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» 2016年03月25日 21時00分 UPDATE

虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第65回:「団地ともお」小田扉が描く不思議世界 珠玉の連作短編集「江豆町」が12年ぶり“完全版”で復活!

今回は社主がマンガ好きになるきっかけとなった作品の1つ、小田扉初期の短編集「江豆町」の完全版を紹介します。

[虚構新聞・社主UK,ITmedia]

 ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。他はともかく、マンガのことについてはホラッチョと呼ばれないように気を付けようと思う昨今です。

 さて、今回紹介するマンガは「団地ともお」で知られる小田扉先生の連作短編集「完全版 江豆町 ブリトビラロマンSF」(太田出版)です。このたび、2004年の大判に細馬宏通さんの解説を加えたB6版サイズの完全版が刊行されました。

 「こさめちゃん」(2001年)に始まる小田扉先生初期の短編集は、当時ほとんど字の本しか読んでこなかった社主に「マンガも読まないとダメだ!」と気付かせてくれたきっかけであり、その中でも傑作中の傑作「江豆町」を12年の時を経て、この場で紹介できる日が来るとは何とも感慨深いものがあります。


画像 「完全版 江豆町 ブリトビラロマンSF」(太田出版)→試し読み


「江豆町」という不思議世界

 さて、本作はタイトルにもなっている江豆町(えずまち)を舞台に、そこに住む奇妙な人たちの奇妙な生活と奇妙な交流を描いた作品。物語は冒頭、近所でも優しいと評判だった老人・甘木太郎の死から始まります。

 甘木老人の死因は頭部に直撃したハンマーによる外傷。そしてその後、彼の不可解な行動が明らかになります。冷淡な性格だった甘木老人が、ある日を境に温和に豹変したこと、死後自宅から見つかった20万ドルにものぼる特殊メイクの領収書、最後のページに「自分の老後が見れないのが残念だ」と書かれた日記帳――。これらは一体何を意味するのか。

 ミステリードラマのようにスタートする本作ですが、物語はこの甘木太郎の死から、彼が暮らす江豆町全体へと視点を広げます。そして、それとともに段々と見えてくる江豆町という不思議世界。

 旧暦8月15日に行われる、なぜか老人だけ参加が許されない、町会議員・田山氏を中心に夜空を見上げるだけの盆祭り。どこから見ても重なって1つしか見えないふたご山。独特の手つきで「宇宙」「老人」「犬」「乗り物」を表す4すくみの江豆じゃんけん。この町のおかしいところを挙げればきりがありません。


画像 夜空を眺めるだけの江豆町盆祭り。この不思議な光景にも理由が

 しかし、ここまで読んで「なるほど、シュール系短編集か」と思ったならば、それは早合点というもの。これは本作の秀逸な部分でもあるのですが、一見シュールや奇想という言葉で片づけてしまいがちなものの一つ一つにちゃんと理由があるのです。老人が盆祭りに参加できないのも、ふたご山が1つなのも、江豆じゃんけんで老人が犬に負けるのも、全て「なぜか」ではありません。最初は「シュールだな(笑)」だったとしても、最後には必ず「なるほど……」と納得してしまっている自分がいるのです。

 この強い説得力は一体何なのか。明治時代から町内持ち回りで続いている「江豆散歩新聞」について描いた第5話「散歩する新聞」の一場面に、そのヒントがあるように思います。「100年続いているからやめるわけにもいかない」というこの新聞について、町の崖っぷちにある老人ホーム「アライブ江豆」オーナー・江野氏のモノローグです。

「本当に不要ならやめるはずだ やめないのは何か重要な意義がある」

「人間が自分のことを不要と感じつつも なかなかやめられないのはそこにある」

「『やめ時』などわかるはずがないのだ」

 組織から個人まで、何かをやめるには、例えば「採算に合わない」といった合理的な理由があると思います。しかし一方で、世の中にはどう考えても非合理なのに続いていることもある。それを説明するのが「続いていることには何か重要な意義がある」、すなわち「伝統」という考えです。

 合理的に考えれば、江豆町以外で通用しない変なじゃんけんなどさっさとやめて、普通のじゃんけんをすればいい。盆祭りだって老人が参加したほうが儲かるでしょう。けれど、この町にはそうしないだけの理由=伝統がある

 今どき「伝統」を強調すると時代錯誤を疑われそうですが、社主は功利と伝統はどちらが欠けても成り立たない、社会の両輪だと思っています。そしてその片輪である伝統が持つ価値こそ、本作の各短編が教えるところであり、またその裏にある血の通ったドラマ作りにおいて、小田先生の才能がいかんなく発揮されていると言えるでしょう。「団地ともお」を知る読者なら、ノスタルジーと人間味と、そして何より笑いを併せ持たせた物語の妙が分かってもらえるかと思います。デビュー後まもなく、「奇才」「天才」と言われてきた評価に社主も全く異論はありません。

社主がマンガ好きになるきっかけに

 さて今回は、社主が最も好きなエピソード「ある罪人の猶予」(第11話)を最後に紹介して締めくくります。

 ヤクザの鉄砲玉として仕事を終えた男が、少年時代に過ごした江豆町に帰ってから書き始めた日記と、そこに登場する片足だけ異様に長い蝶・サダメアゲハ。江豆霊園周辺だけに生息するこの蝶は、バランスの悪さから高く飛びあがることができず、地面を這う他の虫をその長い足でからめとった時だけ、バランスを取り戻して高く舞うことができます。けれど、やっと空高く上がったと思ったら、今度は死ぬまで飛び続けることになり、しかも多くはすぐ鳥に食べられてしまう。


画像 江豆霊園のサダメアゲハ。その生き方に学ぶ住民は多い

 何のために存在しているのか、まるで死ぬために生きているような蝶ですが、読み進めると実はこの町にとって欠かすことができない生き物だということが分かります。そしてまた、このサダメアゲハの生態から何か生きるヒントを得ようと、霊園にやってくる住民も多いのです。それは人間の勝手な仮託かもしれないけれど、人生のヒントを得た人がいるのも事実。霊園という死をつかさどる場を舞台にして生を語る、その結末も含め、何度読んでも発見がある読みどころの多いエピソードです。

 冒頭で「字の本しか読んでこなかった」と書きましたが、当時病で臥せって本を読むしかできなかった社主にとって、この「江豆町」、そして同時期に読んだ岩岡ヒサエ先生の「ゆめの底」(宙出版)にはずいぶん慰められ、またマンガの魅力も教えられました。10年以上前のこの出会いがきっかけでマンガ好きになり、その結果、昨年には岩岡先生に念願のインタビュー(関連記事)をさせてもらったり、今こうして小田先生の作品について語る場をもらえたりするのだから、江豆町には住んでいないけれど、サダメアゲハには感謝するしかありません。

 何度読んでも、そして読み返すたびに発見がある大傑作。長らく現物が手に入りにくかった作品でもあるので、まだ読んだことのない方はこの機会にぜひ読んでみてください。

  今回も最後までお読みくださりありがとうございました。


(C)小田扉/太田出版


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