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» 2013年11月08日 10時07分 UPDATE

「那珂」ちゃん、やっちゃったね!:艦これサーバ群“戦歴的”プロフィール「ブルネイ泊地」編

今のブルネイは、ぼこぼこ湧く原油のおかげで世界一裕福な国。太平洋戦争のブルネイは栗田艦隊西村艦隊がレイテに出撃した地。くあー、くるとこまできたねー!

[長浜和也,ねとらぼ]

那珂ちゃん、隙を突かれて大失敗、の巻

 艦隊これくしょんの第13サーバ群として「ブルネイ泊地」が11月6日に稼働を開始した。史実のブルネイ泊地は、ボルネオ島の北岸、南シナ海に面した港で、大規模艦隊を収容できる。ボルネオは原油がぼこぼこぼこぼこ湧く島で、艦隊を動かす油が欲しかった日本軍の最重要目標としてフィリピンを占領できた1942年1月から攻略を開始する。

 ボルネオ島攻略作戦には、我らが軽巡「那珂」ちゃんがセンターを務める第4水雷戦隊が出撃しているが、最重要目標のパリクパパン上陸作戦において敵駆逐隊に隙を突かれて、輸送船4隻を撃沈されてしまう。ちょっとちょっと那珂ちゃ〜ん。

 その後、1942年の後半から1943年にソロモン諸島が主戦場だったころはのんびりとしていたブルネイ泊地も、1944年にそれまで主力艦隊の根拠地として使っていたトラック基地、そして、パラオ基地が相次いで敵機動部隊の大空襲を受けて基地機能を喪失すると、日本海軍主力はフィリピンとボルネオ島から西に追いやられてしまう。主要な艦隊集結地はシンガポールに近いリンガ泊地を使ったが、敵艦隊の来襲に備える出撃待機用泊地としてボルネオ島近くを使用した。マリアナ沖海戦の待機泊地に使ったタウイタウイ泊地もボルネオ島の北東端にある。

 ブルネイ泊地はレイテ沖海戦に出撃する前の第2艦隊が集結した場所として歴史に名をとどめている。レイテ沖海戦出撃前の戦艦「長門」を撮影した写真は、その奥に「大和」と「武蔵」も写っている貴重なカットとして有名だ。また、レイテ沖海戦に向けて出撃する第2艦隊の単縦陣を撮影した写真は、その先を象徴するような、見るものをとても不安な気持ちにさせる雰囲気に満ち満ちている。

 ちなみに、このときブルネイ泊地から出撃したのは戦艦7隻に重巡洋艦11隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦19隻。この中で生き残ったのは戦艦4隻、重巡5隻、軽巡1隻、駆逐艦15隻だった。

kn_burunei_01.jpg ボードウォーゲーム「捷一号作戦」でブルネイ泊地とレイテ沖の位置関係をみる。安全なのは南シナ海から大きく回ってレイテ湾に向かう航路だが、栗田艦隊は燃料調達の遅れから予定より1日遅れて出撃したことで、短縮コースのパラウン水道(案の定、潜水艦の雷撃で愛宕摩耶沈没高雄落伍)>シブヤン海(空襲で武蔵沈没妙高落伍)>レイテ湾の航路を進み、山城扶桑と低速戦艦で構成する西村艦隊は最短距離のスル海>スリガオ海峡(時雨残して全滅)>レイテ湾の航路に進路をとった

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