためらいましたし、最終話のタイトルも目に映る情報以上にさまざまな意味を内包させているように感じました。それが“Netflix”のことだとしたら? などと勝手に妄想したりしましたし、「2nd GIG」第11話の「草迷宮 -affection-」でいう郷愁の感じもあったり。神山監督が今作でお気に入りのタイトルはありますか?
神山 全て気に入っているんですが、どれか1つといえばやはり最終話ですね。最終話のタイトルにはいろいろな意味を込めていて、おっしゃられている郷愁ももちろんその一つです。当たり前ですが、郷愁というのは世代ごとに違うなと。年を取ってくると郷愁だらけになってくるので、あんまり要らないんだけど(笑)、若い人の方が、無自覚に郷愁を求めているのかなと。
荒牧 要はファンタジーとイコールというか、もう手に入らないものをそしゃくし直すことで、今のヒントを得ようとしていると思うんです。未来に希望が持てない中で、そこにヒントがあるんじゃないのかなと。
2人が考える“攻殻らしさ”
―― 原作が世に出た当時、あるいはS.A.C.が放送されたころは、まだインターネットが黎明(れいめい)期または普及期で、それ故にSFとしての『攻殻機動隊』にも心引かれるものがありました。しかし2020年の現在は、かつて夢見たような未来感はなくて意外に平凡な世界ですよね。その辺りも踏まえて、“攻殻機動隊らしさ”はどこに宿ると考えられているのでしょうか?
神山 もはやサイバーパンクがノスタルジックなものになりつつありますが、攻殻機動隊はそうしたイメージも持たれているのも確か。僕は原作コミックの「人形使い」のエピソードは触れずにきましたが(編注:S.A.C.シリーズは草薙素子が人形使いと出会わなかったパラレルワールドとして描かれている)、草薙素子はあれを人類史に残る三大事件相当に評価しています。
あれもハイテクがあるからこそ起きた事件ですけど、事件そのものはものすごく人間の根源的なこと、いわば、ただの“出会い”を描いている気がしました。知ることで起きる化学反応はコミュニケーションの普遍的な部分ですから。それをテクノロジーだったり、SF的な要素を入れたりして描くことで、よりトラディショナルなものが描けるんじゃないかというのがS.A.C.を最初に作ったときに思ったことです。
いろいろな人が作ってきた攻殻機動隊の正体は何なのかをひもといていくと、“全体と個人”なのかなと。全体は社会や時代、そこで個人がどう生きていくべきか、どう踏ん張ったか、そういう根源的なことを描くことがもしかしたら攻殻機動隊の正体なのではないかと思いますし、そこは今作でもやらなきゃとは思いました。
荒牧 士郎さんの原作は紛れもないサイバーパンクだけど、現実がどんどんそれに近づいてくると、例えば電脳って要はスマホが頭に入っているようなものと描けば分かりやすくなった。でも、分かりやすくなった分、未来感はどんどんなくなってきた。では例えば、街のルックをサイバーパンク風にすればよいのかというと、現実にはそうはなってないわけで、それをやってもしょうがない。そうならないギリギリのラインを悩みながらやったので、結果的にそれが攻殻機動隊だと思っていただけるなら心強いですね。
意識の転換が起こっている――シンギュラリティとは
―― ファンタジーに逃げず向き合う、といったところでしょうか。では、少し話を変えますが、お二人はシンギュラリティについてはどう思われますか? タイトルにもなっている2045はいわゆるシンギュラリティが起こるとされる「2045年問題」を指していて、今作はそこにも向き合おうとしている印象です。
神山 その言葉を使ったら負けだと思っているけれど、「一言で言えばシンギュラリティって何?」ってことかと。テクノロジーの進化に比して人間の進化が追い付かなくなる中で、強制的な進化が訪れるんじゃない? という期待もあれば不安もある言葉だと思うんです。それを描こうと。
荒牧 テクノロジーの進化は分かりやすいですが、人の意識の進化はもっと複雑で、もっと大きな変化が起きるんじゃないかと脚本を書いていても思います。“意識の転換”が今本当に起こっている。
―― 意識の転換、ですか。
神山 『1984』は赤狩りの時代に共産主義排斥への恐怖から書かれましたが、トランプ大統領就任後にあらためて読むと全く違う風に読み取れるんですよね。『1984』が書かれた当時、その内容を“よいもの”と読むことは不可能でした。そこに登場する“テレスクリーン”は今で言うインターネットですけど、恐ろしいものとして描かれています。
でも、そういう側面があったとしても、今、ネットを負の要素ととらえる人は圧倒的に少ない。そこ1つ見ても、僕らが思っていたよりもはるかに人間の意識が変わっている。「ターミネーター」におけるスカイネットもですが、SFにおける新しいテクノロジーは得てして人間の敵として描かれますが、それも間違いかもしれないと思うんです。
―― なるほど。ところで、新たに登場する江崎プリンという若く有能でポップな存在も気になります。正確には鑑識チームの新人として登場しますが、攻殻機動隊にはこれまでいなかったタイプなので、最初は異物感がすごかったんです。でも、見ているうちに不思議となじんでいて。もう一人、海外で現地採用されるスタンという新キャラもいますが、2人の物語上の役割は明らかに違うように思います。
荒牧 つまり最初はプリンに違和があったと(笑)。
神山 新しいキャラが入ると得てして嫌われるから、その反応は読み通りです(笑)。プリンは、この作品のテーマを描く上で必要とされたために生まれたキャラといえますが、まぁここでは「(神山は)若い人に媚びたな」とでも思ってもらえれば(笑)。オジサンばっかりの作品ですから。
荒牧 むしろそういう風に思ってもらった方がいいよね。
―― 気になりますね……。もう1つ気になったことを最後にお聞きしますが、フィクションの中に真実を潜ませるような、現実と地続きのリアリティーはS.A.C.シリーズの魅力の1つでした。今作では、劇中の日本が、海外に比べるとまるで時が止まっているかのような印象です。ポスト・ヒューマンの描かれ方も日本では特殊でした。日本をあのように描いたのはどういう意図があるのでしょうか?
神山 鋭いですね。原作コミックが描かれた時代は、日本のテクノロジーが世界中を席巻していて、日本の工業製品が世界中に輸出されていた時期がありました。
でも30年たってみると、日本は衰退途上国になってしまっていた。脚本の開発に取り掛かった5年前は、まだかろうじて踏ん張っていたけど、今やそれに自覚的になっている。時代を先取りするつもりはなかったけれど、現実を描いていたら、世界から遅れていく日本、という絵に期せずしてなってしまったんです。
ただ、ポジティブにみれば、今の日本文化の育ち方は世界最先端ともいえます。皮肉を込めたネットスラングで「日本始まったな」というのがありますけど、“萌え”や“KAWAII”のように思いもよらないことをやっていたりするんです。僕らの世代からすれば、米国の西海岸文化を席巻するなんてありえないこと。あくまでも小さなところで起きているサブカルの一部だったものが、いつの間にかお天道様の下を歩いていた。
だんだんと世界中が疲弊する中で、みんなが思っていた経済を持続させようと思っているところに乗らない人たちが意外と大きくなった。そういう意味では最先端かもしれません。ガラパゴスかもしれないけれど。
荒牧 少子高齢化なのに結婚せずパーソナルなところで人生を謳歌(おうか)するような、良い悪いは抜きにして、そういう層は増えましたよね。そうした現象がすごく興味深く思えます。
―― なるほど。それにしても、序盤の展開もそうですが、神山監督はトグサのことが大好きなんじゃないでしょうか。
神山 (笑)。トグサは一見メインストリームじゃないところを歩んでいますが、だからこそ彼だけが見ることができる世界があるんじゃないですかね。
―― トグサだけが見ることができる世界……何かシナプスがつながった気がします。ありがとうございました。
Netflixオリジナルアニメシリーズ「攻殻機動隊 SAC_2045」
キャスト
草薙素子:田中敦子/荒巻大輔:阪 脩/バトー:大塚明夫/トグサ:山寺宏一
イシカワ:仲野 裕/サイトー:大川 透/パズ:小野塚貴志/ボーマ:山口太郎/タチコマ:玉川砂記子
江崎プリン:潘めぐみ/スタンダード:津田健次郎/ジョン・スミス:曽世海司/久利須・大友・帝都:喜山茂雄
原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社 KCデラックス刊)
監督:神山健治 × 荒牧伸志
シリーズ構成:神山健治
キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:戸田信子 × 陣内一真
オープニングテーマ:「Fly with me」millennium parade × ghost in the shell: SAC_2045
エンディングテーマ:「sustain++;」Mili
音楽制作:フライングドッグ
制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
製作:攻殻機動隊2045製作委員会
Netflixにて、4月23日(木)全世界独占配信(※中国本土を除く)
(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
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なおトグサは離婚しているもよう。これは思い詰めるトグサ登場フラグ……!