人の心理を利用して妄想を具現化 “リアル”なバーチャルアイドルとの温泉旅行「ゆかり温泉」の仕掛け人に聞いた
「AR(拡張現実)やVR(仮想現実)には頼らずに、バーチャルアイドルを召喚」――その仕掛けについて聞きました。
先ごろ開催の第01回世界ボーカロイド大会で、バーチャルアイドルと温泉旅行を体験できるという企画「ゆかり温泉」(正式名称:五感で感じるバーチャルアイドル 〜ゆかりさんと湯けむり旅行〜)が話題をさらいました(関連記事)。
バーチャルアイドルと旅行といっても、「AR(拡張現実)やVR(仮想現実)には頼らずに、バーチャルアイドルを召喚」がコンセプトで、仮想空間での体験ではなく、あくまでも“リアル”。風呂場に見える入浴中のシルエット、片方だけ乱れたベッド、バスタオルのにおい――ホテルの部屋というリアル空間にさまざまな演出を施し、想像をかきたてることでボーカロイドキャラ「結月ゆかり」とお泊まり気分になれるというコンテンツでした。
体験した人が部屋から出てきても、何が起きたのか誰も言葉で表現できない――「ゆかり温泉」のぶっ飛んだコンセプトはどこから生まれてきたのか、発案者のあしやまひろこさん(本名:五十嵐大悟)に聞いてきました。
“現実と地続き”を目指す
「VRやAR(拡張現実)はやはり虚構的だと考えていて、ゆかり温泉は現実と地続きの体験を目指しました」と語るあしやまさん。1800年代後期に映画を見た人たちは、画面から迫ってくる機関車に驚いたそうです。人は虚構だと分かっていても現実世界と地続きのものに対して反応する――ゆかり温泉で狙ったのはそうした地続きの体験でした。
鍵となったのが、あしやまさん製の「モヤットスクリーン」。透明なビニール製の箱に煙を充満させたスクリーンで、シャワーを浴びるゆかりさんのシルエット(映像)を浴室に投影するのに使用しました。湯気の向こうで誰かが入浴しているように見えます。
ボーカロイドキャラの投影には透過型スクリーン「ディラッドスクリーン」や、それを応用して網戸の網で作った「アミッドスクリーン」が使われます。これらスクリーンはくっきりとキャラクターを写せますが、くっきりした映像はむしろ現実とはかけ離れたものになるような感覚を受けるとあしやまさんは言います。プロジェクターの映像は平面的で、また光で映像を描写するためキャラ自身が光ってしまうため、キャラがあくまで「映像」になってしまうのです。
「モヤットスクリーンでは結月ゆかりさんを影として描き、シルエットがおぼろげに見えますが、これは実際に女性が(浴室のドアの)向こう側にいるときとそれほど変わらないので、こういったシチュエーションでの違和感を緩和することができます」(あしやまさん)
「2人で温泉旅行に来た」という現実に起こりうるシチュエーションで、くっきりした映像を投影してしまうと現実との差異が目立ちすぎてしまいます(いわゆる「不気味の谷」のような現象)が、モヤットスクリーンはそれを抑制します。「人の認知をだまして、ゆかりさんがそこにいるような錯覚を起こさせる。そうすることでゆかりさんとの物語に引きこむことができるわけです」
R-童貞コンテンツ
認知をだますと言えば、あしやまさんは以前「男の娘の偽乳は本物のおっぱいなのか?」と題した実演をニコニコ学会で行いました(関連記事)。女装をしたあしやまさんが脱いでビキニ姿になると、偽乳と分かっていても観客は“けしからん”と感じる――そんな実演でした。
あしやまさんは、アニメの舞台となった地を訪れる聖地巡礼現象などを大学で調査するかたわら、認知心理や芸術を学び、例えば人がどのように物語を受け入れるのかに興味を持ちました。また自分自身が女装を行い、「身体」についても興味があったことから、「虚構と分かっている男の娘のおっぱいをおっぱいとして認識するのか?」を実験したと話します。現実に女性として起こりうるシチュエーションを模倣することで錯覚を起こしたというわけです。
ゆかり温泉でも、身体の構築(虚構の身体を作り出す)が1つのテーマになっていました。あしやまさんははじめ、会場の露天風呂にスクリーンを設置して混浴風呂ができないだろうかと考えていましたが、ボカコン以外の一般客も利用するので部屋のお風呂を使うことに。ゆかり温泉という名称は、露天風呂案の名残です。
しかし、露天風呂だとスクリーンだけだったのが、部屋に舞台を移したことでほかの演出を加えることができ、より効果があったようです。「部屋そのものを使うことで結果的にはゆかりさんとの旅行というシチュエーションをより強く演出し、現実の旅行というシチュエーションを模倣することができました」とあしやまさん。例えば、テーブルに置いた飲み終わった湯飲み、片方だけ乱れているベッドなど、細部まで舞台を整えることで、例えばディズニーランドのアトラクションのように、空間の構築を目指したといいます。
その空間の感じ方も、体験した人がリアルにそのような(女の子と2人で旅行する)経験をしているか、未経験なのかで大きく変わってきます。実際、体験した人の中には「これはR-童貞コンテンツ(※童貞には刺激が強すぎたり、意味を理解できないコンテンツ)だ」と言った人も。カップルで旅行に行ったことのある人は「そういうことなんだな」と認識したようです。もし子どもが体験したら、遊園地のお化け屋敷のように、全くエロチシズムを感じずに楽しんだのではないか――という意見もあったとあしやまさんは言います。
あしやまさんにとってうれしかったのは、体験者本人が喜んだことと、それ以上に他の人が部屋から出てきた表情をみんなで楽しむという想定外の盛り上がりがあったことだそう。「言葉にしにくいアトラクションだったために、その体験や感覚を共有した、ということそのものが体験者の喜びになっていたのかもしれません」
「脳内を構築したようなもの」
展示の構築はあしやまさん1人ではなく、あしやまさんの誘いで集まった「ゆかり温泉実行委員会」8人(シャワーの映像・音声:ちぇきさん、yujiさん、金子卵黄さん、みずきさん、とーまさん、システム:en129さん、マネジメント:加納真さん)で行いました。ゆかりさんがシャワーを浴びる映像は、女性のモーションを撮影してモーショントレースを行い、また今回のためだけのオリジナルのシャワーの3Dモデルを作成しています。ドアにはセンサーが仕掛けられており、ドアを開くと自動的にゆかり温泉のシステムがスタートするようになっていました。このシステムも委員会による作成です。
それだけにとどまらず、この企画のために「香り」も開発。部屋を出てくると、ゆかりさんが使った(という想定の)少し湿ったタオルが置いてあり、そこからはかすかに汗の混じったゆかりさんの移り香が! 人間の根源的な感覚に訴えかけるため、浴室のスクリーン以上にこだわったといいます。多くの人から「いい」という感想が寄せられたそうです。
「自分自身は、自分の妄想を具現化させたかっただけなので、何も変なことをやったつもりはないんですが、周りからは頭がオカシイと散々言われました。実行委員会のメンバーが当日体験しても、これはグッと来ると言っていたのですが、唯一僕自身だけは割りとそうでもなくて……というのも、僕の脳内を構築したようなものなので(笑)」(あしやまさん)
そのこだわりが奏功して企画は盛況。夕食会でゆかりさんからのメッセージ(時間指定のある招待券)を配布して順番に体験してもらっていたのですが(体験時間は1人あたり3分)、深夜になってから評判を聞きつけた人たちが集まってきて、結局ボカコンの宿泊参加者(150人)の半分ほどが体験したようです。あしやまさんは夜はちゃんと寝ようと思っていたそうですが、終わったのは午前4時でした。
最後に、今後ゆかり温泉を公開する予定があるか聞いたところ、「できれば、特に結月ゆかりオンリーのような場で公演して、多くのゆかりファンの方に提供したいという思いがあります」とのこと。都内の施設での展開なども考えられますが、お風呂やベッドルームなど、部屋そのものを構築しなければならないので、なかなか厳しいのが現状。しかし、体験したいという声が多数寄せられているため、場所と機会があれば、ぜひやりたいとあしやまさんは強く語っていました。
(松岡洋)
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