ジブリ人気が根強いフランスで「君の名は。」はどう受け止められたか フランス人編集者・ジャーナリストに聞いてみた
スタジオジブリのムックを出版したフランス人編集者・ジャーナリストに聞いてみました。
「新海は輝かしい青春の魂を描き切った」とル・モンド紙が評価するなど、日本のアニメ愛好者の多いフランスでも話題を呼んだ新海誠監督の「君の名は。」。
同国のメディアが同作におおよそ好意的な評価を示す中、一般フランス人の感想は、「背景はきれいだけど人物の絵が馴染めなかった。シンプル過ぎて表情がない」「東京を思う存分満喫している作品。いつ大きな災害が起こるかもしれないという不安が織り込まれてると感じた」など両極端に分かれた印象だ。
フランスの多くのメディアも分析しているが、これまでさまざまな日本のアニメを楽しんできた人、または日本文化に興味を持ってきた人は同作になじみにくいと感じ、これまでアニメを全く見たことがないような人や若年層は肯定的な印象だった。さらに前者の多くはジブリ作品と同作を比べ、絵柄、テーマ、女性キャラクターなどに言及する声も多い。
フランスでも根強い人気を誇り、特有の地位を占めているジブリ作品。4月5日にはフランスの出版社「Ynnis」と雑誌「AnimeLand」がスタジオジブリのムック「Hommage au studio Ghibli, les artisans du reve」を出版した。出版記念で開催された展示会に足を運び、フランスでもジブリ作品が深く愛される理由、「君の名は。」のフランスでの成功について、編集者のメラニー・ラメーとマリオン・コシェ=グラセ、ジャーナリストのマチュー・ピノン、フィリップ・ブネルに聞いてみた。
―― どうして今、スタジオジブリのムックを出版しようと企画したの?
メラニー きっかけは……ジブリの30周年記念だったかな?
―― 宮崎駿監督の引退宣言は関係なく?
マリオン それは関係ない。でも良いタイミングでの出版になった。スタジオジブリの歴史や作品、宮崎監督と高畑(勲)監督についての記事や、オマージュのイラストなどを企画して、それぞれが得意なテーマで記事を書いた。例えばフィリップはジブリの女性キャラクターについて。マチューは森美術館での「ジブリの大博覧会」へ取材に行きルポタージュを書いた。スタジオジブリは厳しいので、外観の写真しか撮れなくて残念だったけど。
―― フランスは日本のアニメや漫画が広く浸透している国の1つだけど、ジブリはその中でも特別な位置にある?
メラニー ジブリは特別な位置を占めていると思う。
フィリップ 全ての人に開かれてるんだよね。
メラニー そうそう。すごく日本的で、同時にすごくユニバーサル。どんな文化圏でも、年齢や人種や性別に関係なく、日本やアニメのことを知らなくても楽しめる。そこかしこにノスタルジーがちりばめられていて、そうした感情はみんな持っているものだから誰でも感動を覚える作品になっている。だからたった1作しか見たことがなくても「『千と千尋の神隠し』見た! ジブリ大好きだよ!」ってたくさんの人と話すことができる。
―― さっき出版のあいさつのあと「紅の豚」が上映されていたけれど、日本人が制作したイタリアが舞台の作品でヨーロッパの人がノスタルジーを感じるのは不思議な感覚ですね。
メラニー イタリアが舞台で登場人物が日本語をしゃべっているのは確かに少し不思議かも。でも「紅の豚」は俳優のジャン・レノが(ポルコ・ロッソの)吹き替えを担当したおかげで、早い段階でフランスに広まった特別な作品でもある。
―― ジーナが「さくらんぼの実る頃」を歌うシーンで場内が少しざわめいていたけど、あれはどうして?
マチュー 普段はフランス語版吹き替えを見ていた人が多かったんだと思う。今日は字幕版が上映されて、あのシーンだけ日本人がフランス語で歌うから。
―― なるほど。個人的にとても好きなシーンで、フランスの人にはそんなふうに感じられると考えたこともありませんでした。それにしても、ジブリ作品はさまざまな世界観で制作されているけど、どれもフランスでは自然に受け入れられているように思う。最大の魅力は?
フィリップ 何といってもクオリティーが高いこと。それに作品のテーマ。たくさんのイメージや音のダイナミズムを感じられる。
メラニー 全ての人に向けられているし、ちょっと見ただけで“本物”だとすぐに分かる。アニメだから、子ども向けだからとばかにできない。それに手作業で情熱を持って作られていて、少しヴィンテージの香りがする。
マリオン 現実の中に非現実が混ざっている、ファンタジックなストーリーも魅力。
マチュー たとえシナリオが好みじゃなくても、視覚だけで圧倒される。問題なく夢中になれる。
あと、宮崎監督や高畑監督自体がフランスでとても有名だから、どの作品も受け入れられやすいんだろう。例えば「クレヨンしんちゃん」や「ドラえもん」「ONE PIECE」も成功しているけど、作者よりも作品の方が有名。
フィリップ フランスでは「誰が作ったか」というのがすごく大事。作家の地位がとても高いから。
―― フランスでジブリ作品を好きな人たちにどこが好きかを聞くと、多くの人が「美しい自然」と「強い女性像」を挙げる。特に「強い女性像」がポイントになるのはヨーロッパ的だと感じた。
フィリップ ジブリの女性キャラクターは、自分で自分の道を築き、判断するよね。家の中に閉じこもるのではなく冒険をする。
メラニー 女の子たちはみんな自由を求めていて、目的があって、自立しようとしている。女性だからこうしなければいけないという制限がなく、宮崎監督のリベラルな思想が反映されていると思う。女性としてではなく、人間として描いている。
フィリップ そう、つまり女性にセクシャルな役割を負わせずに描いてる。ただジーナだけは例外で、美しい格好をして、全ての男性を引きつける「ファム・ファタール」だね。宮崎監督の描きたかった女性像とはちょっと違うんじゃないかと感じる。
マチュー 僕にはジブリが女性像の良い着地点を探しているように思える。初期にはナウシカのような、強く自ら戦うタイプと、シータのように周りの男性に「守らなきゃ」と思わせるようなタイプがいて、極端だった。その後に続く「もののけ姫」や「耳をすませば」などでは必ずしも完璧ではない女性キャラクターで、「となりのトトロ」では母親が不在だったけど、「崖の上のポニョ」では強い母親像が出てくるように、模索しながらもだんだんとジブリにおける母親の存在が強くなっているように思う。
フィリップ 現時点で、ジブリは日本のアニメの中で、女性キャラクターをステレオタイプとして描かない唯一のスタジオ。
メラニー 同感。私たちのそのままの姿が描かれている気がする。私は「おもひでぽろぽろ」が好きだけど、あの作品で描かれているのはまさに私という気がした。男性キャラクターを見ても、私の周りにもあんな人がいると思うことはよくある。
―― これから宮崎監督のようにフランスで広く親しまれそうな新しい世代のクリエイターで有力だと思う人は? 最近では新海誠監督の「君の名は。」がフランスでも成功を収めました。
フィリップ 宮崎監督は今のクリエイターというわけでない。新海監督はまさに今のクリエイター。それは間違いないけど、宮崎監督の継承者という観点で言えば違うと思う。
マチュー 僕は15歳のときから新海監督の作品に親しんできて、過去に2回インタビューしたことがあるんだけど、彼は宮崎監督とは全く別のタイプのクリエイターだと感じた。新海監督の初期の作品では、1人でPCに向かい、1人で全てを制作していた。そして海外への初進出としては宮崎監督よりも成功している。テーマも、新海監督は最初からずっと恋愛を描いているけど、宮崎監督はストレートに恋愛をテーマとして描いたことはない。
メラニー 個人的な感想だけど、宮崎監督作品がとてもユニバーサルであるのに対し、新海監督作品は登場人物それぞれの感情を追うような印象。
―― 「君の名は。」の興行的な成功に対し、特に日本のアニメに親しんでいる人からは厳しい感想も聞こえてくる。これは新海監督がフランスで、これまでとは違う、新しい層を獲得したということだと思う。
メラニー 全くその通り。新海監督が獲得したのは、これまで日本のアニメを見たことがないような層だと思う。ジブリ作品はノスタルジーをもたらすと話したけど、そんなノスタルジーを必要としない若い人たち。もちろんどちらが優れてるというものではなく、とにかく2人はすごく違うクリエイター。
フィリップ 要素のたくさんある、アメリカの3D映画を子どものころから好んできたような若い世代の間では新海監督はすぐに浸透するだろうし、成功すると思う。
マチュー ちょっと漠然とした話をすると……人類というのは――
全員 人類(笑)?
マチュー 書くことで記録をしてきたわけだ。あとからそれを読んだ人は先人の知識を素早く得られ、また新しいものを書き、その次の世代はまたそれら全てを読んで書く。こうして知識は発展する。
映画であれば、過去に制作されたものを全て見て新しい世代が新しいものを作る。新海監督は、ずっと宮崎監督の作品を見てきた。制作を始めたときには、既にPCがありふれたものとして存在した。新海監督は宮崎監督の経験をはじめから取り込むことができて、そして新しい技術を手にいれる。20年後か30年後には同じように新海監督の作品を見てきたクリエイターが生まれる。こうして、どんどん日本のアニメ界は潤沢になっていくのだと思うよ。
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