過熱化するチケット論争 高額転売は違法か? それは「必要悪」なのか?

ライブイベントで見られるチケットの高額転売問題は深刻。問題を整理し、チケット価格のさらなる多様化にかじを切る時期なのではないでしょうか。

» 2016年08月29日 14時00分 公開
[福井健策ねとらぼ]

共同声明の反響

 朝刊を開くと、全面広告が目に飛び込んできた。ジャニーズ、サザンからPerfume、サカナクションまで豪華な名前が並ぶ意見広告だ。チケットの高額転売をやめるよう訴える共同声明で、116人のアーティスト、24のイベントが賛同し、ACPCなど音楽系4団体が取りまとめたものだ(関連記事)。

朝日新聞や読売新聞に出された意見広告。賛同者には人気アーティストの名がずらり 朝日新聞や読売新聞に出された意見広告。賛同者には人気アーティストの名がずらり

 確かに、絶好調のライブイベントにとって、チケットの高額転売はハコ(会場)不足と並ぶ最大の問題だ。今や、待ち望んだチケットが発売と同時に嵐の勢いで売り切れ、たちどころに「チケットキャンプ」などの流通サイトに高額で出回るのは、見慣れすぎて麻痺した日常光景だろう。少し見ただけでも、例えばEXILE系のツアーチケットが、定価約1万3000円のところ最低1万8000円、最高21万円という高額で1万枚以上転売されている。全て売れれば転売益の総額は億単位、転売サイトが手にする手数料は数千万円か。こうした高額転売で稼ぐいわゆる「転売ヤー」は、ソフトを使って大量に購入申込をかけているとか、背景には反社会的勢力の影もちらつく、といった情報にも接する。

チケットキャンプより一部(同ツアーは同サイト出品数だけで7000件を超える)

 ちょうどライブ・エンターテイメントEXPOで同テーマの講演をしたばかりだったこともあり、筆者もTwitterにこんなことをつぶやいた。かなり反響を頂くとともに、2、3の取材も受けることになった。

 実際、買う側からすれば、正規ルートで入手できなかったから高値で泣く泣く買う訳だが、その上乗せ分があれば他のイベントに行ったり、好きなアーティストをさらに応援することもできただろう。上乗せで払った分は誰かの懐を潤すだけで、アーティストにもスタッフにも一銭も入りはしないのだ。

チケットの転売は違法なのか

 転売ヤーたちの歴史は古い。リアルの世界では「ダフ屋」と呼ばれ、古くから自治体の迷惑防止条例で規制されてきた。例えば東京都条例では以下のように規律される。

乗車券等の不当な売買行為(ダフヤ行為)の禁止

第2条 何人も、……入場券、観覧券その他公共の娯楽施設を利用する権利を証する物(乗車券等)を不特定の者に転売……するため、乗車券等を、道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場その他の公共の場所(乗車券等を公衆に発売する場所を含む)……において、買い、又はうろつき、人につきまとい、呼び掛け……買おうとしてはならない

2 何人も、転売する目的で得た乗車券等を、公共の場所……において、不特定の者に、売り、又はうろつき、人につきまとい、呼び掛け、……売ろうとしてはならない

(東京都「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」 太字筆者)

 この通り、「公共の場所」での迷惑行為として転売・そのための購入・呼びかけ等の行為を禁止し、最高で6カ月以下の懲役や罰金を課している。という訳でダフ屋は処罰対象で、ネット上での転売をもくろんで売り場に並んで購入するようなケースでは、実際に摘発事例がある(最近では宝塚やジブリ美術館で逮捕例があった)。だが、購入から転売まで全てネット上で行う場合はどうか。これはつまり、インターネットが「公共の場所」と言えるかによる。

 確かに「公共の場」ではあるのだろう。だが、条例が例示する場所とはだいぶ異なるし、物理的な場所を想定した迷惑行為の規制をネットにそのまま適用するのはためらいもある。だから、扱いは不透明となり、現にオンラインでの転売自体が条例違反で起訴された例は寡聞にして聞かない。

 米国はニューヨーク州などでネットでの高額転売を禁止しているので、条例改正や解釈の明確化での対処も今後の課題としては挙がるだろう。では、それ以外では手はないかといえば、そうとも限らない。

 そもそも、多くのチケット販売会社では購入時の規約などで高額転売やネット出品を禁止している。ジャニーズやUSJなど、転売チケットの一律無効化に乗り出した主催者もいる。

 「そんなことができるのか? 購入した所有物を転売するのは自由だ」という意見もあろう。しかし、チケット販売は所有物の譲渡とは少し違う。本質的には「イベントに入場させ観覧させるという契約」なのだ。購入者は入場・観覧する債権を持ち、チケットとはその債権を証明する「証券」と考えられる。そのため、(制約はあるが)法的には譲渡を禁ずることもできる。

 無論、そういった契約内容が分かりやすく表示され、ユーザーが同意していることが条件となるし、あまりに一方的な条件は有効性に疑問符がつく。この辺りはクリックオン契約の効力や消費者契約法の関連になるが、「特にチケットの高額転売などは譲渡禁止違反で無効になり得る」ことは確かだろう。

 よって、主催者は高額転売などが確認できた段階でチケットを無効化し、入場を禁ずることもできそうに見えるし、実際、ナンバー管理や顔認証などを徹底してこれを大規模実行する主催者は増えている。

 さらには、「無効化され、入場を禁じられるかもしれないチケット」を、そう知らせずネットで誰かに販売すれば購入者への詐欺罪や、主催者への業務妨害罪の可能性もある。かなりアグレッシブだが、今後はこうした事案での刑事告訴もあり得るだろう。

チケット価格の多様化と正規再流通の仕組み

 筆者も、悪質な事例では強硬策もやむを得ないと思う。そのくらい、まん延する高額転売の問題は深刻だ。ただ、取締りだけでは、恐らくまだ事態の根本解決にはならない。

 第一に、予定が変わって、イベントに行けなくなることは誰にでもある。その場合に不要チケットの転売を認めないのはあんまりだろう。そこで、少なくとも定額かそれ以下でのチケットのリセールは認めるべきで、そうしたサービスが未整備なのがチケット転売サイトの反論材料にもなっている。この点、チケットぴあなどは定額リセールサービスを導入しているが、より広く便利に拡充していくべきだろう。

 第二に、共同声明も述べる通り、抜本対策としてのチケット価格の多様化・柔軟化である。もともと、チケット高額転売には、「高額で転売できそうな価格で発売するから買い占められるのであり、最初から社会ニーズと合致した価格で売っていれば転売ヤーが暗躍できる余地がない」という指摘がある。

 これは言い替えれば、「もっと高く売りだせ」というわけで、本当にそれがファンの総意かは疑問もあるが、しかし筆者はある程度賛成だ。言うまでもなく、主催者側は誰よりも値決めには心を砕いている。ビジネスとしてはできるだけ高く売って関係者に還元したいが、ファン層が幅広く購入できる価格帯に留める必要もある。値決めは言うほど簡単ではないのだ。

 加えて、特に音楽系を中心に、「座席は平等・価格は一律」へのこだわりも根強い。ファンは平等だし、良い席争奪戦とか止めて会場全体が同じ感動を共有して一体になろう! という思いだろう。だから席は抽選、アーティストたちは「3階のみんなの顔もよく見えるよ!」と叫ぶ。

 ……分かる。そして全スタッフが、全てのファンに最高の体験を届けようと全力を挙げていることを筆者は疑わない。

 だが、それでも席による差はやはりある。キヨシローなんてわざわざやって来て、「後ろの奴らはかわいそう♪」と歌ってたぐらいだ。そして「後ろの奴ら」は、そんな正直で毒があって優しいキヨシローを愛したのだ。

 もう、チケット価格のさらなる多様化に踏み切る時期だ。現に価格一律化の下で「良席を手に入れる仕組み」は際限なく複雑化しつつあるし、それが時には高額転売の正当化に使われてもいる。

 ならばもっと単純化して、払えるファンには10万円の正規チケットを買ってもらい、公演の収支を潤してもらえばどうか。それで収支にゆとりが出るなら、その代わり後列は安くしてリピーターに優しくし、最後列には格安の学生チケットを出す。オペラでもブロードウェイでも、他ジャンルでは既に導入していることだ。

 チケット価格の多様化、さらにはオークション販売の導入。それらを取り入れ、不幸にして行けなくなったファンには正規再流通の仕組みを充実させる。それでも悪質な買占めと高額転売をはかる業者は必ず残るので、法改正も含めて刑事罰で臨む。

 海外のファン達が買いやすく来やすいライブイベントのためにも、もうかじを切るべき時期に来ているように思うが、どうか。


福井健策(ふくい・けんさく)

福井健策

弁護士(日本・ニューヨーク州)骨董通り法律事務所代表パートナー 日本大学芸術学部客員教授

1965年生まれ。神奈川県出身。東京大学、コロンビア大学ロースクール卒。著作権法や芸術・文化に関わる法律・法制度に明るく、二次創作や、TPPが著作権そしてコンテンツビジネスに与える影響についてもいち早く論じて来た。著書に『著作権の世紀――変わる「情報の独占制度」』(集英社新書)、『「ネットの自由」vs.著作権』(光文社)、『誰が「知」を独占するのかーデジタルアーカイブ戦争』(集英社新書)、『18歳の著作権入門』(ちくまプリマー新書)などがある。Twitterでも「@fukuikensaku」で発信中。

骨董通り法律事務所Webサイト


関連キーワード

転売 | チケット | イベント | アーティスト


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた