アイスクリーム、紫色、アルカリ……謎のメニューだらけの「菊や」のラーメン そこには誰かに必要とされる一杯があった

変わり種ラーメンの誕生秘話にも迫りました。

» 2016年01月31日 10時00分 公開

 “ぶっ飛びすぎたラーメン屋”が北千住にあるとのウワサを聞きつけて、ラーメン大好きの筆者は、いてもたってもいられず現地を訪れた。住所を頼りに歩くこと北千住駅から約15分。荒川の堤防に近い、住宅街にその店は、ひっそりと佇んでいた。


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 一体どのようにぶっ飛んでいるのだろうか? そう思いながら店前に立つと、さっそく妙なことに気がついた。「味自慢ラーメン」と書かれた赤のれんの下に、意味不明な単語がガラス戸に書かれているのだ。

 ゴマズ……? コーヒーミルク、チーズ、納豆、アルカリ? ジョロコン……? ンチャ? 牛乳……。なんだろう、これ? ラーメン以外のメニューのことなのか? アルカリ? そもそも「ンチャ」の最初の一文字見えてないし! すでに不信感でいっぱいである。

 おそるおそる扉に近づいてみるが、人の気配なし……本当に営業しているのか? ガラガラと戸を引いて入ってみると、カウンター7席だけの小さなお店である。筆者のほかにお客さんは誰もいない……。そもそも店員らしき人も見当たらない。


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 「こんにちはー!」と呼んでみるが、反応がない。もう一度呼んでみたのだが、やはり反応がない……そこで、手持ちぶさたに店内を見回すと、我が目を疑うような文字が飛び込んできた。

【アイスクリーム拉麺 850】


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 「アイスクリーム拉麵!? まじか?」。思わず声に出してしまった。二度見ても確かに、アイスクリーム拉麺(ラーメン)と書かれている。アイスクリーム……拉麵、アイスクリーム……ラーメン、アイスクリーム……らーめん。頭の中で言い聞かせても全然しっくりこない……。

 すると店の奥から店主がゆっくりと出てきて「いらっしゃいませ。アイスクリーム拉麺にしますか?」と言った。「いやいや、ちょっと待ってください! アイスクリーム拉麺ってなんですか!?」と問う筆者。満面の笑みを浮かべ「アイスクリームの拉麺だよ」と店主。

 「別のがいいなら、ほら、こっちにあるよ」。そう言いながら指した先を見ると、壁一面にびっしりとメニューが書かれ、そこにもおかしなラーメンのメニューが並んでいた。

 ラーメン、担々メン、味噌ラーメン、チャーシューメンと続くが、いきなり紫色ラーメン、水色ラーメン、赤色、黄色、青色と奇怪な様相を呈(てい)す。


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 「色つきラーメンはね。毒が入っていて、まずいからね」。店主は再び、顔いっぱいに笑顔を作り「それから、健茶に納豆に豆乳……」とメニューを紹介していく。「ちょ、ちょっと、色つきラーメンをツッコませてくださいよ!」と思わず止めに入るが、店主は「色は難しいから後で説明するよ」と続けた。「健茶は健康茶ね、納豆は納豆、普通だね。豆乳は最近よくあるね。それから、ココア、珈琲牛乳、牛乳、ジョロコン(薯ろ昆)は自然薯ととろろ昆布ね。名前が長いから省略してジョロコンね」。


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 「で次の、アルカリはね、単三電池を入れるのよ」

 えっ? ……えっ? とうとうで出た。食べ物に食べられないもの入れちゃうやつ。「頭痛持ちにはいいよ! ビリリッときて治っちゃうからね」と店主は言う。うろたえる筆者を見て満足そうに笑いながら、店主はこう言い直した。「いや〜、ホントは梅が入ってるんだよね。梅はアルカリ性でしょ? じじいが梅っていうと汚らわしいから、カタカナでアルカリってかっこいいでしょ? じゃあ次は色の説明だね。赤はトマト、黄はウコン、青は青汁、ケール100%ね。青というか緑色だね。水色と紫色は紫キャベツから色を取ってるんだよね」。

 毒なんて入ってないじゃないか! ラーメンだけでなく、店主もひっくるめてぶっ飛んでいる。さらにこんなブラックジョークも繰り出した。「チャーシューはね、荒川の野犬を使っているんだよね。最近は数が少なくって上流まで探しにいかないといないんだよなぁ」。

 もう何が何だか……。と頭を抱えながら、紫色ラーメンと、アイスクリーム拉麺を注文してみた。きびきびと調理しながら店主は語る。

「前にテレビでも取材されたんだけどね。タレントさんは気をつかって、おいしい、って言うもんだから、全国からお客さんが来てくれるんだけど、実際はおいしくないからね。だいたい、こんなラーメン食べにくるのは1回きりだからね。どうせなら楽しんでもらいたいのよ」

 ――こんな変わったラーメンを作るきっかけは、何だったんですか?

「25年前かなぁ。まじめにやってたときは、繁盛して忙しくなっちゃってさ。次第に家内が体壊したんだよなぁ。女性ってのは、自分のことを我慢して店を手伝っちゃうからさ。それだったら、まじめにやっててもしょうがねぇってなぁ。楽しくボチボチやるのが一番って気がついたんだよなぁ」

 この今の「菊や」の原点が、最愛の人を思ってのことだったとは予想もせず、ただのおもしろ半分、ウワサ半分にやってきた筆者は急に情けなくなった。そう話しながらも、長年続けてきた熟練の手際よさで調理を進めている。とそこで、紫キャベツからとった紫色の汁を見せてくれた。


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 「紫色ラーメンはね、色が三回変化するから、見ててごらん」

 そういって、麺と塩ベースのスープをどんぶりに足していく。すると、紫色からエメラルドグリーンに変わるではないか!


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 それからさらに、メンマ、ネギ、わかめ、チャーシュー、海苔、紫キャベツ、ゆで卵をのせるとできあがり! 


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 「じゃあ、食べる前にスープを2、3杯うつわに入れて、酢を少しずつ入れてごらん」。店主の顔を見ると、例の笑顔がまた浮かんでいる。言われた通りに酢を数滴かけてみると、ん? 今度はエメラルドグリーンだったのがピンクに様変わりした! 


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 すごい! 美しい! 筆者の喜ぶ顔を見て、よほどうれしかったのか、店主の顔もより一層ほころんだ。

 いただいてみると、なんと麺まで青緑に染まっていた。コシもあるし全く問題ない。スープは出汁が効いてうまい。チャーシューも紫キャベツもメンマも、まずい要素がない。立派なラーメンである。


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 すぐに完食してしまった。


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 「おいしいじゃないですか!」と言うと、店主は照れくさそうに笑った。すると今度は、アイスクリーム拉麺に取りかかっており、ちょうど最中アイスを投入するところだった。……本当に入れちゃうんだ。


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 ゆで卵をのせて、最後に青のりをたっぷりかけてできあがり。どんぶりを手元に持ってくると、青のりの香りが最初に漂ってくる。


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 「じゃあ、まずはアイスを溶かさないで麺から食べてみて」。またしても店主の言われた通りに、麺からすすってみると……冷たい。スープも冷たい。「スープが温かいとね。すぐに溶けちゃうでしょ。あと甘さが勝っちゃうんだよね。逆に冷たすぎると舌が麻痺するでしょ」と店主。

 なるほど、変わり種とは言いつつも、全然妥協がない。ただ突飛な思いつきだけでなく、ラーメンとの相性もしっかりと考慮し、完成度の高さがうかがえる。それから、アイスをゆっくりと溶かしながらスープをいただいてみると、ミルクのマイルドさとスープの味わいが相まって、冷製コーンスープのような味わいになった。やっぱり麺も具も、しっかりとしており、洋風冷やしラーメンとでも言うべきか。ただ、夏に食べるべきであることは間違いないだろう。

 さらにアイスクリーム拉麺を始めたきっかけを聞いてみると、これもまた店主の人柄が表れたエピソードを語ってくれた。

「近所の野球チームの子どもが、でまかせでラーメンにアイスを入れてくれ、って言うんだよ。それじゃ本当に入れてやろう、ってこのラーメンが始まったんだよなぁ」

 子どもの一言がきっかけだったんですか?

「それであるとき、その子どもが熱を出して、アイスクリーム拉麺がどうしても食べたいから出前をとりたいって言ったんだよ。それをその子のじいちゃんが聞いて、当然そんなラーメンの存在なんて知らないから、そんなものはない、って言い聞かせるんだけど、それでもまだ言い張るから、いよいよ孫の頭が熱でおかしくなってしまったと思ったそうなんだよ! 結局、らちが明かないので出前をとってみると、本当にあったから、そのじいさん驚いたよねぇ。でもラーメン持っていったはいいけれども、家に着く頃にはアイスが溶けちゃうんだよなぁ。これは、その子に申し訳ないことしたなと思って、冷たいラーメンを考えたんだよ」

 店主の話を聞いていると、この話にしても、変わり種メニューをはじめたきっかけにしても、決して営利目的とか話題性でラーメンを作っているのではないことが分かる。人の喜ぶ顔や、誰かが必要としてくれているということを生き甲斐に、一杯を作りあげているようなのだ。

 するとそのとき、常連のおばちゃんが「こんにちは」と入ってきてメニューも見ず「ラーメン」を注文した。店主は、腑に落ちない顔をして座っている私を見たからか、「近所の人は、みんなラーメンだねぇ。おばちゃん」と言った。おばちゃんは、慣れた様子で「そうだねぇ。これが一番おいしいからねぇ」と笑って、筆者のどんぶりを覗き、「あら、すごい」と感嘆の声をあげた。


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 今回の取材を通して、私は「菊や」に対して、変わったラーメン屋という先入観など、どこかにぶっ飛んでしまった。変わり種のお店というのは、それだけが注目されて人を呼び寄せるけれど、この店はそれだけでなく、昔から地域に愛され続けてきたという揺るぎない信頼が根底にあったのだ。「菊や」の魅力は、一回訪れただけではすべて語れないことは確かだろう。またこの記事に追記できるよう、筆者は注目し続けていこうと思う。変わり種を楽しむのもよし、通常のメニューを頼むのもよし。ぜひ一度、食べに行っていただきたい。

(伊佐治龍/LOCOMO&COMO)

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