M‐1グランプリを目指した元漫才師の最後 「辞めた相方以上の存在はいないから」

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※この記事は漫才師として成功することを諦めた芸人が、漫才師を辞めるまでを振り返る連載の第6回です。

第1回

第2回

第3回

第4回

第5回

【第5回までのあらすじ】地上波のレギュラー番組を持ち、M-1で披露したネタは死ぬほどウケた。「同級生漫才師」として着実に実績を重ねていったが、ある日相方であるシンカワから「M-1を棄権して休みたい」と告げられてしまった。

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「きっと戻らないとは思います」

 中学の時に見たヒーローの輝きはもう見る影もなかった。シンカワはずっと俯き、深く理由を語ることもなくただ「休みたい」「もうできない」「ごめん」とだけひたすら繰り返していた。人形のようだった。

 それでも僕は引き下がれなかった。幼いころからの夢が何年もかけてすこしずつ芽を出し、ようやく実がなりかけていた、花が咲くまで辛抱できるような喜びを感じていた、その真っただ中に水やりをやめることなんてしたくなかった。

 泣きながら「あと少しじゃん。もう手が届くとこまできたんだよ、俺たち。なんで今休むんだよ」と言った気がする。それでもシンカワには響かなかった。

 が、彼は絶対に「解散」という言葉を出さなかった。続ける気など毛ほどもないくせに。最後まで言わなかった。それは、その重すぎる決断を僕に決めさせようとしたのか、僕の熱意を知っていたうえで言い出しにくかったのか、それとも両方か、その答えは分からない。

 今となってはもうどちらでも良い。

 僕らを見かねたマネージャーさんが「とりあえず一旦、シンカワくんは休養して、そのあとやりたくなったらまた戻ってきたらいいんじゃない?山口くんもそれでいい?」と折衷案を出してきた。それでいいわけがなかったが、間を取るとしたら妥当な判断なのかもしれないなとも思ったのでひとまず納得した。

 シンカワもその案にうなずくと、捨て台詞のように「もう20代後半ですし、遊んでる場合ではないのできっと戻らないとは思います」と言って先に席を立った。死刑宣告を受けたかのような悲しみが襲ってきた。

 僕が人生をかけて、いろんなものを犠牲にして作ってきた笑いも緊張も経験も、シンカワにとっては「遊び」だったのか、と。そりゃあ、頑張れねえわな、となんだかおかしくなって笑いながら泣く僕をマネージャーさんは「今日でもうやめてもいいんじゃない」と言ってくれた。

 その月の末日にシンカワの休養が発表され、僕は「ボスマジック山口」というコンビ名を残しつつピンでネタをやり続けることとなった。ボスマジックとしての活動を止めず、あくまで休養中の相方を待つ片割れ、のようにふるまっていたが、もう解散することは分かり切っていたので切り替えなければいけないと思いながらネタをしていた。

 これから俺はピン芸人になるんだ。それは辞めていくシンカワに「ああ、やめなければよかった」と思わせてやるという一心だった。

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ピン芸人「ヤマグチクエスト」へ

 あの時、観ていたお客さんや同期、先輩、後輩たちの目に僕はどう映っていたのだろうか。そして半年後、僕らはやっぱり解散した。僕らはいわゆる「解散ライブ」のようなものもしなかったため、最後の漫才は休養発表前に事務所ライブで見せた新ネタだった。

  その新ネタはすでに休養すると告げられたあとに作ったものだったので、僕は「どうせ解散するんだろう」と思い、ネタにも演じる時も心が入ってなかった。終演後、ずっと僕らを追いかけてくれたファンの方もこのネタについてはあまり触れてこなかった。

 多分、このネタに熱がないことが何となく伝わったのだろうと思う。ちなみにどんなネタだったのか、僕は1文字たりとも思い出せない。他のネタはいくらでも思い出せるのに、このネタだけは題材すらも思い出せない。

 解散発表後、僕は心機一転ピン芸人「ヤマグチクエスト」となった。その時点で僕は、もう同級生の相方とラジオもできないし、2人で冠番組を持つこともできないし、夢だった始球式でバッテリーを組むことも叶わないのだと痛感した。

 「シンカワを後悔させてやる。俺たちは売れるはずだったんだ」というモチベーションで続けていく決意を固めたつもりではあったが、ヤマグチクエストという名前を事務所に告げに行ったとき「なぜ夢がかなわないのにお笑いを続けなきゃいけないんだろう」という思いがぬぐい切れず、モヤモヤしたままだった。

 昔の自分に謝りたい。

 君が思い描いたような楽しい芸人人生を送ってやれなかった。

 君が歩む芸人人生はズタボロだ。

 楽しい時間の100倍苦しく切ない時間ばかりだった。

 でもその一瞬の「楽しい」は、芸人じゃないと味わえなかったよ。

 ピン芸人となったが、どうしたらいいものかとウジウジしていたある日、「ゲーム好きなんだし受けてみなよ」とマネージャーさんが推薦してくれたオーディションに受かった。それが後に死ぬほどお世話になるテレビ東京のバラエティ番組「勇者ああああ」だった。

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もう「同級生漫才師」にはなれない

 この番組のおかげで僕は様々なゲーム番組やイベントなどを経験させてもらった。正直、コンビ時代よりもたくさんの経験をしたし、バイトも辞められるくらいには収入も増えた。

 しかし、この先どんなに素晴らしい経験を重ねても、その先にあの頃の僕の夢はないんだなと思い虚しくなることも多かった。イベントの打ち合わせなどで「山口さんの良さを出していただければ大丈夫です。お笑いイベントではないので」と言われるたびムカついた。ゲームの話がしたくてお笑いを始めたわけじゃない、好きで「お笑い苦手キャラ」をしているわけじゃない、と。担当の方も悪気があってそんなことを言っていたわけではないと頭ではわかっていても、漫才ができなくなったコンプレックスはなかなかぬぐい切れなかった。

 今も、2人で中学のころの思い出を話してゲラゲラ笑うラジオ番組はできないんだなとオードリーさんやくりぃむしちゅーさんのラジオを聞くと切なくなる。それだけ僕にとって同級生漫才師は憧れであり、M-1は大きな大きな目標だった。

 僕は初めから芸人として売れることが目標ではなく、同級生漫才師であり続けたかっただけなんだと思う。

 今でももしかしたらあの時、ちゃんと敗退するまでM-1に出ていればこんな思いはしなかったのかもなと思うこともある。M-1用に何度も練習したネタのセリフは今も空で言えるほど脳と体に染みついていて、今も脳内でイメトレしてしまうこともある。が、もう叶わない。どんなに願っても漫才はもうできないんだと、ふと我に返り虚しくなる。そういう病だ。

 今年もM-1グランプリが開催される。世の中の人たちは年末の恒例行事と思っているかもしれないが、漫才師にとってのM-1は夏から始まっている。誰の目にも触れないところで僕と同じように漫才師にあこがれ、夢を見た人たちが挑戦し、そして散っていく。

 そんな姿を見て、また漫才師という夢を追いかける人たちもいるだろう。

 M-1を見て、自分も出たい、漫才をやってみたいと思っている方。ぜひ頑張って夢をかなえてほしいと心から思うが、今もM-1への思いを引きずっている僕から伝えたいことがある。

 それはネタや面白いことを言おうとする前に、まず「自分の人間味」を知ることから始めたほうがいいということだ。自分は何が好きなのか、人からどう見られているのか、どうしたら「面白い」のかということだけを必死に考えることが一番の近道だ。

 ドロップアウトした自分にそんなことを言う権利はないのかもしれないけど、困っている誰かの助けになってくれればいいなと思う。

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辞めた相方以上の存在は絶対にいない

 それだけM-1が好きなら、漫才をやればいいじゃないかとたくさんの人から言われたが、僕の中で「同級生漫才師」というものへの憧れはとんでもなく大きく、辞めてしまった相方以上の存在は僕には絶対にいないのでそれはやっぱり叶わない。

 辞めていくシンカワに猛烈に腹が立ったし、後悔の念もあるが、やっぱりあいつは面白かったし、あいつとの漫才は楽しかった。ネタも湯水のように浮かんだ。だから僕はシンカワ以外とは組めないのだ。

 今はだいぶマシになったが、解散してからというもの、誰かの漫才を見たり、トレンドが変わっていく瞬間を目の当たりにしたりしたとき、もし自分たちが当事者だったらどうしていたかということばかりを考えてしまい、うまく笑えないこともたくさんあった。もしまだ自分たちが続けていたら、というifを考えない日はない。

 どんどん面白い後輩漫才師が出てきて、結果を残している姿をみるたびに「いいなあ」と思う反面、「俺たちも続けていれば勝ってた」と思うこともある。自分たちがまだ現役だったら絶対もっと面白いネタ出来ていただろうなと思いながら泣く夜もある。我ながら本当に気持ち悪い。

 漫才師のみなさんには、僕とは違い、悔いの残らないお笑い人生を歩んでほしいと思う。そしていつか、僕らの夢を代わりに叶えてくれるようなそんな同級生コンビが現れてくれたらいいなと心待ちにしつつ、これからもいち漫才ファンとしてM-1を楽しんでいきたいと思っている。

 夢は追っても、どんな思いで戦っても、自分ひとりの力ではどうにもならず、報われないことがある。だから夢なんて持たなくてもいいと思う。だけど夢があったから経験できた時間もたくさんある。

 それは僕の財産だ。誰に何と言われようと、失敗した歴史はかけがえのない僕の人生だ。こんなに後悔して、こんなに悔しい思いをした人間が「財産だ」と思えるのだから、失敗や後悔はそんなに悪いもんじゃない。

 では、今からその理由を5万字かけて書き記していこうと思う。

 いや、もういいよ。どうもありがとうございました。

著者:ヤマグチクエストTwitter
笑いを忘れたゲーム好き芸人。中でもRPGやシナリオの思い入れが強く、「伏線」「考察」と聞いただけでよだれが出る。あと野球も死ぬほど好き。一番好きなゲームは「ポケットモンスター」シリーズ。

筆者が実際に通っていた養成所(スクールJCA公式Twitterより

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