「映画 すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ」が11月10日より劇場公開中だ。2019年公開の第1作も大きな評判となったが、今回は3作目にして最高傑作との声が多く届いている。Filmarksの初日満足度ランキングは、あの「ゴジラ-1.0」を超えて1位となった。
見ればその評価の高さも納得。子どもが楽しめるのはもちろん、この資本主義の社会で大人こそが大切なことを学べる、そしてポロポロと涙がこぼれる誠実な「お仕事映画」だったのだ。その理由を記していこう。
すみっコたちが得意なことを生かして働き始めるけど……?
あらすじは、「つぎはぎだらけの古い工場にやってきたすみっコたちが、“くま工場長”にさそわれておもちゃ作りをはじめる」というもの。まず見ていて楽しいのは、すみっコたちそれぞれの得意なことを生かしての仕事だ。
例えば、しろくまは器用な手先を生かしてミシンを担当。ぺんぎん?は得意の観察力で虫眼鏡での検品、といった具合。とかげは初めこそ布を切る作業を失敗してしまったとおもいきや、くま工場長からは「はじめてにしてはうまい!」という言葉をかけてもらっていて、「褒めて伸ばす」ことの大切さも思い知らされる。
その後もすみっコたちは楽しく仕事を続けて、平和で楽しい時間が流れていく……はずだったのだが、次第に不穏な空気が漂い始める。くま工場長はなぜか焦りだし、おもちゃの「生産数」を過剰に求めてしまい、行き過ぎた「成果主義」の価値観に染まってしまうのだ。
ちょっぴりホラー、そしてハリウッド顔負けのサスペンスアクションへ
つまり、「楽しいはずの仕事場がブラックに突き進んでいる」ことが分かるので、働いた経験がある大人こそがゾッとするというわけだ。毎日の生産数のノルマに急にとんでもない数字が表示される場面や、とある事実が明らかになる様は、ほぼほぼホラーと言ってもいい(とはいえ、子どもが泣いて怖がるようなものでもない)。
もちろん、すみっコたちに過剰労働を課すだけでこの物語が終わるわけがない。そこからは工場からの脱出と、はたまた外部と連絡し状況の改善を図るための計画が進行する、ハラハラドキドキのサスペンスとなるのだから。さらに、ハリウッド映画顔負けのカッコいい演出も生きた、派手なカーアクションまで飛び出す。
わずか70分の上映時間で、初めはすみっコたちが楽しく仕事をしている様を描き、ちょっとだけホラー的な雰囲気になったと思っていると、いつの間にかハラハラドキドキの脱出サスペンスアクションまで展開する。小さなお子さんでも飽きずに楽しめる、次々にジャンルが変わっていくエンタメ作品として申し分のない内容というわけだ。
すみっコぐらしの精神にリンクする、やさしいメッセージ
劇中ではメインのすみっコたちが工場で働く物語と並行して、しろくまが夢で見ている過去の記憶も語られている。見ている間はこの2つはまったく関係のないようにも思えるが、もちろんそこにこそ「仕掛け」が施されている。「つながった」瞬間に、身震いするほどの感動があったのだ。
そこで提示されるのは、資本主義の世の中で働いてきた大人こそが忘れがちな、「仕事で1番うれしいこと、大切なこと」に関するメッセージ。同時に、映画「トイ・ストーリー」や「バービー」にも通ずるおもちゃの意義や可能性を示すことに成功している。
さらに、そのメッセージは、「すみっコぐらし」というコンテンツのコンセプトそのものにもリンクしている。
例えば、すみっコたちは「しろくまなのに寒いのが苦手」「ねこは気が弱くて恥ずかしがり屋」といったように、「他とはちょっと違う個性」を持っていて、それはコンプレックスにも思える一方で、「あなたはそのままでいい」と心から思えるすみっコたちのかわいらしさやけなげさでもあり、最も共感できる部分でもあるという構図がある。
とあるキャラクターへの「救い」をもってして、その「すみっコぐらし」の精神を見事にすくい上げたときに、筆者はつい涙をこぼしてしまった。それは働いた経験のある、これから働く大人にとって福音となるものでありつつ、押し付けがましくなく「その人らしさ」や「与えられた役割以外のこと」を尊ぶ多様性の素晴らしさを説いた、教育上の観点からも素晴らしいものだった。
そもそも、ほのぼのとしてやさしい世界観のすみっコぐらしと、仕事(労働)という物語の発端は、かなり相反する要素とも思える。実際に劇場パンフレットには脚本家の角田貴志がまさにそのことを心配していたと書かれているのだが、だからこそ制作チームが真摯に物語に向き合い、ここまでの作品が生まれたことも分かる。
そして、本作は何よりも映画館で、エンドロールの最後まで見届けてほしい。劇場にいるみんなで最後まで一緒に見てこそ感動できる、さらなる仕掛けが用意されているのだから。
この秋は「お仕事映画」が大充実!
最後に、この2023年の秋に、優れた「お仕事アニメ映画」が、この「映画 すみっコぐらし」の他にも同時期に劇場で上映されているというミラクルが起こっているので、それぞれ簡単に紹介しておこう。
「駒田蒸留所へようこそ」
「駒田蒸留所へようこそ」は、「花咲くいろは」「SHIROBAKO」などの制作会社P.A.WORKSによる“お仕事シリーズ”最新作。経営難の蒸留所の女性社長と、やる気のないニュースサイトの男性記者が出会い、ぶつかり合いながらも共に成長するドラマが描かれる。早見沙織の儚さと芯の強さのある声の演技で耳がずっと幸せ。
「北極百貨店のコンシェルジュさん」
「北極百貨店のコンシェルジュさん」は、同名漫画が原作。お客さんが全て動物という不思議な百貨店でコンシェルジュとして働き始めた新人のお姉さんが主人公で、コロコロと表情を変えたり、「動物そのまま」に思えるキャラクターの動きがとても愛らしく、老若男女が楽しめる。終盤にはあっと驚く秘密も明かされる。
どちらも別ベクトルで、「自分も今の仕事をもう少しがんばってみようかな」と思うことがきっとできる、とても誠実な作品なので、ぜひ合わせて見てみてほしい。
(ヒナタカ)
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