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» 2016年03月28日 10時30分 UPDATE

「トカゲのおっさん」を殺す「ネットいじめ」の深刻さ

「ノリ」という怪物にならないために。連載「ネットは1日25時間」。

[星井七億,ねとらぼ]

 ダウンタウンの松本人志は自殺に関して言及する際にその都度、「自殺はする者が一番愚か。死ねばみんなが悲しんでくれて、相手に仕返しができると考えるのはやめたほうがいい」と語ってきました。その才能と功績を考えれば典型的な「出る杭」であった松本人志が、理不尽な攻撃を人並み以上に乗り越えてきた経験にも裏付けられている言葉であり、これは単純に死による逃避をなじる言葉ではなく、生きて辛苦からの脱出を模索する必要性を肯定するものなのだと思っていますが、松本人志という芸人の文脈を踏まえて考えると、自殺観としてはいささか特殊な部類に入ります。

 松本人志の笑いには哀愁が漂っている、とはよく言われる評です。松本人志は「笑いの源泉は怒りにある」という持論を持っています。あらがいがたきものへの怒りが滑稽さに変わるとき、無力感、虚(むな)しさに似た哀愁を醸すようになります。どこにでもいそうな「哀(かな)しい何か」を抱えた中年を人外に置き換えた「トカゲのおっさん」や、正義のために死にものぐるいで怪物と戦い続けても大衆からはないがしろにされてしまう超人を描いた「大日本人」など、ある種の理不尽さや形のない暴力にさらされて哀しみの真っただ中にたたずんでいる人間を面白おかしくかたどるのは松本人志の非凡な才がなす十八番であり、弱い者いじめだと叩くこともできますが、笑いに昇華するということは松本という天才にしか提示できない、死を選ぶより優先してほしい理不尽さからの救済策だとも言えます。

 「ごっつええ感じ」が日曜の夜に放送されていたことで、多くの笑いによって月曜日からの憂鬱(ゆううつ)を吹き飛ばす活力を得た者も少なくないでしょう。または、哀愁の中で笑いの対象になっている存在に、己の姿を投影して自嘲してみせることで、ある種の開き直りで生きていくことができた者もいるかもしれません。とはいえ、道化になることによって怒りや哀しみを力技で組み伏せようとする手法は、それがよくできていればできているほど、精神的余裕を全く残さぬ状況にいる者からすると、活力を得るどころか自嘲する体力すら奪われそうなほど、マッチョなコンテンツへとたどり着くので、劇薬とも言えるでしょう。

 私自身も一時期は、信者に近いほど松本人志の笑いに傾倒した人間であり、今でも理不尽な出来事や状況に自分や周囲が見舞われていると、それを創作物などでアウトプットし続けることでガス抜きを繰り返し、今こうしてコラムが書けていることもそんな行為を続けてきた結果ではあるのですが、ではそういった逃げ場がない場合、どのように振る舞えば哀しみを組み伏せることができるのでしょうか。特に、ネットという逃げ場すら奪われている場合は……。

七億コラム

ネットと相性が良い「ノリ」という怪物

 ある程度の世代にもなるともう、ネットは仮想の世界であるという感覚を抱いている人はほとんどいないでしょう。まごうことなき「現実」の世界ではありますが、苦しい現実から逃避するための場所として運用する者は絶えず、現実逃避の場とは現実の中でしか構築されないから、現実への対抗手段として価値を持つのだと教えてくれます。

 ネットの普及によって誰でも現実世界の事情をたやすくネットに運び込めるようになり、学校やその周辺だけで行われた「いじめ」はさらに悪質なものへと変ぼうしていきます。いわゆる「ネットいじめ」という名前がささやかれるようになり、2007年には「学校裏サイト」によるいじめが原因で自殺する若者が現れ、ネットいじめの存在が広く周知されることとなりました。

 ネットいじめは非常に把握が難しく、教室内で起きたいじめなどは教師や友人、保護者などの働きかけ次第でいくらでも救う手段を見いだせそうなものですが、その外部、特に被害者・加害者との普段の接触では接続が難しく、メール、SNS、会話用アプリと「場所」が多く用意されたネットという現場においては、把握はさらに困難なものになります。、

 いじめというものが「こいつはいじめていいのだ」という加害者側の勝手な認識が連帯や攻撃性を生み、行動につながっていることは言うにおよびませんが、それは次第にさまざまな動機を含んで「ノリ」と呼ばれるようになります。いじめの被害者が怒ると、加害者が「本気になるなよ」「ノリが悪いな」と言うように、いじめの現場を目上の人間から指摘されても「遊んでいるだけ」と答えるように、「ノリ」というのは加害者たちの間でのみ成立し、被害者に押し付けられた見えない規律です。

 ネットはその「ノリ」と非常に相性が良く、代表的な例だとまとめブログなどは簡単に暴力的な「ノリ」の火種を製造し、少しでも「ノレそうな」ものを見つけるとすぐにタガを外してしまうネットユーザーをかき集め、その流れを際限なく肥大化させていきます。例えば、加害者が被害者に万引きを強要してその光景を撮影し、加害者が「万引きの現場を発見しました!」といってネットに投稿して、それをまとめブログやSNSが反応を示し「ノリ」のままに「万引き犯」の特定などに働けば、そこには地獄が待ち受けているでしょう。

七億コラム

「ノリ」という怪物が「トカゲのおっさん」を食らう

 ネットという閉鎖的なのに開放的、それゆえ陰湿さを膨らませやすい空間で一度肥大化して、より強固に、より悪質性を増す「ノリ」という怪物に、ノリきれない者たち、「ノリ」と反する意を持つ者たち、「ノリ」の攻撃を受けている者たちが対抗するのは非常に難しいものです。「ノリ」にはその軽薄さゆえ「自分と対象の本来あるべき関係性」や「自分がその行動に至る必要性」といったものを曖昧にして思考の余地を奪ったまま、感情に身を任せた行動を牽引する引力が備わっています。曖昧さに触れている人間の数が増えれば増えるほど輪郭はぼやけていき、曖昧かつ巨大なものはそこさえ押さえていれば的確に対処できるという問題点すら明確に定まっていません。それなのに、規則としてたたずんでいるので他人を縛る力は備わっています。

 「ノリ」の恐ろしいところのひとつは道化の存在を許さない部分にあり、「ノリ」によって殴られた人間が自分の心を慰めるためにおちゃらけようものなら、「ノリ」の中にいる者は怒り狂います。被害者が自衛の手段を持つことは、自分たちの「ノリ」を脅かし規律を勝手に乱す行為になります。自分の存在、置かれた立場や見舞われた事象を茶化したり、否定的な形でアウトプットすることを、相手がより傷付くことを望む加害的な「ノリ」で動くことを選んだ者たちは許しません。

 そうなると、被害者には加害者からの許しなくして「トカゲのおっさん」を生み出すという選択肢が残されません。「ノリ」というあらがいがたき凶悪な敵に敵わず、絶望を前に哀愁が漂っても、その哀しみを組み伏せるための力技としての道化すら通用しないのです。「トカゲのおっさん」は、「ノリ」という怪物を前にいともたやすく喰らい尽くされます。

 大の大人でも、誰かが差し出した「ノリ」に自分の思いが合致すれば、数が安易に生み出した流れに沿って、赤の他人を簡単に攻撃できる時代です。自分が「ノリ」という怪物の皮をかぶろうとしてないか、一度冷静に考える必要があるでしょう。

 いじめ問題において外部の人間から紋切型のように使われている「逃げろ」という対案の提示は、ただでさえ理不尽な暴力を受けている当事者に、このうえ自衛や努力を強いることになるので個人的にはあまり好きではありません。大抵の理不尽さは肝心の逃げ場や救いの手、救ってもらおうという気概をずる賢さに奪われる、隠されることによって成り立ちます。妥協や諦めを刷り込ませ、被害の中に身を委ねるほうが楽だと思わせてしまうケースもあります。

 「ノリ」の生み出したいじめによってつらい思いをした者がネットの世界を逃避の場所に選んでも、ネットが「ノリ」の怪物を安易に生み出す場所になっていたのなら、ネットに限らず、せっかく抜けだした教室の外にも怪物がウヨウヨしていたら、自分を道化に置き換えて逃避する状況すら奪われている状況ならば、「逃げろ」という安直な言葉は一体、被害者にどこへ向かうことを告げているのでしょうか。

 被害そのものが不可視にされるので外部からも気付きにくくなるのですが、それでも「逃げろ」と繰り返して手を広げて待っているより、自ら足を進めて被害者を迎えに行き、外部の人間が見えないSOSに気付くためのアンテナを貼る努力を怠りたくないところです。もしかしたら私たちのすぐそばには、「ノリ」に埋もれて笑えない「トカゲのおっさん」が、哀しみすら見せずにたたずんでいるのかもしれません。

プロフィール

 85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。

 2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。


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