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» 2015年10月02日 10時00分 UPDATE

虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第55回:ITmediaの人気連載が電子書籍に 山田胡瓜「バイナリ畑でつかまえて」は上質なSFショートショートの味わい

ずっと書籍化を待っていた「バイナリ畑」がついに電子書籍に!

[虚構新聞・社主UK,ねとらぼ]

 ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。近ごろ小学生ぶりに星新一を読み始めた虚構新聞の社主UKです。

 さて、今回紹介するマンガは連載第55回目にして初となる個人出版、山田胡瓜先生の短編集「バイナリ畑でつかまえて」です。


画像 「バイナリ畑でつかまえて」(山田胡瓜)

 Webサイト「ITmedia PC USER」にて2013年5月から2015年9月まで掲載された21本の短編と1本の中編を収録した本作ですが、中身を紹介する前に本作にまつわる思い出話をひとつ。というのも、社主が「バイナリ畑」と作者・胡瓜先生に巡り合うきっかけこそ、この連載だったからです。



 本連載が始まった2013年の年末、社主があいさつ回りで上京した時、ねとらぼと同じ ITmediaでのマンガつながりということで、ねとらぼ編集・M女史に紹介してもらったのが胡瓜先生との初めての出会いでした。

 「胡瓜先生、普段は会社員なんですけど、『アフタヌーン』で四季大賞を受賞して……」と聞いて、「めちゃめちゃすごい人じゃないですか!!」と、当時驚いたのを今でもはっきり覚えています。

 実際お話しした胡瓜先生は漫画家オーラ全開バリバリというのではなく、好青年という感じの男性で、社主もその日は「じゃあ今度『バイナリ畑』読んでみますー」くらいのあいさつで地元・滋賀に帰りました。

 そして4カ月後――。色紙とサインペンを携え、胡瓜先生にサインをねだる社主の姿がそこにありました。


画像 サイン、いただきました。描いてもらったのは「バイナリ畑」作中に出てくる女の子・みっちゃんです

 以来ずっと「バイナリ畑」の書籍化を待っていたわけですが、この9月、ついにAmazonの電子書籍「Kindle」での自主出版というかたちで実現。ようやく1冊の漫画本として本連載で紹介できるようになったというわけです。



未来ではなく「現在」を切り取ったSF

 さて、冒頭でも書いたように本作「バイナリ畑でつかまえて」は「PC USER」での連載作を収録した短編集。連載時はWebでの閲覧に合わせて、1コマ1コマを分けて並べていましたが、書籍版では一般的なマンガと同じレイアウトで、1本あたり2、3ページにまとまっています。

 そして、その非常に短いページの中で描かれるのは、ITを通じた現在(いま)と、そう遠くない未来に生きる人たちの一風景。TwitterやFacebookといった、今やさすがに注釈の要らなくなったメジャーなツールだけではなく、DropboxやGoogleストリートビュー、あるいはAR(拡張現実)の先駆けとして注目を浴びた「セカイカメラ」など、日頃こういったITに親しみあるねとらぼ読者なら、違和感なくスッと入ってくるテーマなのではないかと思います。



 またこれら短編1つ1つでの硬軟使い分けも見どころのひとつ。しんみり抒情的な気分になったかと思えば、その直後にこの上なくバカバカしい1本をぶっこんできたり、若かりし頃の甘酸っぱい思い出を呼び起こさせつつ、その一方で封印していた若気の至りを掘り起こしてきたり、このたった100ページの中に、喜怒哀楽の全てを詰め込んだ印象すらあります。

 またITを扱った作品というのは、電脳空間やタイムマシンが日常に溶け込んだ未来的SFに偏りがちですが、収録作の多くが「2010年代」という現在(いま)を切り取って描いているのも興味深いです。

 SFは今より10歩も20歩も先にある想像の未来を示して作品寿命を延ばすけれど、「バイナリ畑」の短編の多くは――失礼を承知の上で言うと――、10年後にはきっと時代遅れになっている。10年前の我々がこれほどまでスマホが行きわたった現在を想像できなかったように、10年後の2025年の姿は全く想像がつきません。

 しかしそれもまた日進月歩のITの宿命であり、裏返せば、本作が本当に楽しめるのは、その一瞬を切り取ったこの2015年の今でしかないということでもあります。つまり「いつ読むの?」と問われたら、「今でしょ!」ということです(そしてこのフレーズも今や時代遅れになっているというややこしさ)。



読者に届かないリアルさ

 さて本作に収録する短編21本の中で、社主が最も気に入ったエピソードは第13話の「ロスレス栗田さん」。

 大学生の「僕」こと阿久津のもとに、漫画家志望の栗田さんから「感想を聞きたい」とPDFで送られてくるネーム。ある日、まだスキャンする前の生ネームを栗田さんから手渡され、自宅でその紙のにおいをすんすんと嗅ぐ阿久津。

「PDFからは漂わない栗田さん由来の匂い/いい匂いというより彼女の迷いや葛藤が染みこんでいる気がした」



 ここだけ取り出してしまうと「好きなあの子のリコーダーを……」という流れに行きつきそうですが、これはそういう話ではなく、栗田さんの生ネームというのは「目の前にあるリアル」の比喩でもあると思うのです。

 大学卒業後、漫画家デビューした栗田さんの作品がネットで結構叩かれているのは、果たして彼女の作品がつまらないからなのだろうか。PDF化によって失われたのは阿久津が紙の匂いから感じ取った彼女の息づかいだけでなく、ディスプレイ越しに作品を鑑賞する我々の態度もまたそうなのではないか……。dpi(解像度)がいくら上がろうとも、その背後にあるものまでは読者に届かないのです。



ITとメルヘンは隣り合わせ

 最後に本作唯一の中編であり表題作でもある「バイナリ畑でつかまえて」についても、少し触れておきます。

 個性ある人工知能の開発を目的に始められた「AKI」プロジェクト。このプロジェクトチームに所属する大野は「AKI」の人格データ(ライフログ)のソースでもある同僚のアキに恋心を抱くものの、まもなく彼女は他界。生前アキに告白したのに、返事を聞けないままこの世を去られてしまった大野くんは、その人格を移植したAKIに答えを求めようとするが……というお話。

 得られなかった告白の返事を、虚像の人工知能に求めることに何の意味があるのか――。これをどう見るかが、読み手の価値観の別れどころでしょう。そして「何も意味などない」というのが世間では多勢を占めている。冷静に考えれば、イエスであれノーであれ、仮にAKIから返事があったとしても、アキが亡くなっている以上、その「次」には何もないわけで。

 そういう意味では物語後半、大野くんの長年の夢だったというAKIとの遊園地デートを叶えるシーン(要するにARメガネをかけた一人遊園地)は、普通の人には理解できない光景でしかないでしょう。



 けれど、その奇妙なデートの最後に待っていた甘酸っぱく切ない、おとぎ話のようなクライマックス。ITをテーマにした本作にしてはメルヘンすぎるかもしれない。でもロジックじゃないじゃないですか、恋愛って。ねえ。



ぜひ紙の単行本を……!

 と、今回も予定をオーバーして語ってしまいましたが、本作で唯一かつ最大に残念なのは、現状これがWebサイトかKindle版でしか読めないこと。今も全編タダで読めるのはありがたいですが、社主としてはやはり物理的に単行本として所有していたい!

 時代に逆行する古い人間と言われようと、やはりリアルに所有することに意味はありますよ。マンガというのは単なるデータや情報ではない、活字以上に情念の塊だと思っているので、本連載をお読みの関係各位に「限りなくロスレスな『バイナリ畑』を読みたい!」と強く主張しつつ、今日はこれにて筆を置きます。

 今回も最後までお読みくださりありがとうございました。



(C)山田胡瓜


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