「この品切れ重版未定本を重版してくれ、全部買い取ってウチで売り切るから」 書泉グランデが強気すぎる重版実施→すぐに完売して話題に(1/2 ページ)
この本の存在が、日本で中世ヨーロッパ的世界観の作品が数多く創られた理由なのかもしれません。
東京都千代田区神保町の書店「書泉グランデ」が、復刻を望まれていた品切重版未定本を力技で再重版に持ち込み、さらには完売させてしまった、という出来事が話題となっています。
書泉グランデは、株式会社書泉が神保町に構える大型書店。同社が重版にこぎつけたのは、長らく品切重版未定となっていた『中世への旅 騎士と城(H.プレティヒャ・著/平尾浩三・訳/白水社)』という書籍です。元はドイツで書かれた本で、内容は「中世ヨーロッパの世界観の解説」という専門書。これを日本語訳したものが前述の『中世への旅 騎士と城』で、1982年に発売されました。
重版までの経緯をツイートした作家のSOW(@sow_LIBRA11)さんによれば「この書籍に書かれた情報を基礎として、数多くの日本産RPGやファンタジー作品が創られた。影響を受けていない作品はほぼないと言い切れる、いわば本邦ファンタジー作品の原典」という、日本の創作文化における祖のような書籍なのだといいます。
つまり、現在のわれわれが触れている多様なジャンルの創作物は、それが創られるまでの数々の作品に影響を受けて創られており、それもまた同様に過去の作品の影響を受けていて……というように、さまざまな作品の過去をさかのぼっていくと、根源のひとつとして『中世への旅 騎士と城』の存在がある、ということです。
このような専門書の弱点として「売れ行きが読めないため、完売した後は重版未定になりがち」というものがあります。1982年版『中世への旅 騎士と城』もその例に漏れず、幻の書籍となっていました。そして長らく重版を求められ、発売から約30年が経った2010年に新装版が発売されたそうなのですが、それも同じように品切れ重版未定となり、新刊はもちろん古本でも手に入りにくい状況が続いていたそうです。
この名著の重版を求め、交渉を重ねていたという書泉でしたが……ついに「出版社へ本を返品できる返本制度は使わず、再重版した分はすべて自社で買い取り販売する」と決断、今回の自社限定での大々的な重版へ至ったといいます。
返本制度は本が売れなかったときの保険とも言えるもの。これを使わないとなると、売れなかったときに大量の不良在庫を抱えてしまいます。まさにイチかバチかの賭けですが、フタを開けてみれば初回の重版分は完売、さらなる重版を行っている最中(受注締切:3月31日)という、すばらしい成果を挙げられました。
この驚くべき出来事を受けて、ねとらぼ編集部は「売れ行きが読めなくて重版できないのなら、刷られた書籍をすべて買い切ってでも重版させてやる」という思い切りのよすぎる行動を実行した、書泉グランデの担当者にお話を聞きました。
書泉グランデの担当者・大内さんへのインタビュー
――書泉が、版元の白水社に「重版した分を全部買い取って売ります」と説得した、というのは事実でしょうか。本件の詳しい経緯を教えてください。
書泉グランデ 大内さん(以下・大内) 間違いございません。弊社が重版分をすべて買い切る、というお約束の上で重版されました。
『中世の旅 騎士と城』は、私が中学生の頃に買った書籍です。「ドラゴンクエスト」など中世ヨーロッパ風のゲームや、『指輪物語』などを読んでおりましたので、興味は抱いていました。しかし、当時は中学生が手を出せるこの手の解説書はあまりなく、そもそも“騎士”といえばアーサー王と円卓の騎士くらいのイメージでしたので、この本を読んでみると大変面白く、“中世ヨーロッパ”という漠然としていたモチーフが、こつぜんと実態をもって現れたようでした。
――なるほど、優れた解説書であることが想像できます。
大内 本の訳者である平尾浩三先生の翻訳もすばらしく、ユーモアにあふれ読みやすかったのも一因かと思います。その後もこの手の本を何冊も読みましたが、はっきり言ってこの御本は、名著の一冊と思いました。またこの本を底本にしたり、参考にした解説本やライトノベルも何冊かあったのを記憶しております。
『中世の旅 騎士と城』をきっかけとして中世ヨーロッパに魅了された私といえば、今では甲冑を着て書泉グランデの店内をうろつく書店員となりまして(笑)。その後、騎士と中世ヨーロッパをテーマとしたイベントで、中世〜近世ヨーロッパを扱った書籍、グッズを中心とした品々を販売する「ヒストリ屋 騎士と幻想と欧州の歴史」を、書泉グランデ内にて開催できるまでに至りました。
――大内さんの原点になった本なのですね。
大内 その催しのなかで『中世の旅 騎士と城』を販売したかったのですが、“品切れ重版未定”状態でしたので、どうしても自分の手でこの本を販売したい、と思いまして。まずは弊社の社長を説き伏せた後、白水社様との交渉を重ねた結果「重版分を弊社ですべて買い取る」というお約束の上で、今回の再重版にこぎつけられました。
――今回のネットでの盛り上がりや、店頭で完売したことなどについての感想を教えてください。
大内 正直、大変驚いております。初回の分をある程度売り切る自信はありましたが、、きっかけのツイートをしてくださったSOW先生をはじめ、限定重版をここまで皆さまが意気に感じてくださるとは思いませんでした。前述の通り名著なのは間違いありませんが。
――『中世への旅 騎士と城』について、オンラインでの受注予約を受け付けている、とありますが、店頭での販売は行わないのでしょうか。
大内 店頭でも販売いたします。店舗でもネット注文でも購入できる、という形です。
――ところで、書泉グランデさんのTwitterで動画を拝見したのですが……甲冑姿の大内さんと一緒に腕立て伏せをしている、黒い甲冑の方は誰なのでしょうか。
大内 西洋武器術スクール「キャッスル・ティンタジェル」のメンバーの方です。ティンタジェル様のアーマードバトル(中世の鎧と武器を使用して戦うスポーツ)のイベントを、定期的に弊社でやらせていただいております。
マニアの熱意からふたたび世に出た「幻の書籍」
イギリス・アイルランド周辺の神話や伝承の底本『妖精学大全(井村君江・著/東京書籍)』や、日本刀剣の底本『日本刀大百科事典(福永酔剣・著/雄山閣出版)』などのように、専門書はえてして入手困難となりがちで、図書館で借りるか、手元に置きたければプレミア価格で購入するかを迫られます。
ですが重版を求められたとしても、白水社が心配していたように「売れ行きが読めない」という問題は常につきまといます。今回の書泉が行った「重版分はすべて買い取る」という強引な方法は、ある程度売れるという自信があったとしても、相当な覚悟をもって行ったものでしょう。本当に、ここに至るまでの過程に“意気”を感じずにはいられませんね。
現在の日本における創作作品の、そのすべてが影響を受けているともいえる『中世の旅 騎士と城』。重版分をすべて買い取るという形式から、書泉でしか手に入らない逸品。3月31日まで受注を受け付けているので、興味を抱いた人はぜひお買い求めください。
写真提供:書泉グランデ(@shosengnd)/SOW(@sow_LIBRA11)さん
記事:たけしな竜美(@t23_tksn)、取材:十津川あきら
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「春の鈍器本まつり」を紀伊國屋書店が開催!? 京極夏彦の本など“超重量級文庫”が集結 「製本技術の高さを見て欲しい」と担当者
“鈍器本”を取り上げたフェア開催。 - 好きな作家の作品でアンソロジーを編める企画が「最高」「需要ありすぎる」と話題 販売元に始めたきっかけを聞いた
編集部でも実際に購入して、オリジナルのアンソロジーを作成しました。 - 閉店した書店のシャッターが感謝の言葉でいっぱい 地元に愛されたお店の写真がグッとくる
Twitterでも地元民から惜しむ声が。 - 「看板小さすぎた?」 東京・高円寺にオープンする小さな本屋さんの看板が、かわいらしくてすてきだと話題に
小さいけどよく見えるデザイン。 - 「僕は本を読むのが遅いんだ」――少しずつしか読書できない上司、その読み方を描いた漫画がステキと話題 作者に思いを聞いた
作者のさざなみさんは「本を閉じている間も本の世界が生活ににじみ出ているように感じられる」と語ります。 - 「いまめちゃくちゃ本屋さんに行きたい」 店頭で本を探す楽しさを描いた漫画への共感が止まらない
普段は読まないジャンルの本と偶然出会えるのが、書店の楽しみ。