「ヅカロー」はハイローらしさと宝塚のプライドが交錯する良作である 宝塚初観劇のハイローファンが異文明をぶつけられ良さが“理解”ってしまった話(3/3 ページ)
ドラマ版ファンを熱くさせる前日譚。
真風涼帆はフリーダムガンダムである
「Capricciosa!!」のテーマはイタリアだったらしい。らしい、というのは、見ている間は必死すぎてイタリアなのかなんなのかよくわからなかったからである。幕が開くと同時に異常な人数のタカラジェンヌがずらりと並び、一糸乱れぬ動きで踊り、これまた異常な声量で歌う。正直なところ、このショーの部分は視覚と聴覚からの刺激でめった打ちにされたので、眼前で起こったことの順序をよく覚えていない。だから今この原稿は、劇場で買ったプログラムを見ながら書いている。
とにかく舞台の中央付近に出てくる人間全員のフォルムがいい。脚が長く腰の位置は高く頭が小さく、そして手足が滑らかにギュンギュン動く。男役は直線的でシャープな鋭角のシルエット、娘役は曲線的でグラマラスなシルエットを作り上げており、セリフのないショーなのに場面ごとにどういう役柄なのか一発で理解できる。もちろんこれは役者の体格だけでなく、衣装や姿勢や靴の設計やその他諸々のノウハウがあってのことだろうと思う。「緻密だけど、これって多分毎回やってるから役者も常連客も慣れちゃってるんだろうな……」という雰囲気がある。
さらにショーでビビったのは、思ったより性的な雰囲気が随所に漂っていたことである。もちろん脱いだりはしないが、男役娘役問わず表情や目線や振り付けがなんか妙に色っぽいのだ。何!? 宝塚ってこんなにエロかったの!? 「清く正しく美しく」をモットーにしてるのは、ほっとくと清くも正しくもなくなっちゃう(美しくはある)からなのか!? 開演前はあんなに上品なムードだったのに、ふたを開けてみたらこんなに官能的な内容だなんて……あ、でもこれはこんなふうに受け止めるおれがスケベなのか……?
強烈なビジュアルと耳にこびりついて離れない楽曲の連打を喰らっているうちに時間感覚が薄れ、ふと腕時計を見ればもうすでに30分以上が経過している。この人たち、こんなに長時間にわたって歌ったり踊ったりをこのハイペースで……? ついさっき1時間半以上の芝居をやった後なのに……? おれだったら30秒くらいでフラフラになりそうなのに、体幹にブレがなく動きは止まるべきところでビシッと止まり、そして随所で歌いまくる。タカラジェンヌ、化け物では? おれは芝居の後のショーはせいぜい30分ほどやっておしまいだと思っていたのだが、予想外のボリュームである。
そんなこんなでイタリアの諸都市を宙組の皆さんが駆け回り、最後に巨大な階段が登場した。この階段はおれですら見たことがある。なんかこう、羽根を背負ってここを降りてくるんでしょ? しかし、生で見るとなんか階段の足の踏み場が思っていたより狭そうだ。こんなところを1時間みっちり踊って降りてくるの? しかもデカい羽根を背負ってるんでしょ? 危なくない?
と思っている間に演者の皆様がずらずらと階段を降り、トップスターの真風涼帆さんが階段に降り立った。背中にあの、なんだかよくわからない巨大な羽根を背負っている。腕と脚が長く、スマートながら大柄で、そして背中に巨大な羽根を背負った白っぽい主役メカ(メカではない)……。その姿は、まさにフリーダムガンダムだった。胴体から八方に広がったフォルムが、完全にガンダムだったのである。観劇前、おれは「なんであんな羽根を背負ってるんだろう」と思っていた。が、今ならわかる。あれはガンダムだから背負っている。ガンダムなら仕方がない。全て完全に納得した。
ところで上演中の「ジャガビー」って何?
フリーダムガンダムが地上に降り立ち、「Capricciosa!!」は終わった。強烈である。見る前は全然意味がわからなかった宝塚歌劇の諸要素が、完全に腑に落ちていた。娯楽として味が濃すぎる。こんな濃度の見せ物に慣れちゃったら、もう普通の娯楽じゃあ馬鹿馬鹿しくってやってらんないんじゃないのか。そうか、だから熱烈なファンがたくさんいるのか……。
ハイローについては、まあ割と知っている。上品ではあったけど、ベースはいつもの味。知っている料理がちょっと違ったアレンジで出てきたようなもので、なるほど今回はこういう味付けなんですね、という感じで食べられた。しかし、ショーの方は完全に異文明。味の濃さと旨味だけはやたらと強い未知の料理を、1時間にわたってひたすら流し込まれたような体験だった。これはまあ、抜け出せなくなる人がいるのもわかる。
ショーについて言えば、思っていたよりあやしい見せ物だったというのが正直な感想である。「名前と性別」という、社会において個人を識別するための重要な情報がシャッフルされた美しい演者が大量に登場し、官能的な要素も孕んだ舞台を長時間にわたって鑑賞させる。これはもう、社会の秩序に対する挑発なのではないかという気すらする。そういった挑発的要素も含んだショーが上品にパッケージされ、形は変えつつも興行として100年以上にわたって成立してきたという事実には、何か勇気づけられるものがある。世の中には、こういう娯楽が図太く存在するべきだと思う。
しかし、この複雑怪奇な演劇の世界を理解するためには、材料も知識もまだ全然足りない。ということでおれは書店で『歌劇』を買い、そこでまた「え!? そういうところが記事になるの!?」という驚きを味わい、より一層その複雑さに驚いている。そしてまだ全然よくわからないのでなんでもいいからもう一回舞台を見たいと思っていたところ、色々あって「ディミトリ〜曙光に散る、紫の花〜」と「JAGUAR BEAT−ジャガービート−」のチケットが入手できてしまった。特に「JAGUAR BEAT」のほうは何度あらすじを読んでも何を言っているのか全然わからないが、なんせ頭に「メガファンタジー」とついている。すごいことになっているのは間違いなさそうだ。今度はどんな形の鈍器で頭を殴られる体験ができるのか、今から楽しみな今日この頃である。
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